百二十一話 別視点――女剣士リズ その三
「西にむかう?」
商隊を率いるスコールの言葉にみなが驚いた。
てっきり北の都市に向かうと思っていたからだ。
「おめぇ、西にゃあなんもねえぞ。街道だって途切れてる」
疑問を投げかけるのはジェイクだ。リズだって同じ思いである。
街道はいくつか枝分かれしているが、西には伸びていない。
西はべつに未開の地ではないが、詳しい地図もなければ、給水地もよくわかっていないのだ。
水をうまく補給できなければ、旅は困難をきわめる。それは旅慣れたベレス商会が一番よくわかっているだろう。
あるいはそのあたりの地図情報を、彼らは持っているのだろうか?
「分かっている。だが、他には行けない。南も北も東もスタートスの街と同様、魔物が急速に増えている」
「なんだと!」
スタートスはリズとジェイクが住む街だ。ベレス商会は、そこから周囲に交易路を広げていると聞く。おそらく確かな情報だ。
「なかでも東が一番ヒドイ。次に南で、北と続く。行くとするなら比較的マシな北だが、あまり意味はない。むしろ逃げ込んだ者たちであふれ、身動きがとれなくなる可能性がある」
「残った物資の奪い合いか?」
「そうだ。魔物の前に人間同士争うことになる」
「そうなる前に西か」
魔物相手に一致団結するのではなく、人間同士で殺しあう。
見たくもない光景だ。
「魔物の発生状況から見てヤツらは東、あるいは南東から来てる。西に交易路はないが人の住む土地であることは変わらない。変わるのは国だけだ」
西に別の国があることはリズも知っている。
だが、ひとの流通がほとんどなく、文化も情報も極めて少ない。
旅路もふくめて不安だらけだ。
だが……
「いいだろう。俺はスコールの案に賛成だ」
ジェイクはすぐさま賛同した。
この判断の早さが、ジェイクがながらくリーダーを務めていた要因だとリズは思う。
「わたしも賛成」
リズもそれに乗っかる。
反対したところで、いまさら街には戻れない。
どう考えてもベレス商会に同行したほうがいい。
他のものはどうか?
商隊の意見はすでに統一されているだろう。あとは冒険者だけだが……
「やもえんな」
「バラバラになっても魔物のエサになるのがオチだ」
こうしてリズたちは西を目指すこととなった。
――――――――
悪路が続く。整備のされていない道を進むのは想像以上に時間がかかった。
それでも、リズたちは着実に前へと進んでいた。このままいけば、いずれ人の住む場所に行き当たるに違いない。
運もリズたちに味方した。西に向かうにつれ、魔物の数が減っていったのだ。
また、心配していた水の補給場所も、比較的すぐに見つかった。
ジェイクだ。
たびたび彼が水源を発見したのだ。
「あちらが怪しい」
ジェイクの言葉にしたがい、行ってみるとたしかに湧水がある。
「あの木陰はどうだ?」
木の実やら野イチゴやらが見つかった。
まことにもって不思議だが、みなの旅をおおいに助けることとなった。
「なにかが見える!」
見張りのひとりが声をあげた。
リズはあわてて荷台から身を乗り出す。
目に飛び込んできたのは、ズラリとならぶ石の壁。
城壁か?
明らかに人の手が加えられた跡だ。しかも、相当な大きさと高さがある。
遠目では判断しにくいが、スタートスの街の倍は優に超えているようだ。
リズはやっと辿り着いたかとホッとする。しかし、同時に不安になった。
城壁とは敵から身を守るためのもの。城壁が立派であればあるほど、激しい戦いを想定しているものだ。
やがて馬車は城壁の間近まで来た。
その高さと精密さに誰もが驚く。
しかも、かなり新しい。草もコケも生えてなければ、亀裂も欠けもない。
急ピッチで作られたもののように思えたが、ゆがみやズレもほとんど見られなかった。
城壁にそって進む。
壁のスミに立つのは石の塔だ。物見台と呼ばれる遠くを見渡すために設けたもののようで、頂上のみならず、城壁の上へと登れるつくりになっているようだ。
その塔を横に折れる。
すると草木の生えない踏み固められた街道と、それを迎え入れる巨大な門が目にうつった。
これは都市だ。城郭都市。
門の周りには行商人や旅人といった人々の行き交う姿がある。
それを見つめるリズたちは、まるで吸い込まれるかのようにその流れに巻かれていく。
門は万人に開け放たれていた。荷あらためもなければ、身分の提示もいらない。
気づけばリズは街の中にいた。