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 三時間めまで佐伯弘貢は睡魔に耐えることに苦しんだ。四時間めにある体育の持久走は目覚ましにちょうどいいのかもしれない。実際走っているあいだは眠気のことを気にする必要はなかった。

 佐伯弘貢はあまり運動をする方ではなかった。といって身体を動かすことが嫌いなわけでもない。グラウンドを走りながら感じる所在の知れない苦しみは、耐え切れないものではなかった。

 ゆっくり走っていると暮木ミゾノが追いつきしばらくいっしょに走った。暮木ミゾノは中学時代に陸上部に所属していたが高校ではその道を選ばなかった。汗と涙の青春は尊いが、もっとなんでもない青春のほうがいいからだ、とわかるようなわからないようなことを話していたことがある。

 暮木ミゾノは佐伯弘貢に付き合って一周走ったあと、持久走大会ではいっしょに走ろうねと言って自分のペースに戻った。佐伯弘貢はタイムをすこしでも短くしようと決めた。

 一周三〇〇メートルのコートを十周するうち、角野潤も運動が得意でないことがわかった。遅れているグループのさらに後方を彼女はひとりで走っていた。佐伯弘貢が周回で追いつけるほどだった。

 追いついたときに大丈夫かと声をかけた。角野潤は首をわずかにめぐらして佐伯弘貢を見ただけだった。彼女なりのリズムを保って呼吸を続けることで精一杯のようだった。

「お互いがんばろう」と言って佐伯弘貢も自分のペースを保つ努力をした。しだいに彼女を後方へおいていくのがわかった。半周もするとコートの四分の一ほどにも距離がはなれていた。

 授業が終わり教室へひきあげ、着替えようとすると全身がこわばっている。走ることは全身運動なのだと実感して佐伯弘貢は苦笑する。どこかが重点的に疲れているというより全身が疲れていた。

「お昼、化学室へいくのだけれど」

 着替えをすましてすぐ、角野潤が寄ってきて気だるげに言った。彼女はやけにおおきな弁当包をもっていた。ドカベンか小ぶりな弁当箱がふたつはいっているかのどちらかに違いなかった。

「責任は感じている」佐伯弘貢の視線を理解して角野潤は言いづらそうに説明する。「ひとつもふたつも、つくるのはたいしてかわりないから」

 僕の分まで弁当をつくってくれたのかとためらいがちに問えば、角野潤も躊躇するようにうなずく。

 佐伯弘貢は礼をいって厚意に甘えるほかなかった。しかし暮木ミゾノに対する申し訳なさを感じて、おもわず教室に彼女の姿を探した。彼女は着替えをすまして友人たちと教室へ戻ってきたところだった。佐伯弘貢と目があい頬笑むが、角野潤がいるのも同時にわかって目もとは緩まなかった。

 喧騒のなか、角野潤は親しいものにするように自然な動きで暮木ミゾノのことを手招きした。呼ばれた暮木ミゾノは戸惑ったように首をかしげたが、友人たちと別れてふたりのもとに近づいてくる。

「いったいどうしたの?」と暮木ミゾノはふたりどちらへともなく尋ねる。

「いっしょにお昼食べない?」と角野潤が提案する。「このあいだも言ったけれど、しばらく弘貢くんをお借りしたいの。でも、もし暮木さんもついてきてくれるなら歓迎したい」

 暮木ミゾノも佐伯弘貢も沈黙してしまった。困ったように佐伯弘貢のことを見る暮木ミゾノは、誤って知らない道へ踏みこんでしまった子どものようだった。角野潤が暮木ミゾノを巻きこむことの意味がふたりともわからなかった。

 しかし迷いながらも、暮木ミゾノは角野潤の提案にうなずいた。

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