百六話 召喚士、めまいがする
穴のなかは真っ暗だった。
足元どころか、近づけたおのれの手すらみえない。
手に炎を灯す。
だが、闇が晴れることはなかった。
炎は周囲を照らさず、ただひとり燃え続けるだけだった。
どうなってんだ、これ?
明かりが吸いとられているのか?
そんな暗闇の中、とおくに光る点がある。
とりあえずアレを目指すか。
ふりむけばすぐそこにあるのは楕円形の光。
これが入ってきた穴だから、前方の光る点は出口でほぼ間違いないだろう。
つーか出口であってくれ。じゃなきゃどうしようもない。
慎重にすすむ。
まあまあ不安だ。なんたって足元がまるでみえないのだ。巨大な穴でもあいてりゃ真っ逆さまに落ちちまう。
――まあ、念動力でからだを浮かせばだいじょうぶなんだけど。
近づくにつれ光の点は大きくなり、やがてじぶんの背丈の三倍をゆうに超えた。
これで入ってきた穴とほぼ同じ大きさ。形も楕円とかわらない。
――そろそろだと思うんだけどな。
ただ、もひとつよ~わからんのよ。
なにせ対象物がないから距離感がまったくつかめんのだ。
とつじょ、ずぶりとからだがめり込んだ。
光のなかへと入ったのだ。すぐに視界がひらける。
「あっつ!」
「うわ~すごっ!」
熱風が肌をやく。あまりの暑さに顔をしかめる。
なんだここ?
大地は赤く染まっていた。
ゴツゴツとした岩の割れ目からはマグマがふきだし、くぼみへと注がれていく。
周囲に広がるのはマグマの海だ。ゴボゴボと沸きたち、しぶきをあげる。
それら灼熱のマグマが、すべてを赤く照らしているのだ。
「すっごい場所だね。落ちたらぜったい死ぬよ」
「そうだな」
いま俺たちが立つのはひとつの島だ。マグマの海に浮かぶ小島。
どうやらここには大小さまざまな島が、浮島のように散らばっているらしかった。
「ほんと地獄って感じ。ねえ! あれなんかどうやって浮いてるんだろうね?」
ルディーが指さすのはひとつの島だ。
それは宙にプカリと浮いている。
ほっといたらどこかに飛んでいってしまうのだろうか? 信じられないぐらい巨大な鎖で他の島とつながれている。
すげえな。とても生き物がすめる場所じゃねえ。
そりゃ人間界に出ていこうとするワケだわ。
しかし、とうの悪魔のすがたが見えないな。
てっきり待ちかまえているものだと思っていたが。
「ねえマスター、装置ってどこ?」
ルディーがまわりを見回していう。
穴がふさがらないように悪魔がつくったという装置だ。たしかにそれらしきものが見当たらない。
この島には人間界へとつづく真っ暗な穴がポッカリとあいているだけで、人工的なものはなにひとつないのだ。
どういうことだ?
俺のイメージでは呪術の刻まれた石碑みたいなものが、並んでいる感じだったんだが。
「ウンディーネ!」
「なんでしょう?」
「おまえが言っていた装置とやらはどこだ?」
キリキリ答えんかい。
装置を壊せばミッション達成なのだ。
ちょうど悪魔がいない今が絶好のチャンスなのだ。
「わかりません」
だが、ウンディーネはわからないとのたまう。
それも悪びれもなく。
おい!
わかりませんじゃねえんだよ!
オメーが装置を壊せっていったんだろうが!!
その肝心の装置がどこにあるかわからんのじゃ話にならんだろうが。
「じゃあ、形はどんなだ? 色とか材質とか教えろ」
こうなったらみつけてぶっ壊すしかねえ。
悪魔にとっても重要設備、それっぽい場所を確認していくか。
形さえわかれば遠距離から木っ端みじんに粉砕できるしな。
――しかし、ウンディーネの答えは……
「わかりません」
「ふぁっ!?」
まさかの回答にへんな声がでた。
これもわからないってどういうことだよ。
場所も形もわからんものをどうやって壊すんだよ!
探すことすらできねえだろ!!
ぶっとばすぞコノヤロウ。
「おまえ、エエかげんにしとけよ。よくそれで壊してくれなんて頼んだな。つーか、そもそも装置なんてあるのか? 形も場所もわからんものをおまえはどうやってしったんだ?」
まさかコイツ、でたらめコイてんじゃねえだろうな?
こうなってくると、穴がふさがらないように装置で維持しているという話じたい信じられなくなってきたぞ。
じっさいにみたなら場所も形もわかるし、だれかから聞いたとしてもそれぐらいは確認してなきゃおかしいし。
「神託でしりました」
「しんたくぅ~?」
「はい。神託とは神のお告げです」
わかっとるわ! 神託の意味ぐらい。
疑ってるっつー意思表示をしとるんじゃい!!
