第19話 桜の下で(最終話)
春。
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桜が咲いていた。
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あの日と同じように。
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優しく。
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静かに。
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母が亡くなってから二十年以上。
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長い年月が流れた。
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施設で泣いていた兄妹は。
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もういない。
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悠真は三十代になった。
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治療も順調だった。
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無理をしなくなった。
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少しずつ自分の人生も大切にできるようになった。
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そして。
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美咲も立派な看護師になっていた。
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患者さんから信頼される存在だった。
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ある休日。
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二人は母の墓参りへ来ていた。
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小高い丘の上。
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桜並木に囲まれた墓地。
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昔から毎年来ている場所。
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花を供える。
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手を合わせる。
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風が吹く。
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桜の花びらが舞う。
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「母さん。」
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悠真が微笑む。
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「報告がある。」
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美咲も笑った。
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実は今日。
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母へ伝えたいことがあった。
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悠真は少し照れながら言う。
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「結婚する。」
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春風が吹いた。
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美咲が笑う。
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「やっとだね。」
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「うるさい。」
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照れ臭そうな兄。
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相手は病院で知り合った女性だった。
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倒れた時。
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何度も支えてくれた人。
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悠真が初めて。
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頼ることを覚えた相手だった。
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母の手紙を読んだ後。
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少しずつ変わったのだ。
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「甘えてください。」
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母の言葉を。
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ようやく守れた。
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そして。
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美咲も報告する。
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「私もあるよ。」
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「ん?」
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「主任になった。」
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悠真が目を丸くする。
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「すごいじゃないか。」
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「えへへ。」
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昔の笑顔だった。
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施設で見せていた笑顔。
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あの頃より。
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ずっと強くなった笑顔。
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二人は墓石の前に座る。
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しばらく沈黙。
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やがて。
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美咲がぽつりと言った。
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「お母さん。」
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「私ね。」
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涙が浮かぶ。
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「幸せだよ。」
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その言葉に。
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悠真も目を閉じた。
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幸せ。
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昔は想像できなかった。
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母を失った夜。
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施設で泣いた日々。
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いじめ。
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孤独。
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病気。
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苦しいことはたくさんあった。
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それでも。
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今。
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胸を張って言える。
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幸せだと。
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悠真は空を見上げた。
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青空。
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桜。
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春風。
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どこかで母が笑っている気がした。
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「母さん。」
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小さく呟く。
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「約束守れたかな。」
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その時だった。
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風が強く吹いた。
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桜の花びらが二人を包む。
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まるで。
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母が抱きしめてくれたようだった。
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美咲が泣きながら笑う。
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悠真も笑う。
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そして。
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二人は同時に言った。
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「ありがとう。」
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誰に向けてかは分からない。
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母へ。
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人生へ。
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お互いへ。
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全部かもしれない。
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帰り道。
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桜並木を歩く。
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昔と同じ。
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並んで。
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肩を並べて。
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すると。
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美咲が笑いながら言った。
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「覚えてる?」
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「何を?」
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「小さい頃。」
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「うん。」
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「私が泣いてた時。」
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悠真は少し笑う。
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そして。
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懐かしい言葉を口にした。
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「大丈夫。」
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美咲も笑った。
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二人で声を揃える。
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「僕がお兄ちゃんだから。」
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桜の花びらが舞う。
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二人は歩いていく。
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未来へ。
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それぞれの幸せへ。
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母にもらった愛情を胸に。
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支え合いながら。
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これからも。
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ずっと。
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ずっと。
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おしまい。




