第2話 私は受付
矜持
私は、冒険者ギルド日本の受付嬢。アニメでは、そうモブキャラだ。
でも、私には矜持が3つある。
1つ目は、そう、あれは、新採として入った時、ギルド長が言ったのだ。
壇上で、スティーブ・ジョブズばりのインカムで、叫んでいたのだ。
「おかしいと思わないのか。君たち」
圧倒された。前にいるのは社長・会長とも呼べる人だ。
「俺は、金が欲しかった。仕事を選ぶ余裕などなかったのだ。
で、した仕事が、ソフトの改修だ。そりゃ、やったさ。1週間でやり上げた。
会社が、望む200%だ。社員がこの3年できなかったことを俺は1週間、正味4日でやったんだよ。そう業務書にかいてあったからな」
「そりゃ、部長から、社長から部屋に呼ばれては、「ありがとう」と言われたものだ。
しかし、しかしだ。払われた金は、募集要項に書かれた時給1200円だ」
「俺の能力は1200円か。正社員が3年掛かってもできなかったソフト改修が?」
「そうそう、その改修が業界初ということで、俺ではなく、部長が、そうなにもわからない部長がインタビューを受けていたのは、大笑いしたものだが」
「これは、極端なミスマッチだ」
「だが、そういったミスマッチが世の中で横行している」
「そんなミスマッチをなくすため、俺は階級依頼制度を思いつき、それを作った」
「投資家からは、「それは、アニメで見る冒険者ギルドっぽいですねー。実際、そういう感じなんですか」とな。愛想笑いしたよ。「はは、そうですかねー」とな」
「名前なんかどうでもいい。ああー、ハローワークⅡでも、タイミー2でも構わなかった」
「俺は、仕事とその対価が正しければ良い。と割り切り、作り切った。仕事と対価が同じになる仕組みを。ただ、今じゃー、ギルド長とよくわからない職種で呼ばれているのだがな」
「それで、君たちに求めるものは、私の、目、口、耳となり、絶対、昔の私のような人間を、悲しい人間を、泣く人間を作らないようにするためだ」
「君たちには、これから研修を行い「正しい世の中にする先駆者」になってもらう」
「理解、納得できなければ去って良い。それなりの退職金は出す。俺が欲しいのは俺の理想に共感する者だ」
私は、最初その高額給料に惹かれ、入った。しかし、入ギルド式にあれ程言われれば、「心が震えた。人間に惚れた。痺れた」いろいろあるが、私はそのどれも当てはまってしまったのだ。
苛烈な新人研修で何人も脱落する中、私は受付としてギルドで職を得た。
そう、私は、ギルドの目であり、口であり、耳であるのだ。
2つ目の矜持。
そう、それは苛烈な新人研修を終え、やっと仕事も馴染んできた、まだ、入って間もない頃、そう忘れもしない6月の3週目の水曜日の午前だった。
少し、いえ本当はものすごく不安を抱え、食事ものどを通らなかった。
そう、10時頃、突然、
「お願いします。この業務改善を来月までにしないといけないんですー」
と、すだれ禿げのぽっちゃりしたキューピーみたいなのが飛び込んできたのだ。
「お客さま、落ち着いてお話ください」
私は、優しい笑顔で答えたに違いない。
「ハーハー」どうも深呼吸のようだ。私も合わせて
「スーハー。スーハー」してしまった。
「はー。ありがとう。おちゅちゅいたよ」舌足らずで答えた。笑ってはいけない。
「で、どうされました」
「うちの業務改善をしろと、株主がいってきたんだよー。
来月の総会までに案をださないと、動議するってさー。
そのことは、長年ずーっと懸案でさ、こっちも頭を抱えたんだよ。
それを、急に来月って、もーもーどうしたらいいのさー」
「お客様、まずは依頼書にしていただきませんと。依頼書があっての、冒険者ギルドですので」
「そんなこと、わきゃっちゃるよー。依頼額は最高額だしゅかりゃー」
だめだ。笑いそうになる。下唇をかみしめた。
「ちみのところは、報酬にみあったぁ冒険者がきてくれんだろー」
興奮しているのか、ますます意味が分からなくなる。
うーん。私は悩んだ。依頼のランク付けは支部長、副支部長のどちらかが行うとの決まりだ。
でも、いきなり、最高額払うからといわれれば、S級か?
