百二話 召喚士、酒をのむ
「英雄どのにカンパ~イ」
コンとジョッキを打ち鳴らすと喉のおくへエールをながしこむ。
うまい! 労働のあとの酒はかくべつだな。
いまいるのはオプタールのとある酒場。
兵士たちに誘われて祝杯をあげているところだ。
悪魔どもはあらかた退治した。いきのこりが多少いるだろうが、街をおびやかすほどではない。
ひとまず安心といったところか。
「すさまじい戦いぶりでした。さぞかし高名な冒険者なのでは?」
兵士のひとりが上機嫌でたずねてくる。
街の住人にもすくなからず犠牲はでた。だが、それでも敵を撃退したというよろこびのほうがはるかにつよいのだろう。彼だけでなくみな表情はあかるい。
「いえ、元冒険者です。いまは商業をいとなんでおります」
べつにかくすひつようもないので言ってしまう。
これからここでも商売するんだ。できるだけ顔もうっておきたいし。
「へえ~、商業ですか? では商売でこちらへ?」
「ええ、農家から買いとった作物を売りに立ち寄ったところでして。そこで街の一大事を知り、なんとかてだすけできればと……」
まあ、ウソはいっていない。とちゅうであった騎士などガッツリ省略してはいるものの、話のおおすじにちがいはない。
たまたま立ち寄った商人が街のために戦った。街のひとびとには好意的にうけとめられるだろう。
これで商売がしやすくなるというものだ。
ちなみに、騎士と女の子はちゃんと街へ送り届けた。
領主さまのもとへいかねばなりません! とかいってすぐ消えてしまったが。
報酬は……とくにもらえなかったけど、まあいいか。けっきょく馬を売ってないしな。
領主ってことは貴族だろうし、まっさきにそこへ向かうってことは護衛している女の子はその血縁者なんだろう。
だったら、これ以上かかわらないほうがいい。
貴族とかかわるなら個人ではなく組織としてかかわるべきだ。
「まことに感謝してもしきれません。あなたがいなければ街はどうなっていたか。あなたにとっては不運だったかもしれませんが、我らにとっては幸運以外のなにものでもありませんでした」
あらま。この兵士はずいぶんもちあげてくれるなあ。
みんなこんな感じだったらいいのに。
「いえいえ。街のみなさまのがんばりがあればこそです。わたしなど、ほんのすこしお手伝いしたにすぎません」
とりあえず謙遜しておく。
でる杭はうたれるからな。できるだけ敵をつくらないようにたちまわるのがコツだ。
それができなきゃちからでねじ伏せるしかなくなっちまう。
「おお~。さすがは英雄どのだ。たたかいの腕も一流なら、謙虚さも一流ですな」
これまで話していた兵士とはべつの兵士がいった。
なんとなくバカにされているような気がしなくもないが、そうではないようだ。本心からだと表情でわかる。
たんにお調子者なんだろうな。なんか出っ歯だし。
「ときに、街をおそった魔物なのですが、あのようなものはみたことがありません。今回が初めてなのでしょうか?」
とりあえず出っ歯はほっておいて、さきほどの兵士とおしゃべりする。
情報収集だ。騎士からあるていど聞いてはいるものの、より正確にしるひつようがある。
あいつ、イマイチたよりないしな!
「それがですね。これまでもたびたび襲撃があったのです。とはいえ容易に対処できるような小規模なものばかりでしたが……」
騎士の話とおなじだな。
そうですか、それは大変でしたねとあいづちをうち、つづきをうながす。
「ただ、やつらの容姿なのですが、われわれもみたことがありませんでした。みかけるようになったのはここ数年です」
「なるほど」
「一部のものの話だと、あれは悪魔ではないかと……」
「なんと!」
とりあえずビックリしておく。
まさかいまさら、うん、しってる。とは言えんし。
しかし、やっぱ悪魔だって感づいてるひともいるんだな。
領主のエドモンド伯爵もわかってたんだろう。
だから門をふさぐべく兵をあつめようとしてたんだな。ぜんぜん間に合わなかったけど。
「わたしもこんかいで確信しました。あれは悪魔です。魔界へ幽閉されていたという悪魔がふっかつしたにほかならないのです」
うん、そーね。
だから俺が門を破壊しにきたわけよ。
めんどくせえけどな!
「ですが、希望もあります」
兵士はつづけて言った。
ほう。希望とな。
なんだろ? 援軍とかかな。
ぶっちゃけ多少ひとが増えたところで悪魔に対抗できるとは思わんが、あきらめられるよりずっといい。
悪魔の襲撃はこれでおわりじゃないんだ。緊張感とのぞみをもってしっかり守ってもらいたい。
門を破壊したはいいが街がなくなっていたじゃ、せっかくたすけた意味がないからな。
「それはよかった。みながいちがんとなれば、かならずや悪魔を――」
「この街には神のご加護がある!」
なんかセリフをかぶせられた。
出っ歯の兵士だ。急にたちあがってさけびだしたのだ。
なんやコイツ。
なんだよご加護って。そんなもんありゃ俺がしゃしゃり出たりしねえっつーの。
神がなんだよ。あいつに助ける気なんかぜってーねえよ。
あれば俺がこんな苦労してねえわ。
お調子者はこれだから……
「そのとおり!」
こんどはとなりのテーブルのオッサンがたちあがって言った。
え? なに。
みた感じ冒険者みたいだけど、ムリヤリ入ってきたなこいつ。
酔ってんのか?
「そうだ! そうだ!」
さらにべつのテーブルのやつが言った。
みればいままで話していた兵士もおおきくうなずいている。
え~、なに? この一体感は。
加護ってやつか? この街にはいわれみたいなものがあるのか?
とりあえず、うなずいている兵士にたずねてみる。
「あの、ちょっとすみません。加護というのは?」
「ええ、この街は神にまもられているのです。古来より街に危機がおとずれしとき、助力があると言い伝えられてきました。――それは事実だった! あなたも見たでしょう。巨大な氷塊が天からおち、悪魔を討ったのを!」
……え?
「あれこそ神のみわざにちがいありません! われらの窮地をすくうべく、神が天からおとした裁きなのです」
いやいやいや。それワシやん。
ワシがおとしたツララやん。
そんなもんで安心してどうすんだよ。となりの街みてーになっちまうぞ。
まったく。まさか神に手柄をかすめとられるとは思わなんだわ。
やれやれ。
こめかみをおさえつつため息をつくと、耳元でルディーがいう。
「やったじゃん、マスター神様だってさ。もう自分がおとしたって宣言したら?」
アホいうな。
なんでそんなことせにゃならんのよ。
俺は金と権力がほしいんであって神様になりたいんじゃねぇんだよ。
神なんてメンドクサイにきまってるやろ。
なにかいいことがあってもおのれの運がよかっただけと、感謝されるわけでもない。
でも、不幸があったら逆恨みされるんだ。
なんでたすけてくれなかった! ってな!!
そのとき、ガチャリと酒場のとびらがひらいた。
数人のおとこたちが中に入ってくると、あたりを見回しはじめる。
「あ……」
なんかみたことあるやつがいた。
さきほど別れた騎士だ。領主んとこ行くって言ってたやつ。
「しょうにんさま!」
騎士は俺のすがたをみつけると、息を切らせて走ってくる。
なんかとってもイヤな予感がするんですけど。