百五話 召喚士、うけいれる
ん? んんん?
この光は……
おどろき周囲をみわたすと、ほかのものもまた戸惑いをみせている。
しかし、その反応は俺とはまったくべつのものだ。
「こ、これが加護?」
兵士は目を見開いて、おのれのからだをみつめている。
「神のキセキだ!」
騎士はひざまずいて手を合わせている。
「感じる。むすびつきを感じる! いま、われらは神とひとつに!!」
伯爵は天井をみあげ、なみだをながしはじめる。
なんかキモイ。
とくに伯爵の表現がキモイ。
しかし、いってることはたしかにそのとおりだ。
こころの奥底で、かれらとのつながりを感じるのだ。
こいつは契約だ。精霊とかわす契約とおなじものだ。
だが、いったいぜんたいどういうことだ。
あいてはにんげんだぞ。
契約などできるハズがないんだ。
しかし、すさまじいちからが流れこんでくるのを感じる。
火花が散るかと思うほどの、チリチリとした感覚が全身をつつむ。
契約者から流れてくるちからだ。それもケタはずれの。
「マスター、髪の毛がさかだってるよ」
え? じぶんのあたまに手をのばす。
フワリと髪の毛が手にすいついた。
これはアレだ。冬の乾燥したときにたまになるやつ。
金属とかに手をふれるとバチッとイナズマがはしったりするやつだ。
「おお! 主よ」
伯爵がこちらにむかって平伏する。
みなもあわててそれにならう。
ナニコレ?
「いや、ちがうちがう。これは、あのその、寝ぐせだ」
このままでは、み使いかもしれないひとから神様っぽいひとにランクアップしてしまう。
誤解をとかねば。
とっさに手でまったをかけた。
が、そのとき手から紫電がほとばしった。
それは壁にかけられていたランタンを木っ端みじんに粉砕する。
「おお!」
「裁きだ。あくをほろぼす裁きの雷光だ」
「いや、ちょ――」
「なんじ、神を試すべからず。そういうことだったのですね。もうなにも申しません! われらは、ただあなたの御心にしたがうのみです!」
その日、酒場は異様なもりあがりをみせるのだった。
――――――
「これからどうすんの? マスター」
ルディーが問いかけてくる。
いまは魔界へとつづく門へとむかってるところだ。
しかし、その歩みはおそい。景色は上下にゆれながら、ゆっくりとうしろに流れている。
みこしだ。へんな神輿に乗せられて、えっほえっほと運ばれているのだ。
「どうするたってこれまでどうりだよ。門を破壊して商売に精をだす。それだけだ」
「おみこしに乗って商売を? 見下ろしながら、奥さん、このジャガイモ芽がでてますんでお安くしときますよって言うの?」
うるさいな。
今だけだよ。いまだけ。
どうせみんなすぐ飽きる。
門を破壊したら神なんて必要ないだろ。いつまでも特別扱いなんかしてくれるもんか。
利権さえ手に入ればいい。
あとはひとりの商人としてやっていけばいいんだ。
「くだらねえこと言ってねえで、ちゃんと荷物が運ばれているか見とけよ。とくにトビラだ。あいつがなくなっちまったら帰れねえぞ」
こくたんで作ったトビラは冒険者グループが運んでいる。
あれが作戦のキモだからな。門を壊したはいいが、帰れなくなったなんてシャレにならん。
「だいじょうぶ。すっごく大事そうに運んでいるよ。なにせ神様のもちものだもんね。なくしたら天罰おちると思ってるんじゃない?」
なんだよ。ヤなこというなよ。
天罰が気になるの俺のほうだっつーの。
なんじ神を騙るなかれ、とか難クセつけられないとも限らないんだ。
悪魔がいるってことは神もいるだろう。
あいつの逆鱗がどこにあるかわからん。
まったくメンドウなことだよ。しらなきゃ気にせず悪態ついてられるのに。
「神の話はもうヤメロ。俺はただの商人、勘違いされた哀れな被害者だ。オーケイ?」
「ハーイ」
やがて神輿は小高い丘へと到着する。
コンモリと盛り上がった土のうえには草木が生え、チョウチョウなんかがひらひらと舞っている。
ここか?
やけにのどかだな。魔界の門があるとはとうてい思えない場所だ。
「主よ。ここでございます」
伯爵が言う。
やっぱりあっているみたいだ。
たしかによくみれば木の幹がまだほそい。成長しきっていないのだ。最近土を盛ったあかしといえよう。
しかし……
「主じゃない。サモナイトな。そこ大事だかんな」
主っていうな。主って。
バチがあたったらどうすんだよ。
神よ。コイツがかってに言ってるだけだかんな。バチをあてるならコイツにだぞ。
「ハツ! しつれいしました。サモナイトさま。ここが門のあった場所でございます」
「うん、ごくろうさま。しかし、けっこう盛ったね」
この丘は、ひとの背の何倍もある。この見た目だと、うめた土砂はかなりの量になるだろうな。
人力ではさぞ大変だっただろう。
「はい。魔導士を総動員してうめました」
そうか。十年前なら精霊はまだいるか。
おれも子供だったしな。
いや、なんだろ。街をおいだされたのがずいぶん昔に感じる。
いろんなことがあったからなあ。思い出の量がおおすぎて、時間の感覚がズレてるんだろう。
「さっそく土砂をかきだします」
「いや、それにはおよばんよ」
伯爵にまったをかけると、丘にむかって手をかざす。
すると、土砂はうねりながらまっふたつに割れ、なかから楕円形の穴がすがたをみせた。
「おおー!」
「すごい」
「これが、みわざ!!」
みながワッショイ、ワッショイ褒めたたえてくれる。
うっ、これは気持ちいいな。ちょっとクセになるかも。
「また、そんなことするから……」
だが、ルディーは辛口だ。耳もとでチクリと苦言をていしてくる。
いや、だってしゃーねえだろ。人力で掘ってたら日が暮れちまうわ。
パワーアップした土魔法なら一発なんだもん。
とはいえ、ルディーのいうことももっともだ。
いっかいの商人として生きたいなら、ちからを徹底的にかくすべきなのだ。
ちからをみせるなら、それそうおうの立ち振る舞いをしなければならない。
う~ん、ぼちぼち方針を変えなきゃダメなんだろうなあ。
「伯爵、ごくろうでした。ここからさきはわたしひとりでいきます」
ちょっとエラぶってみた。
そうだ、俺が態度をきめないと伯爵たちもどう接していいかわらんもんな。
こうなりゃ、神っぽいなにかでいこう。
やめたきゃ、またべつの言い訳をかんがえればいいんだ。
危機が去ったから神はもうちからを貸してくれなくなったとかなんとか……
「は!? ……おひとりでですか? いや、しかし――」
伯爵がしんぱいそうにいう。
どうやら、みなでいっしょに門をくぐるつもりだったらしい。
たしかに兵士も騎士も、これでもかと装備を固めてる。
無謀だねぇ。
これも信仰心のなせるワザか。
なかにはあきらかにホッとした表情のものもいるが、大半は聖なる戦いだといきごんでいるようにみえる。
――俺としては、ホッしたやつのほうに親近感をおぼえるけどな。
「よいのです。あなたがたのちからは街のひとびとをまもるためにつかってください」
「はは~」
冒険者からこくたんのトビラうけとると、かついで穴へとはいっていった。