S級なら、ランク決めは飛ばしてもいいものか。悩ましい。
そうだ。思い出した。支部所属のS級は長期依頼で居ないのだ。
「お客様、申し訳ありませんが、今、当支部にはS級は出払っております」
「ああー」
お客様は、両ひざを着き頭の上に握りしめた両手を上げていた。教会以外で初めて見た。
「贅沢はいわん。誰でもいい」
両ひざを着きながら、私に言った。
私は神にでもなったのかと錯覚した。
思わず、スケジュール表をめくり、言った。
「うちで、次に高ランクのパーティはA級の「朝霧」ですが……」
「きゃまわん。そこにいりゃいシュル」
ギルドでは、個別依頼であれば、それに見合った報酬であれば、受託するようになっていた。はず?
「わかりました。「朝霧」への個別依頼承りました」
「よきゃったー」と依頼主は去った。
1日後、「朝霧」のリーダーが私の前に現れた。
「君が、業務改善の依頼を受けた人かな?」
「はい。そうですか。なにか」
「我々の「朝霧」は税務がメインなんだが。なぜ、業務改善を受託したのかなと思ってね。
冒険者ギルドは、「ミスマッチを良しとせず」が売りだったのにって気になってね」
あー、私は、あの舌足らずな奴のおかしさに規則を忘れていた。
冒険者ギルドは、ギルド長も言っている通りミスマッチは厳禁なのだ。
なんということをしてしまったのだ。
私は、目の前が真っ暗になった。
ハッと気が付いた時は、リーダーの腕の中だった。どうやら倒れたようだった。
「すまない。責める気はなかったんだ。ただ、我々「朝霧」が税務を主軸に置いているパーティなのになんでかと思って、聞いてみただけだったんだよ」
とあの爽やか+笑顔で謝られた。
「え、あの……」
と言う間もなく。
「君は僕らに成長しろと言うのだね。わかった。
君の期待にそぐわないかもしれないが、やってみるよ」
きらーん。歯って本当に光るのを知った。
「ああーん。私のミスなのに、私のために。まじか。ああーん」
言い訳も聞かず、私のミスなのに、でも、私のためのはず。
「もう、惚れるしかないでしょ。私はリーダーにぞっこんだ」
それ以来、私は冒険者に成長を促すようにしている。これが2つ目の矜持だ。
2 8:30〜
「冒険者ギルドの受付嬢の朝は早い。まあ、5時とかではないが、10時から受付が始まるが、その前の業務があるためだ」
8:30:業務開始、「依頼の確認」、これが重要な業務の一つとなる。依頼に目を通し、「依頼主が示した依頼ランク」を依頼内容と精査し「ランク」が適合しているかの確認だ。
C級の依頼がC級冒険者に行くのは全く問題ない。
問題なのは、企業側がE級と言ってるものが、実際の内容がC級だと、目も当てられない。
例えば、E級の「人力での整地・どろ上げ」だと思ったら、C級の「ショベルカーでの土木作業」だったらどうなるか、想像するだけで恐ろしい。
依頼未達成となれば、冒険者の汚点になるし、企業側も時間、下手をすれば信頼・名誉も失いかねない。
「ミスマッチをなくす」我々が目とならなければ、人命もかかわる案件となってしまう。
次が「会計」だ。信用取引となっており、ギルドのHPにある「依頼主が依頼達成」項目にチェックをいれれば、その日のうちにクレジット決済会社から冒険者に支払われる仕組みになっており、会計全般を専門に扱う「会計部」という部署はあるが、依頼主がチェックを忘れる、という想定外の事態までは、そこではカバーしきれない。そのしわ寄せは、まず受付に向かう。
朝一で怒鳴り込まれることも珍しくない。
昨日付けの依頼に対して、達成、未達成にチェックがないものがないかの確認をする。
達成にチェックがない場合、冒険者へ直接か、ペナルティ料金を支払う決まりになっている。冒険者の権利は絶対に守らなければならない。
