第十七章 第六十八話 眠れる聖女の記憶
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クエラは、夢を見ていた。
それは白い部屋でも、光の檻でもない。
冷たい石床でも、魔法陣でもない。
土の匂いがして、風があって、
遠くで鐘の音が鳴っている――
そんな、ごく普通の景色。
生まれ育った、故郷の村。
クエラは、教会が運営する孤児院で育った。
村の外れにある、古いけれど手入れの行き届いた建物だ。
神父は優しかった。
声を荒げることはなく、叱るときも静かで、
孤児たちを「可哀想だ」とは言わなかった。
清貧だった。
豪華な食事はないし、新しい服も滅多にない。
でも、不満はなかった。
――ただ。
どうしても、イライラする相手がいた。
「父さんがうるさいんだよなあ」
「勉強なんて、将来役に立たないって」
「母さんもさ、冒険者になるなとか言ってさ」
村長の息子。
フォード。
村で一番、恵まれているはずの少年。
両親がいて、家があって、
手伝いではなく「勉強」をして、
将来の選択肢が、最初から用意されている。
そのフォードが、
何かにつけて文句を言うたびに、
クエラの胸は、ちくりと痛んだ。
(……わたしには、両親いないのに)
(勉強できるのに)
(怒られることも、心配されることも……)
でも、クエラは口に出さなかった。
もともと無口だったし、
何より、自分が何か言って
神父や孤児院に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
だから、黙っていた。
フォードの隣には、いつももう一人いた。
村で唯一の商店の息子。
ネコルト。
いつも冷めていて、
大人の話を聞いては口論を仕掛け、
何でも持っていそうなのに、つまらなさそうな顔をしている。
裕福で、頭が良くて、
将来も安泰に見えるネコルトが、
世界に不満そうな顔をするたびに、
クエラは、やっぱりイライラした。
ある日、我慢できずに聞いた。
「……どうして、一緒にいるの?」
夢みがちなフォードと、理屈屋のネコルト。
正反対に見える二人が、
いつも一緒にいる理由が分からなかった。
二人は顔を見合わせた。
難しい顔。
少し考えて、
同時に答えた。
「友達だから」
あまりに簡単な答えに、
クエラは拍子抜けした。
別の日。
孤児院の自分なんて放っておけばいいのに、
なぜか二人は、いつもクエラを遊びに誘った。
それが不思議で、また聞いた。
「……どうして、わたしと一緒にいるの?」
二人は、また顔を見合わせた。
今度は、笑った。
「なんでそんなバカなこと聞くんだよ」
「愚問ですね」
それでも分からなくて、
もう一度、同じ質問を投げる。
二人は声を揃えた。
「友達だから」
クエラの疑問は、結局解けなかった。
でも――
それでいい、と思えた。
ある日。
「森に行こうぜ!」
フォードの発案だった。
遊びに誘われたクエラが、
「今日は薪集めを頼まれてる」と断ると、
ネコルトがすぐに言った。
「じゃあ、冒険者ごっこにしましょう」
「目的は薪と、ついでに果実と薬草」
フォードは大喜びだった。
「いいなそれ! 冒険だ!」
ネコルトは、いつもそうだった。
クエラの“お手伝い”を、遊びに変えてしまう。
結果、フォードは誰よりも張り切って働く。
だから神父も、二人と遊ぶことを止めなかった。
「魔物も狩るぜ!」
フォードは、買ってもらったばかりの木剣を振り回す。
「やめてください」
ネコルトは呆れたように言うが、
腰には、家から持ち出したナタがあった。
満更でもない顔。
「……はいはい」
クエラは、いつもの調子で言う。
一人でやるより、
友達と一緒の方が楽しい。
それを、ちゃんと分かっていたから。
自然と、笑みがこぼれる。
薪も集まった。
薬草も見つけた。
果実を齧りながら、森を進む。
そのとき。
「うさぎだ!」
フォードが、走り出した。
「待って!」
クエラが声を上げる。
だが、フォードは止まらない。
――そして。
木立の向こうに、
いたのは。
魔物の、大ネズミだった。
夢は、そこで止まった。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




