百十二話 お城ダンジョン
城のなかはガランとしていた。
石つくりの天井はたかく、外壁につらなる向かいの壁は、はるかかなた。
ここはエントランスホールだろうか、天井を支える石の柱はやけになめらかで、視線の高さにはたいまつがすえられている。
丹念に磨かれた石の床は、たいまつの光をぼんやりと映し返す。
「は~、キレイだねー」
ああ、きれいだ。
表面の光沢だけでなく、組み方もすさまじくきれいだ。
きそく正しくならんだ石と石のあいだには、紙が通るすきますらない。
それにしても……気配がないな。
王の居城というわりには、悪魔の一匹もみあたらない。
しんと静まり返った城内には、われら以外の息づかいはなく、ただ、たいまつのつくりだす影だけが怪しく揺らめいていた。
「マスター、気をつけてよ」
ああ。墓、城といった施設にはたいていワナがしかけられている。とくに古代の建築物には、その傾向がつよい。
なにせ守るべきものがいないのだ。盗掘をふせぐためにワナを設置するのは必然といえよう。
ここもみたところ兵士らしきものがいない。ならばワナがあるにちがいないのだ。
「あ! マスターなんか書いてある」
ルディーがなにか見つけたようだ。
どうやら柱に文字が刻まれているごようす。
なになに。
『この先、ワナあり。ひだりに回避されたし』
「……」
「……」
あやしい。
ちょー、あやしい。
こんなもん誰が信じんねん。
「マスター、どうするの?」
左はないな。
となると真っ直ぐ行くか、右に迂回か。
心理的にはど真ん中を突っ切るのは選択しづらいが……
「まっすぐだ」
「え!?」
ここはあえての直進。
敵のうらをかく。
ガゴン!
だが、一歩すすんだ瞬間、床がおおきく開いて、落とし穴がすがたをみせた。
「……」
「……」
はるか下にはマグマの海。
念動力で宙にういているものの、だいじなところがヒュンとする。
「……マスター」
「フッ、想定内だ」
表面だけでもとりつくろう。
弱みをみせた瞬間、敵とは食らいついてくるものなのだ。
「右だ」
こんどは落とし穴をおおきく迂回、右の壁にそって歩いていく。
カカカカカン!
どこからともなく矢が飛んできた。
風魔法のシールドにあたって跳ねかえる。
「……」
「……」
シールドは無傷。このていどの矢では、蚊ほどにもきかない。
しかし――
「チッ、左側いくぞ!」
ムッチャ、いらいらする。
矢は通らずとも、ハートに突きささっておる。
「ねえ、マスター、こっちにもワナあると思う?」
「ああ、とうぜんあるだろうな」
結局のところどこを選んでもひっかかるのだ。
仕掛ける方としては、わざわざワナがない場所を教える必要などないのだから。
こうして、左の壁にそってあるくことしばらく、こんどはなにごともなく上へとのぼる階段へと行き当たった。
「……」
「……」
チクショー、ナメやがって。
なにが左に回避されたしだ。
こんなもんヒントにもなんにもなんねーんだよ!
クソッ。王だかなんだか知らねえが、とっつかまえてギッタンギッタンにしてやる。
「よし、みんな無事だな。悪魔の浅知恵など、しょせんこの程度のもの。ひるまず二階へすすむぞ!」
とくに返事はなかったが、階段をのぼっていった。
――――――
二階は迷路のようになっていた。
まがりくねった通路がいくつも枝分かれし、小部屋へとつながる。
小部屋からはまた、いくつも通路がのび、それがさらに枝分かれしていく。
まさにダンジョン。
通路にはワナがしかけられており、侵入者にようしゃなく襲いかかってくるのだ!
とはいえ、すべての通路にワナがあるわけではない。
分岐した通路には、かならず正解となるルートがあり、ワナにかかることなく進めるようになっていた。
おそらくワナのない道を選んでいけば、迷路からでられるのだろう。
「こっちだな」
正解のルートを進んでいく。
さいしょはいくつかのワナを作動させてしまった。
だが、いまはなにごともなく通過できている。
ちょっとした法則を発見したのだ。
分岐した通路をみると、一本だけほんのすこし暗いのだ。
理由は壁にかけられたたいまつだ。
他とくらべてたいまつの本数がすくない。
こいつがワナのない通路。
おそらくワナを発見しようと、すこしでも明るい道を選ぼうとする心理を逆手にとったものかもしれない。
「スゴッ! また正解。さすがマスターだね!」
まーな。
汚名返上だ。
思い返してみれば一階の左の壁ぞいも、やや薄暗かった気がする。
気づいてしまえばなんてことはない。
わが知略、ここに炸裂なり!
こうして、くにょくにょと通路を進んでいくと、またまた広間に出た。
奥には上へとのぼる階段。三階へのみちだ。
バッチリ迷路をぬけたのだ!
――しかし。
「なんかあるね」
「あるな」
柱のようにならぶ石像たち。
広間の左右に等間隔で設置されている。
「ガーゴイル?」
「ガーゴイルだな」
ハネの生えたケモノの石像は、いぜん倒したガーゴイルに他ならなかった。
フハハハハ!
バカめ!! 石像のフリなどしおってからに!
どうせ途中でうごきだすのだろう。
階段にむかうちょうど真ん中あたりで、一斉におそいかかってくるのだ。
ふ~、まったく愚かよのぅ。
順番が逆なのだ。ガーゴイルの動くすがたを先にみせたらなんの意味もない。
しょせん悪魔の浅知恵。われの頭脳におよぶべくもないわ!
設置されたガーゴイルの一体に近付いていく。
こんなものはこうしてくれる。
「ライトニング!」
手のひらから紫電がほとばしる。
それは目前のガーゴイルをコナゴナに粉砕した。
フハハハ、石像のまま、くたばってしまえ!
ボワリ。
大量のコナが舞った。
ん? なんやこれ?
「クシュン、クシュン」
ルディーがかわいらしいクシャミをする。
こ、これは!?
「ヘ、ヘ、ヘクショーイ!!」
俺もでる。
すっげー鼻がムズムズする。
なんだよこれ。石像のなかにコナをつめてたってか?
チクショー、おかしなワナを設置しやがって!
この城を設計したやつは、ぜってー根性がねじまがってやがる!!!