ただ、そうは多くはないが、未達成の場合、これはこれで大変で、「依頼・冒険者にミスマッチがなかったか」「冒険者ができなかったのはなぜか」「未達成の依頼をどうするか」「当該冒険者の処分をどうするか」等々、双方の面談を行い、意見を突合し公正・公平に対処する。ランクの降格が最も多いが、冒険者の除名・パーティの解散もあり得る。
冒険者にも厳しいのだ。
これらの業務を9:45まで行い、残りの15分で、受付の整理をし、冒険者に備えるのだ。
3 10:00〜
10:00〜15:00の間は、冒険者の依頼受付、受注相談、受注事務の依頼事務と新規登録・審査がメインとなる。
新規登録と審査は、予約制だ。まとめて対応できるよう、毎週水曜日の10:00から、と決まっている。新しく冒険者となる、初めての事務となるため、おろそかにはできない。
しかも、大卒がメインで、チラホラと高卒、転職組、副業の社会人の順となる。
学生がいないって。冒険者は職業である。だから学業の片手間は認めていない。アルバイトとは違うのだ。ただ、責任が取れるのであれば、会社とのダブルワークは認めているため、副業の社会人も若干名はいるのだ。
全員が、審査を通るわけではない。時には、肩を落として、そのまま帰っていく人もいる。
それでも、諦めずに、再び挑戦しに来る人もいる。ただ、二度と顔を見せない人が、その後、どうしているのかは、私には分からない。
合格したからと言って、それで終わりではない。数の上では最も多い、新社会人は、アルバイトの経験はあっても、社会人としては初めてであるため、合格後、税金、社会保険料等々、社会人としての知識も教える必要があり、午後はその説明に割かれる。税金等の話は書面一式だけでは理解できない者も多く、税引き前の依頼料は税引き後の依頼額とイコールにはならないのだが、「額が違う」と言う苦情は毎年ある。中には「ピンハネだ」と言って来る者もいる。確かに、ギルドは依頼料からいくばくかは徴収してはいるが、そのことも新規登録の時に説明しているのにだ。金の話は重要だがどうにかならないものか。悩みの種だ。
次に冒険者の依頼受付については、掲示板に張り出しをしている依頼書を受付に持ってくるのと、受付に相談するのがある。
こちらに依頼書を持ってくれば、書いてある依頼のランクと冒険者のランクを比べて問題がなければ、受注・事務に入るだけなので、掲示板の前で、悩んだり、パーティで話し合ったりして決定しているので、受付としては悩むことはない。
しかし、「他にいい依頼は」と言った受付相談となると、この支部での依頼は掲示板に貼っているだけなので、なかなか悩ましい。
まだ掲示していない依頼と、たまたま条件がぴったり合う冒険者が、相談に来ることもあるが、偶然と言ってよく、他支部の依頼の情報を収集したりもするが、良い依頼はだいたい埋まっているものだ。
心苦しいが、「張り出してるだけなの、ごめんね」と断るのが関の山だ。
ただ、張り出している依頼を、相談に来た冒険者にうまく誘導し、振るのも受付の醍醐味でもある。
そう言えば、この前、D級のすき家の依頼をこなしてた子を食品工場に行かせたのは、我ながらよくやったと思うわ。
4 15:00〜
15:00からは、今日またはこれまでの依頼の達成状況の確認、依頼業務・パーティ・個人の冒険者の相談になる。
今日の依頼を達成して、基本、依頼主からの電子での達成報告があるので、冒険者はよほどのことがない限りギルドに達成報告をする必要はないのだが、その後の飲みを目当てに、達成報告に来る冒険者は多い。
受付に併設してある酒場は冒険者に対して良心的な値段で提供しているし、他の冒険者との情報交換の場にもなるからだ。
依頼主やその依頼内容についての文句や批判はSNSでは書きにくい。しかし、ここは個人同士の口しかないので、忖度のない本当の評判が聞こえてくるのだ。
