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――医療館内。
館内は簡素で、鉄製のラックとベッドが整然と並び、壁には薬瓶用の棚がいくつか掛けられている。
羽明は一つのベッドに寝かされていた。顔色は悪く、意識もない。ほとんど死体みたいだ。
アモンドはベッドの向かい側にしゃがみ、羽明の顔を指で軽くつついた。
「まだ温かい」
そう言って頷く。
「まだ生きてる」
千里は椅子にどさりと座り込む。軋む音。力が抜けたように背もたれに体を預け、ため息をついたあと、苦笑を浮かべて顔を向けた。
「まだ温かい、か……じゃあついでに俺も見てくれよ。今、何分焼き?」
突然、ドアが――
「バンッ!」
乱暴に蹴り開けられた。
一つの影が室内に入る。
低い体躯。子どもに近い輪郭。
丸い眼鏡。その奥の目が妙だ。
白目は濁った紫。瞳だけが、異様な光を放っている。
さらに目立つのは頭だ。
二本の触角がゆっくりと揺れ、淡い光を帯びている。
「牧乃医師だ!」
軽やかに跳ねて入ってくる。
「ケガしてるの? いいね! いや……よくないか……あ、えっと……つまり……そういうことです!」
千里は、しばし無言でその様子を眺める。
「……気が触れた子供が妙なことを言い始めたな。 いや、違うか。 ここは医療館だ。 どんな奇病があってもおかしくない」
続いて、扉の外から一人の兵士が入ってきた。
名乗ることもなく、静かに扉を閉め、壁にもたれかかる。鉄兜が顔の上半分を隠し、露出しているのは顎だけだった。
兵士は一拍置いて、短く言った。
「彼女は医者だ」
アモンド、片眉を上げる。
「……そこまで言うなら、本物なんだろうな」
千里は兵士を見る。
「……この兵士、彼女が医者だって言いに来ただけみたいだな」
牧乃医師はすぐに首を横に振った。
「違う違う」
「じゃあ、助手か?」
「それも、ちょっと違うかな」
「じゃあ何なんだよ」
牧乃医師はにやにやしながら千里を見る。
「治療の最中にね、患者が発狂したら――ベッドに押し戻す役」
千里の口角がわずかに引きつる。
「発狂……?」
ゆっくりと、自分の胸へ視線を落とした。
包帯の下はまだ熱を帯び、痛みがじわじわと骨の奥まで侵食してくる。
数秒の沈黙。
そして、ふいにアモンドへ顔を向けた。
「……この程度、大したことないかもしれないな」
アモンドはすっと目を細める。
「さっき血ぃ吐いてたときは、そんなこと言ってなかったけどな」
千里は淡々と答える。
「少し盛っただけだ」
牧乃医師は静かにベッドへ近づき、羽明のまぶたを開いた。
数秒。間もなく、軽い調子で言い放った。
「刃物による裂傷、関節の破断、神経の損傷」
頷く。
「でも、まだ救えるね」
千里も小さく頷いた。胸の中の不安が、わずかに後退する。
――なんだ。少なくとも、腕はある。
だが、牧乃医師の次の一言が、重く落ちた。
「だが、それはただ“すぐに死なせない”というだけだ」
千里の顔に困惑が浮かぶ。
アモンドは丸い眼鏡を見つめたまま、低く言う。
「……どういうこと?」
医師は羽明を見つめる。
「通常の治療では、最終的に動けなくなる。芽神血を使って損傷を繋ぐ必要がある」
指を動かして数える。
「最小限の投与量で四万二千錢片。休養も最低三ヶ月は必要で、歩けるようになる程度。すぐに完治させたいなら……十三万だ」
千里は、ふっと笑った。
「じゃあ、俺は?」
医師、じっと千里を見る。眉を寄せる。近づき、胸に手を置き、乱暴に触れる。千里、避けない。
次の瞬間――
「……なんで、まだ動ける?」
医師は顔を上げ、千里をまっすぐ見つめる。
「半日も持たないはずだ」
千里は一瞬固まる。
