百四話 召喚士、ひらきなおる
酒場のなかはどよめきで満たされていた。
あちらこちらで「み使いさま?」「まさか」などとささやく声が聞こえる。
伯爵に酒場の封鎖を命じられた兵士たちもどうようだ。
とまどい、隣のものと顔をみあわせている。
「なにをしておる! まずは出入口を封鎖――」
「ちょっとまて」
ふたたび封鎖するようめいれいする伯爵を制止した。
動きだそうとした騎士と兵士はたちどまり固まる。伯爵はすこしおどろいた顔で、俺をみている。
うんと、うんと……これ、どうしよう?
思わず止めちゃったけど。
とりあえず話をおおきくしたくない一心だったけど。
ひとの口に戸はたてられない。
かならずどこかから情報はもれるものなのだ。
まさか、みな処刑するわけにもいくまい。封鎖など逆効果でしかない。
どうしよう。なにかないか。
この場をおさめる起死回生の案が。
み使いをひていしつつ、みなをなっとくさせる方法は?
考えろ、かんがえろ。
いままでもなにかしら思いついてきたはずだ。
俺ならできる……
――が、そんなものはなかった。
な~んも思いつかんかった。
「う……」
「う?」
俺のわずかなうめきごえも聞き逃さず、伯爵は聞き返してくる。その目は期待にみちている。
う~ん。う~ん。なにかひねりださねば。
「う……な、なんじ、神を試すことなかれ」
やっとでた。
が、しょうじき意味が分からん。むしろよけい悪化したような気がする。
しかし、思い込みが激しそうな伯爵だ。なにか深読みしてくれるかもしれん。
そこからうまく誘導できれば……
ゴクリ。
伯爵がツバをのんだ。まわりのギャラリーたちもかたずをのんで見守っている。
「なんじ、神を……。あの、どういう意味でございましょうか?」
うん、ふつうにかえってきた。
ダメだ。こいつ意外にしっかりしてやがる。
よし、こうなったらいつもの手だ。
答えるのではなく、質問にきりかえるのだ。
時間を稼ぎつつ考えをまとめるのだ。
「伯爵さま。あなたは現状をどのていど理解しておられますか?」
「はい。悪魔があらわれ、この世界が危機に瀕しております」
よしよし。
これでいい。とりあえず、つごうのわるいことには答えないでおこう。
「そうです。世界はとても危険な状態なのです。これをのりきるためにはみながちからを合わせねばなりません」
「そのとおりです」
「封鎖などして民を分断してしまえば、それこそ悪魔の思うツボではないでしょうか?」
「――!!」
よしきた!
さすが俺、よく思いついた。
これでさっきのはチャラだ。いっきにたたみかける。
「ここは情報をしっかりとみせ、不信感をなくすことが結束をかためることにつながるのではないでしょうか?」
「……まさに、まさにそのとおりです。サモナイトさま。これまでの非礼、まことに申し訳ございません」
うん、うん。
いいよ、いいよ。
だから、ユーの情報さらけだしちゃいなヨ!
俺の情報はあんまださねえけどな!!