酒場は居酒屋等を行っている飲食業に入ってもらっていて、ここの店員も冒険者である場合が多い。と言うわけで、内装や造りはその飲食業のカラーが出る。いかにも居酒屋ですって支部もあるのだが、うちの場合はアニメにでてくるようなビアホール風になっており、丸テーブルがランダムに並び、これぞ冒険者の酒場となっており、これも評判が良い一つだと思っている。
冒険者ギルドへの達成報告や酒場での愚痴は時として、不正を暴くこともある。
あれは「A地区整地」という依頼で、確かC級2名(重機オペレータ、重機の誘導等)、D・E級相当3名(人力仕上げ等)の計5名となっていた。
会社、業務内容、ランクのミスマッチもないので、掲示板に張り出し、その後、C級2名、D級3名の冒険者パーティ「クロモリ」が受注していった。
で、達成報告時、リーダーの表情は硬いように見えたので、「どうかしたの」と口にした。すると、「ちょっと、危ないことがあって」とあったので、
「問題があった」
「いや、俺たちの経験不足ですから」
「ふーん。気を付けてね。お疲れ様」と返し、事務の手続きに入ったが、その後の酒場での声が聞こえてきた。
「あれ、危なかったな」「搬入トラックとぶつかりそうになったよな」「おれはお前がみてないからだ」「いやいや、あれは無理っすよ」などと、「ヒヤリハット」かと思い顔を上げたが、その時、「無理っす」と言っていたのがD級だったので、ちょっと引っかかったのだ。
「ちょっと、詳しく聞かせてくれる」と言いながら、カウンターを出て、彼らのいる丸テーブルに向かった。
「君、D級でしょ。重機の誘導・合図ってできないでしょ」
「え、あ。えーと」しどろもどろしている。
「僕が説明します」リーダーが間に入るように言った。
「現場に行くと、重機のオペレーターが病気で急にこれなくなったと聞き、急遽、俺らC級2人でオペレーターをやることにしたんです。それで、D級のこいつを誘導にしたんですよ」
「なるほど、ちょっと待って」とカウンターに戻り、今日の依頼書を手に取りザーッと目を通しながら、席に戻った。
「なるほどね。C級2名で重機と誘導、D級3名が人力仕上げということだったのが、C級2名がオペして、D級がC級の代わりをしたと。だとすると、人力仕上げは未達ってこと」
「いや、それはなんとかやりきりました」ともう一人のD級。
「2人でやったの」
「はい。休みなしで」と、3人目のD級が誇らしげに言った。
「わかったわ。飲みながらでいいから待っててね」と言い残し、事務室に入り、上司に報告した後、事実確認のため依頼主の会社に連絡を入れ、今度は上司と会社とのやり取りを経て、C級3人分、D級3人分の依頼料をもぎ取った。当然、ペナルティもついている。
依頼内容に変更があった場合、変更後速やかに、ギルドへの報告義務があるのだが、その違反。冒険者への搾取に対する正当な報酬支払(これの違反)、今後、このようなことを繰り返さないための措置(予防措置方針が決まらない限り依頼を受けない等)は当然だ。
寂しげにチビチビと飲んでいる彼らに、苦労に見合った報酬が支払われることを伝えると、一転、大騒ぎになったが、
「いいこと、依頼内容が変更になったら、ギルドに報告する義務があるのよ。もし、事故、最悪、死人でも出たら、君たちが全て補償しなければならなくなったのよ。この義務違反から、ペナルティも君たちから取れるのだけど、今回は大目に見てあげるから、2度としないようにね」
と小言を挟んでやった。
「おねえさんに付いてきます」とか「俺らにできることなら何でも言ってください」とか調子のいいことを言ってたけど、
「まあ、その時は使い倒してやる。覚悟してなさいね」って返したら、
「はーい。覚悟してまーす」だって、かわいいわね。
5 17:00〜
場合によっては、冒険者の相談を残業で受けることもある。
そうそう、この前、依頼相談でこいつら使ったんだっけ。