「な、何だって?」
アモンド、前のめりになり、状況を確認しようとする。
「ちょっと待って、そんなにヤバいの?」
千里は、ようやく現実に気づいたらしい。驚きと困惑が顔に同時に浮かぶ。息は荒くなり、体は制御できないかのように微かに震える。
顔色は一気に蒼白に変わり、手で頭を支えながら小さく揺れ、見開いた瞳には遅れてやってきた驚きが映っていた。
「うわっ……さっきまで全然気づいてなかった!確かに、なんでちょっとクラクラするんだろう……あっ、ううっ……目が、目まぐるしい……」
医師は低くクスクス笑い、二人の反応を楽しむように見つめる。
そしてゆっくりと付け加えた。
「救える、救えるよ!」
手を振る。
「君の体は……内出血で、貧血も危険なレベルに達してる」
指を動かして数える。
「通常の治療では八千錢片と半年の休養が必要。即座に安全圏まで回復させるなら、三万錢片分の芽神血が必要ね」
千里は顔を上げ、目に火が宿る。
「何がそんなに可笑しいんだ!アーモンド、この医師……俺をからかってるんじゃないのか?その価格、本当に本当なのか?!」
牧乃医師はぱちりと瞬きをして、首を傾げる。
「私とっても本気なんだけど……」
アモンドは少し不満そうに口を開く。
「芽神血って……値段はエグいけど、効果もエグい。さっきの値段、ぼったくりじゃない」
牧乃医師、にっこりして「ほらね」と頷く。
千里、数秒黙ったあと決意を示す。
「じゃあ、治してもらう」
アモンドは金色の紙片を重ねて広げ、指先で素早く数える。
「報酬と、さっきの……咳、資源回収を合わせて」
「……合計で十一万くらい」
数え終えた瞬間、アモンドの眉がピクッと動く。
「ちょっと待て」
彼女は寝ている羽明を見つめ、服をまさぐり始めた。
千里、思わず目を丸くする。
「なにやってる?」
「お金」
アモンドの手つきは熟練していた。袋を探り、留め金を外し、暗袋から紙片を取り出す。手慣れたもの。
すぐに、一束の金色の紙片をベッドのそばに置いた。
千里は複雑な息を吐く。
「……やるな、資源回収」
アモンドは紙片を数え、口を開いた。
「一万三千……」
千里は椅子に座ったまま、羽明に視線を落とした。
それから懐に手を入れ、金片を取り出す。指先で軽く押し込み、手首をひと振りした。
金片は薄い金属板のように、真っすぐ牧乃医師へ飛んでいく。
牧乃は反射的に手を出すが遅れる。
「ぱん」
そのまま牧乃医師の頭の横にぶつかる。
金片は落ちかける。
彼女は最後の瞬間で慌てて掴み直した。
兵士はわずかに視線を上げ、異常がないことを確認すると、すぐに視線を戻した。
千里はようやく目を上げ、少し遅れて問題に気づいたみたいな声で言った。
「……悪い」
少し間を置いて、言い訳を探すみたいに続ける。
「ちゃんと受け取ると思ってた」
そして、はっきり言い切った。
「羽明は最低限の回復でいい。三万五は俺が出す。残りは彼の分だ。それと俺の分、三万もある」
アモンド、横で見ていて、表情がだんだん痛々しくなる。
彼女は残りの金をもう一度数え、声が少し弱くなる。
「……まだ四万ちょっと残ってる」
千里の口角がぴくりと動き、少し苦笑する。
「せめて、リボルバーは一丁買えるな」
アモンド、ずっと硬かった表情が、やっと反応する。
無意識に頷く。
「……本当は二丁買うつもりだったのに」
そして大きく息を吐く。
「今は一丁しか手に入らないわね」
牧乃医師はお金を数えていた手を止め、「リボルバー」の言葉に動きを止める。
ゆっくりと顔を上げる。
「リボルバーを買うの?」
千里は淡々と頷く。
「そうだ」
医師、気まずそうに笑う。
「それなら、ちょっと考え直した方がいいかも」