「その神託とやらをおまえが聞いたんか?」
「いえ、聞いたのはべつのものです」
なにそれ?
また聞き?
「おまえ、よくそんな頼りない情報で自信満々にいえるな」
「真実ですので」
きさま、狂信者か。
疑うことをしらない子羊ちゃんか。
あのさー、とりあえず神の存在を信じるのはいい。回復魔法だってあるからな。おれだって見たことはなくてもいるだろーなーぐらいには思ってたし。
でも、神託を聞いたとかいうやつを簡単に信じちゃダメだろ。
そいつがウソついてたらどうすんだ? いや、ついてる可能性の方が高いだろ。
人間なんてもんはウソつく生き物なのよ。
おたくらは精霊だけど、精霊やら妖精だってそうかわらん。あるていどの知能があるものはウソをつくんだ。
それが知恵ってもんだろ。
「もうちょい詳しく話せや。どう真実なのか俺が判断してやる」
「はい、わかりました」
「むかしクーフーリンという青年がおりました。彼は神の血を引く大英雄で、ある日、神託をたまわります」
ウンディーネの昔話がはじまった。
なんか長くなりそうな予感がしたのでソファーをつくった。
こおりのソファーだ。
水魔法でだしたのだ。ツララがだせるならソファーだってだせるのだ。
「神託のないようは門を閉めること。魔界へと通ずる門をしめねば世界が亡びるのだと」
あー、ケツがひんやりして気持ちいい。
灼熱の土地にぴったりのアイテムだな。
「つづいて神はいいました。魔界には悪魔がつくった結界を阻害する装置があり、それを壊せばおのずと門はしまるであろうと」
こおりを砕いてカキ氷にする。
うえからかけるのはマンゴーだ。すりつぶしてシャリシャリのこおりにたっぷりとかけてやるのだ。
「ウマッ!」
「おいしいねー」
まじ絶品だな。
暑さはさいこうのスパイスなり。
「神託を得たクーフーリンは、精霊をたずさえ門をくぐります」
「マスター、わたしこんどはブルーベリーがいい」
「おかわりか? このくいしんぼうめ」
とはいえ俺もブルーベリー食いたい。
よ~し、二杯目つくるか。ついでにバナナものせちまおう。
ブルーベリーをつぶしてぶっかける。
そのうえにバナナをトッピングしたら、とろ~りハチミツをかけてと。
「あの、聞いてます?」
ちょうど二杯目をつくり終えたところで、ウンディーネがたずねてきた。
なんだよ、こおりが溶けちまうだろうが。
「だいじょうぶ。聞いてる聞いてる。つづけてつかーさい」
俺がテキトーにうんうんとうなずくと、ウンディーネは納得のいかないようすで話をつづけるのだった。
――――――
「――こうしてクーフーリンは幾多のたたかいを経て、ついには装置を破壊し、門をとじることに成功しました」
「おお!」
「すご~い!!」
ルディーとふたりで拍手をする。
なかなか面白い話だった。英雄譚といったやつだな。
かき氷三杯食べきる長さにうまく纏まっとった。
しかし、門をとじることに成功したのか。
めでたしめでたしだな。
しかし、それで終わらないってことは、定期的に穴が開いてんだろうな。
あいてはふさぎ、あいてはふさぎをくりかえしてるんだろう。
そりゃそうだわな。悪魔にしてみりゃ、いちど装置を壊されたってまたつくればいいんだし。
――となると、これ装置を壊しただけでは終わんねえんじゃね?
そのたびに装置を破壊しにいかなきゃなんねえってことか。
マジだりーじゃん。
「で、そのクーフーリンってやつはどうなったんだ?」
そいつがいれば俺がいく必要ねえし。
いつの話かしらんが、半分神ならまだ生きてんじゃねえか?
俺としては、そいつに頑張ってもらいたいんだが。
「わかりません。門をとじることに成功したのですが、二度とかえってくることはなかったのです」
あーそうだった。
装置を破壊すると門がとじるんだった。
取り残されたワケだな。だから俺に頼んどるんやった。トビラをつかって行き来できる俺に。
しかし、つぎのウンディーネのことばに驚く。
「――と、これが十年前の話です」
ん!?
十年前?
「ちょっとまて~い!」
どういうことだよ、十年前って。
じゃあ、いまあいてる門はなんなのよ。
「おかしいだろ、伯爵の話と食い違うじゃん。どうしようもなくて十年前に埋めたっつー話だったじゃん」
「いえ、クーフーリンのとじた門はここではありません。神託によると門は七つ。それぞれちがった場所に、さまざまな形で設置されているとのこと。クーフーリンがとじた門は、ここよりずっとずっと南の場所です」
ふぁ~~~!!
七個。
なんか俺、めまいがしてきた。