すき家の彼が次は何が良いって聞いてきたときに。
その時は、狙い通り、蕎麦屋を推してくれて助かったわ。
でも、ちょっと気になったのは、5人パーティなのに4人しかしゃべってないこと。
一人、チビチビ飲んでるだけで、メンバーともしゃべってないのが気になった。
たまたまなんだろうが、過去に同じようなパーティを見ていて、胸が痛くなる。
そのパーティも最初はこんな感じで、最後の方は言い争いをしてた。
「お前、ここに来ても「気持ち悪い」かよ。なんなんだよ一体」
酒場の片隅で、男がメンバーとおぼしき男の胸倉をつかんでいた。
「おい。やめろ」リーダーらしき人が止めに入った。
「でもよー。こいつ、依頼現場でも気持ち悪いばかり言ってよ。で、酒場で、酒飲んでるときでも「気持ち悪い」だぜ。ほんと、いい加減にせいよって感じですよ」
「まー。お前の言い分もわかるが、別にさぼってるわけでもないだろ。お前が大人になって聞き流せば済む話だろ。お前も、なんか言えよ。口答えの一つもないと、言われっぱなしになっちゃうぞ」
「ほら、リーダーも言ってるんだから、なんか言ってみろよ。いつものブツブツ、ボソボソじゃわかんねーぞ。なんだ、拳が拳で語ろうってか」
と、叫んでた男は胸倉から手を放し、ファイティングポーズを取った。
喧嘩か。と思った瞬間、胸倉を掴まれていた男は無言で席から立ち去っていった。
リーダーが「おい、気にすんなよ」と声を掛けていたが、そのまま背にして酒場から出て行ってしまったのだ。
まあ、いつものパーティ内のいざこざだろうと普段は気にも留めなかったが、「酒場が気持ち悪い」の一言には「捨ててはおけぬ」と思った。
後日、あの子が酒場の隅っこで、一人飲んでいるのを見つけた。
私は、近づいて行き、
「ちょっといい」と声を掛けた。
小さく頷いたのを見て、
「この前、言い争いしてたけど、その時の「酒場が気持ち悪い」って何」
彼はおもむろに立ち上がり、酒場のホールを見渡しながら、
「ほら、気持ち悪いでしょ」と
「だから、何が気持ち悪いのよ。わかんないわよ」
彼は、「なんでわからないの」って顔をしながら、
「ほら、今、ほら、今も」とウェートレスを指さしながら言った。
「普通にジョッキ運んでるだけじゃない」
「ただ、運んでるだけじゃないですよ。ほら。ほら、今、あそこも」
「ひょっとして、体を横にしてすり抜けてるのが気持ち悪いの」
「えーまー」
「狭いんだから仕方ないでしょ」
「でも、あそこ」と指さす方は机と机の幅が広く、冒険者2人が行き来できている。
「で、あそこ」と指をさした瞬間、体が当たって酒がこぼれたのだろうか、
「てめー、どこに目つけてんだー」と怒声が聞こえてきた。
「うーん。確かに良くないわね。どうしたらいいと思う」
「学校形式が気持ちいい」
「学校形式。確かに、でも、味気ないわね」
「じゃ、学校形式を崩して、互い違いにする」
「あら、いいわね」
「いや、待てよ、分子と同じと考えれば、分子モデルが使えるか。いや、3つの机をセットで、それなら6個で1つをセットにしてヘキサゴンで……、ブツブツ……」
「ちょっと、戻ってきてー」
と肩を叩きながら言うと、
「今いいとこなのに邪魔すんな」って顔でこちらを見た。
「あのねー君。君の言う「気持ち悪い」ってちゃんと皆にわかるように言わないと、この前みたいに誤解を招くようになるよ」
と忠告した。
「なんで、見てわかることなのに」と彼。
「いい。私みたいにわからない人の方が多いの。君みたいに見てわかる人っていないの。わかる。だから、言葉で説明しないとこの前みたいになるのよ」
「この前?」
「この前、気持ち悪いって言われてたでしょ」
「あれって、独り言が多いって怒られたんじゃないの」
「違うわよ。絶対そうじゃない。もっと、メンバーとコミュニケーションを取りなさい」