「まずは悪魔をいつごろから知ったのかから教えてください」
「はい。わかりました」
――――――
伯爵の話によると、悪魔を認識したのが十五年前。冒険者がきみょうな魔物を狩ったことから始まったようだ。
目と鼻がやけにおおきな、ひとににた魔物だったと。
ウゴバクかな? あのガレキにうもれてたやつ。
しかし、その魔物、死後死体が消えてしまい、広く知られなかった。
冒険者ギルドに記録がのこってはいるものの、みな気にもとめなかったのだ。
伯爵ものちに記録から知ったのだという。
だが、十年前。伯爵自身が悪夢を見るようになる。
さいしょはただの夢だと気にしなかったが、あまりに夢がせんめいであること、毎日のようにみることなどから調査を開始。
すると、城の下水にひそむいっぴきの魔物を発見した。
背中にコウモリのハネがはえた赤ん坊のような姿だ。おとぎ話で聞くインプではないかと。
ここで悪魔がふっかつしたのではないかと考えるようになる。
インプねー。なるほど。俺たちがここにきて、さいしょにクイックシルバーたちがしとめたやつだな。
俺の悪夢もコイツのしわざだったか。なっとく。
それから伯爵たちが、周囲をちょうさしたところ、南西の荒れ地に空間の裂け目を発見する。
魔界への入口だ。
どうやらここから悪魔がもれだしているようだった。
おおきさは、ひとひとりが通れるかどうか。
調査のため、伯爵はなかへ何人かおくりこんだ。
だが、帰ってきたものはいなかった。
そこで伯爵はひとつの決断をくだす。
裂け目を土砂でうめてしまおうというのだ。
結果、悪魔の出現はとまる。
これで一件落着……かに思われた。
だが、そうはならなかった。
数年後、悪魔が街を襲いはじめたのだ。
いぜんより大型、それも集団で街にちょっかいをかけてくる。
ここで土砂でうめただけでは問題が解決していないことをしる。
――まあ、あたりまえやね。
土砂なんて掘ればしまいだし。
それも地中を堀りすすんで、地上にでる場所を複数つくる。そうすれば気づかれにくいし。
で、失策に気がついた伯爵はなんとかしようと兵をあつめるも、時すでに遅し。いまにいたると。
「精霊もすがたを消し、悪魔との対抗手段も、もはやわれわれにはありません。神とみ使いさまにすがるより他ないのです」
伯爵は肩をおとしてそう語った。
う~ん。たしかにもう手がないよね。
ダンダリオンとかオロバスとか人間が勝てるシロモノじゃないもの。
もっとはやく気がついてればみたいな話もあるっちゃあるけど、よー考えればそれもあんま意味ないよね。
裂け目がちいさくてもでてこられないだけだもんね。
むこうにワンサカいるワケじゃろ?
突っこんだところで袋叩きにあうだけじゃん。
むしろ、ひとりしか通れないなら各個撃破されるだけで。
これ詰んでるよな。
人間が結束してもどうにもならんよ。
なんならむこうの入口が空中にある可能性だってあるしな。
入ったとたん真っ逆さまとか。
したに大きな釜があって茹でられちゃうとか。
う~む。み使いがどうとか、どうでもよくなってきた。
むしろ、その名声を積極的に利用するほうがいいのかもしれない。
俺がしっぱいしたらみんな死ぬ。どう思われようが関係ないのだ。
ただ、自分から言うとウソになっちゃうからな。かってにそう思わせてるぐらいでいいか。
「伯爵さま。わたしはいっかいの商人にすぎません。ですが、悪魔をどうにかせねばと思う気持ちはあなたと同じです」
「おお!」
「商人が商人として、できる範囲の方法で悪魔をふうじるよう努力いたします。伯爵さまには全面協力を約束していただけたらと」
「サモナイトさま……わかりました、協力させていただきます。グロブスに住む民はあなたに命をあずけます」
周囲からどよめきがおこった。
いっしゅん非難の声かと思ったが、そうではないようだ。
よろこび、こうふん、かんしゃ、プラスの感情ばかり感じられる。
――なんだろう? 考え方がちがうのかな?
俺なら、なに勝手にひとの命まであずけてくれとんねんとしか思わんのだが。
なかには「これで助かる! やはり神はわれらを見捨てていなかった!!」などと涙をながしているものまでいる。
いや、見捨てられてると思うよ。
あいつらがナンもしねーから俺がここにいるワケで。
まあ、いいか。
「では、このエム・サモナイト。グロブスのひとびとから協力のあるかぎり、悪魔をたおすべく努力するとちかいましょう」
そのしゅんかん、周囲のものたちの体が光った。
伯爵も騎士も兵士も冒険者も。
そして俺の体も。
ん?