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「きみは、僕とミゾが付き合っていることを知っているんだよね?」
「べつに隠しているわけではないのでしょう? ふだんのきみたちの接し方を見ていれば、そんなことは簡単にわかるわよ」
やはり角野潤は悪びれない。わかったうえで佐伯弘貢を呼びだしたのは、普遍的に作用する法則によるものだというふうな泰然自若ぶりだった。
「恋人のいる男の子をデートに誘うのは、あまり常識的なことではないとおもうのだけれど」
「恋人がいるのにほかの女の子とデートするのも穏やかなことではないとおもうわ」
それはそうなのだが、納得はできない。
「冗談よ。私が強引に連れだしたんだから。だって、きみにしかお願いできないことがあるから」
「それはボディーガードのこと?」
「それももちろんある。けれどね、ほんとうは、ほかにもきみにお願いしたいことがあるの。いってみれば、そのために私はきみにボディーガードをお願いしたの」
「ほんとうにお願いしたいことっていうのは?」
はぐらかされる気がした。これまでのように、輪郭を辿ることすらできない曖昧でとっ散らかった言葉で煙に巻かれるとおもった。しかし角野潤は真剣な顔をして佐伯弘貢のことを見つめた。
「それはまだ言えない」角野潤は静かな口調で話す。「できれば私はきみのことをもっとよく知りたいし、きみにも私のことをよく知ってほしいから。そうでないとお願いできないことだから」
そろそろまた歩きましょうと角野潤は言ってたちあがる。まだそれぞれカップのなかに飲み物は残っている。カップの側面にういた汗が手に冷たくなりはじめていたし、重力に耐えかねて水滴が落ちたときの感触にもすこし困っていたので、彼女の提案に佐伯弘貢は従った。
「ボディーガードをしてほしいというのは、つまり、いっしょにいる時間を増やして、たがいのことを理解しあいたいっていうことだったのかな?」
メインストリートの人の流れへ溶けこむまえに佐伯弘貢はそう問うた。なんとなく、また人混みにまぎれると、こうした話はできなくなるような気がしていた。
そういうことになるわねと角野潤は頬笑む。
「私はきみのことをもっとよく知りたい。でも、きみと暮木さんのために断っておくけれど、これは決して恋愛感情とはべつのものなの。ひどいことをいっているかもしれないけれど、許してね」
もう一周モールをまわってから、ふたりはそこをでた。角野潤を棟の階段下まで送る。ここまででいいと、これまでのように階段下でふたりはわかれた。わかれぎわ、角野潤はまた月曜日にと言って手をふった。
月曜日の朝に彼女を迎えにきて、放課後になれば送っていく。それを五日間繰り返す。そうすればはたして、今よりもたがいのことを知れるようになるのだろうか。
佐伯弘貢はバス停へ引き返す。暗い畦道を歩いていると携帯電話がふるえた。
「明日たのしみ! 駅で待ちあわせね!」という暮木ミゾノからのメールだった。
佐伯弘貢はメールの返事を打ち終えて送信する。畦道を抜け、待つ人が何人かいるバス停で列にならぶ。
道路を挟んでむかいにあるショッピングモールを眺める。
ほんとうにお願いしたいこととはなんなのだろうと佐伯弘貢は角野潤のことをおもう。彼女がそれを口にできるときはくるのだろうか。そのとき僕はその願いをきいてあげられるのだろうか。




