百十一話 契約の内容
イフリートが求めたのはふたつ。
『復権』と『知恵の証明』だった。
復権とはかつての地位をとりもどすこと。
聞くところによると、イフリートはむかしむかし精霊だったという。
だが、神にさからったことで悪魔におとしめられたのだと。
けっきょく精霊だったんかい!
なんかいろいろ想像してたけど微妙にちがった。
ちょっとハズかしい。
つーか、神にさからったら悪魔にされちゃうんだ。
こわっ! 神こわっ!
どうしよう。こんどロザリオでも買っとこうかな……
とりあえずこの『復権』は保留とした。
ぶっちゃけどうすりゃいいかワカランもん。
それでも俺と契約すれば魔界にいなくてもいいし、ちゃんと精霊として扱うよってことでひとまずの納得をえた。
イフリートも固執しなかったし、むずかしい願いだと承知していたようだ。
ダメもとで言ってみた感じだったのだろう。
つぎに『知恵の証明』。こちらが本命だ。
なんでもあるじにふさわしい知恵の持ち主かどうかを見たいのだそうだ。
う~ん。あふれでる知性は隠しきれないと思っていたのだが……
おかしいな。靴下に穴もあいてないし、歯にアオノリもついてないんだけど。
「で? どうやって証明したらいいのかね?」
ルディーにむきたてマンゴーを「あ~ん」てしてもらいながらイフリートに語りかける。
うまいね。暑いからフルーツばっかり食べてしまう。
イフリートもいる?
え? 焦げるから食べられないって?
あ、そう。こんなにおいしいのに残念だね。
「ここから進んださきに城がある」
「ほう! 城か」
イフリートによるとこの地域をおさめる悪魔の居城らしく、知恵の証明にはそこがうってつけなのだと。
ふ~む、ダンジョンっぽいつくりなんかね?
「で、具体的にはなにをもって証明とするんだ?」
それがわからないと、いかようにもとれる。
あとからそれではダメだとイチャモンをつけられてはたまらない。
「そうだな……その悪魔に会えたらいいとしよう」
会うだけか。
いっけん簡単そうだが、さて。
「そいつの名前は?」
「名前はない。単純に王と呼ばれている」
「戦いになるのか?」
「それはキサマしだいだ」
なるほどねえ。
なんか裏がありそうな気配がするよな。
ルディーとウンディーネにはイフリートから目をはなさないように言っておくか。
「質問はここまでだ。そして、キサマが知恵を証明したあかつきには、どんな問いにも答えよう」
そう言ってイフリートは遠くを指さすのだった。
――――――
なにもない大地をひたすら進んでいく。
火成岩で出来た大地は、あいかわらず固い。
ふきだす汗を袖口でぬぐう。
ほんとにあっちーな。水をためたらすぐお湯になりそうだ。
フロだフロ。
ひと区切りついたら、どっかのくぼみにフロでもつくっちまうか。
――あれから悪魔はでてきていない。
暑さもあいまって緊張感がうすれていく気がした。
「あれ城じゃない!?」
ルディーが前方を指さした。
なになに。
……いや、なにもないが。
目を細めてみてもなにもない。黒い大地がひろがるばかりだ。
「どこ?」
「うそ? あるじゃん」
眉をひそめてもういちど見る。
やっぱりない。
「ルディー、おまえ暑さでとうとう……」
「失礼ね! ちゃんとあるわよ!! マスターこそ老眼になったんじゃない?」
おまえこそ失礼だよ。
老眼じゃないしー。
おまえより目がいいしー。
「ウンディーネ。おまえは見えるか?」
「ええ、見えます。城と言っていいような石づくりの建物が」
マジかよ。
見えていないのは俺だけかよ。
ちらりとイフリートに目をむける。
するとイフリートは、あからさまに目をそらした。
ふん、ふん、なるほどね。
ククク、こざかしいまねを!
ルディーが指さすほうへと、ずんずん進んでいく。
やがて彼女が「ここだよ」と告げたところで立ち止まった。
「門があるよ。マスター、やっぱ見えない?」
うん。ぜ~んぜん。
「ルディー。門のかたちを教えてくれ。正確な位置も。あとは引き戸か跳ね上げ戸かも」
「引き戸だね。場所は……もうちょい右。いや、すこし前。そう、そこ」
ルディーの案内にしたがって扉を引く。
ゴゴゴゴゴ。
手にはなんの感触もなかったが、扉がひらく音だけがした。
ビンゴ!
ははん!! 俺様をナメんなよ!
やがて視界にノイズがはしり、巨大な城がすがたをあらわすのだった。