彼の肩に手を置きながら言った。
「わかった。まあ、ジグザクに並べるってのは酒場の方に言っとくわ。採用されれば。一杯奢ってあげるからね。楽しみにしてて」
と立ち去った。
酒場の机はジグザクの配置となったが、それ以来、彼とは会っていない。また、彼が抜けてから、あのパーティも解散してしまった。
そう言うことがあってから、私の矜持は「ミスマッチ」、「成長」、「コミュニケーション」の3つとなった。
このような業務を行い、ギルドの受付の1日は終わる。
6 食品工場の案件
「ちょっといいかな」
そう言われ、顔を上げると、そこにはあの「朝霧」のリーダーがいた。
「キャー、ファンデ落ちてないかしら、あーこんなことなら、さっきお化粧直して置けば……」
と内心パニックになりながらも、なんとか平静を装い……装っていたと信じたい。
「これは「朝霧」のリーダー様。なんの御用でございましょうか」となんとか返事をした。
「冒険者について尋ねたいのだが」
「冒険者」
「そう、えーっと、D級で、先週、新井食品の食品工場の依頼を受けていた冒険者なんだけれども……」
私は、すぐに「すき家の彼」の顔が思い浮かんだ。「あいつ何やらかした。まさか、リーダー様にご無礼を働いたのでは……。切腹もんだ、死んだなあいつ」と思いつつ、
アルカイックスマイルを浮かべながら、「トラブルですか」と静かに問うた。
「いやいや、トラブルじゃない。決して、トラブルなんかではないんだよ」
「トラブルではないのですね。それを聞いて一安心いたしました。
ただ、トラブルではなくとも、個人情報に当たりますので、相手方の了承を得次第、その冒険者の情報を開示すると言うことでよろしいですか」
「ああ、それで構わない。
その言い方だと、ここの支部の冒険者なんだね。
良かったよ。僕らの依頼は本部から直接だったからね。
虱潰しに、支部を当たらないといけないかなと思っていたから、一番近くの支部で助かった。ありがとう」
「あ」
私は声に出していた。しまった。うっかりか、いや、カマをかけられたのか。
「ああ、僕もうれしくて、思わず声が出てたね。君は大丈夫だよ。君は規則通り対応しただけだからね」
「あ、それと、その本人というより……その冒険者と一緒にいた、先輩と呼ばれている人に用があってね。仲が良さそうだったから、まずはその人から辿ってもらえたらと思って。
じゃ、彼の了承が取れたら、僕らの事務所に連絡してくれるかい。よろしくね」
リーダーは爽やかな笑顔で、受付から離れていった。
「ああ、やっぱり素敵」
ドアから出ていくまで目で追ってしまった。
すき家の彼とあの子
「こんちわーっす」
大きな声のあいさつを聞いた瞬間、受付から飛び出し、すき家の彼の前に仁王立ちに立ち、
「ちょっと、何やらかしたの」
「え。わかーなーい」
首をかしげながら、しかも、人差し指を顎に当てながら言った。
「はー、かわいくない」
私は、イライラし、つい、彼の片耳をつまみ上げ、酒場の奥のテーブルまで引きずって行き、その椅子に投げ捨てるように耳を放した。
観念したように、椅子に座ると、
「俺、なんにもしてないっすよ。無実ですよ。冤罪っす。耳取れるっす」と耳をなでながら、口をとがらせながら言った。
「この前、S級の「朝霧」のリーダーが君を探してたんだけど……」キッと彼の目をにらみつけながら言った。
「えー。マジ、マジで。ひょっとして、俺を勧誘ですか。うひょー。やっぱ、先輩だけってのはないよなー」と大はしゃぎになったので、「バン」と机をたたいて、黙らせた。
姿勢が良くなった彼に、
「食品工場で何があったか説明しなさい」
と冷たくゆっくり言い、返事を待った。
縮みあがった彼は、「先輩。気持ち悪い。考えた。俺。書いた。リーダー褒めた」と暗号めいた言葉を並べた。
「何、ロボットみたいに言ってんのよ。ふざけないの」少し落ち着いたトーンでたしなめた。
「フーッ」と一息入れて語り始めた。
「先輩って、いつも「気持ち悪い。気持ち悪い」って言ってる人なんです」
「気持ち悪い」
私は、あの子のことが脳裏をよぎり、思わず呟いた。
「そう、いっつも言ってるんですよ。すき家でも、蕎麦屋でも、そんで食品工場でも言ってたんですよ」
「おかしいのが、その気持ち悪いについて「なんで、どこが」って聞きまくったら、切れちゃって」
「何が気持ち悪いって」
と思わず聞き返す。
「あー。どうも、これは俺の解釈ですけど、「流れ」がうまく流れないと気持ち悪いって感じなんですかね。ありゃー、一種の病気ですね。たまにいるじゃないですか。手を洗わないと気が済まない奴って。あれと同じだと思うんですよね。でも、手を洗うってのは……」
「で、流れがなに」
話が脱線しそうなので、声を荒げた。
「あ、すいません。流れですね。そう、流れが悪いと気持ち悪いらしいんですよ。先輩は」
「で、聞いたんですよ先輩に、「どうしたらいいんですか」ってね」
「そしたら、30センチだの、15センチだの言い始めるんだ。これが。わからないじゃないですか。それで、しょうがないから、俺が、チョークで駐車場いっぱいに書いたんですよ。
その「気持ちいい」感じの機械の配置を。一晩掛けて。終わりの方は俺も楽しくなっちゃって、書きまくりですよ。で、消し忘れて、「朝霧」に見つかっちゃったんですよねー」
「俺、「朝霧」のリーダーにそのこと聞かれた時、消し忘れ怒られると思って、ダッシュしましたからね。ほんと、マジで」
「で、よく聞いたら、「すばらしい」ですよ。すげーんですよ。先輩って。マジで」
「で、先輩、「朝霧」のリーダーから勧誘されたんですって、マジ、すごすぎ。でも、断ったんですって。もったいない。俺なら即OKなのになー」
と、あらましを聞いたが、疑問が残った。
「勧誘、断ったのに、なんでリーダーが探してんの」と思わず呟いた。
「なんなんですかね。先輩に未練があるんですかね。でも、もう手遅れっす」
「なんで」
「俺らパーティ組むことにしたんですよ。今日、パーティ登録しよーっと約束したんですけどね。もう30分も過ぎてる。先輩、どうしようもないな。先が思いやられるぜ」
と、すき家の彼が入口に目をやったと同時に、釣られて私も目を向けた。その先に一人、男が扉の前でモジモジしているのが、ガラス越しにわかった。
「何やってんですか、先輩。ドアの開け方も忘れたんですか」と入口に向かっていく。
彼が、ドアを開けた瞬間、見たことのある顔があった。
思わず、私も、立ち上がり、入口に近づいて行った。
ドアの近くには、あの「気持ち悪い」とパーティメンバーと喧嘩になり、酒場が「気持ち悪い」とジグザグの案をだし、私が奢るといったのに消えた「あの子」が照れくさそうに、頭を掻きながら、ドアの前で立っていた。
すき家の彼が、事の顛末を話しているようだったが、関係ない。
私は、両手を握り、ブンブン振りながら、
「これまでどこにいってたのよ」
「ほら、見なさいよ。君のジグザグ案が採用されたのよ」
「私、奢るって言ってたでしょ」
と、口では騒ぎ立てていたが、心の中では、まったく違うことを叫んでいた。
良かったね。良かったね。この子はやっと自分を理解してくれる仲間を見つけたんだ。
違う。
すき家のこの子が、彼を見つけてくれたのだ。そして、ここに戻してくれたんだ。
ありがとう。ありがとう。
なんで、こんなにうれしいんだろう。よくわからないが、兎に角うれしいのだ。
私は、目が潤んでいることを悟られたくなく、俯きながら、踵を返し、
「今日は私の奢りだから、そこから動かない」
と2人に言っていた。
2人ともキョトンとしていたけど、関係ない。
酒場のカウンターに向かいながら、叫んだ。
「生ビールジョッキ大3つ。あとモツ煮3人前」
2話完




