第十七章 第六十七話 真実を掲げた者、眠れる聖女
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天聖府の地下は、相変わらず白い光に満ちていた。
降臨碑の周囲では、教皇とライブが石碑と魔法陣を前に低い声で言葉を交わし、ネコルトは少し離れた場所で、書き留めた内容を次々と整理している。
その傍らに――カオスがいた。
胡座のまま。
書類の山に囲まれながら。
「……ちょっと待って」
げんなりした声。
「それ、世界運営じゃなくて、人類運営じゃない?」
「近似値です」
ネコルトは顔も上げずに即答した。
「区別する意味がありません」
「あるよ!?」
カオスが叫ぶが、教皇は穏やかに首を振った。
「ですが、これもすべて“秩序の代理生成”に必要な工程です」
「……やだ、もう」
カオスは床に額をつけた。
「私、自由が売りだった神なのに……」
その様子を一瞥し、教皇は顔を上げる。
「フォード」
呼ばれ、勇者は一歩前に出た。
「我々は、ここで世界運営計画を詰めます」
「イグナーツも残ります」
少し離れた場所で、イグナーツが恭しく一礼する。
「神殿騎士団の再編と、信仰の再定義も必要でしょう」
「……重労働だな」
思わず漏らしたフォードに、イグナーツは穏やかに微笑んだ。
「神の思召しのままです」
教皇は続ける。
「その間に、あなた方は行ってください」
「聖女クエラの救出へ」
フォードは、迷わなかった。
「はい」
一言。
それだけで、十分だった。
剣を握り直し、振り返る。
ミーニャ、クリフ、ダイアン、ヘトルビース、ナリア、ライブ、そしてネコルト。
誰一人、異論はない。
「必ず、連れ戻す」
それは誓いというより、前提だった。
「……行ってらっしゃい」
教皇が、静かに告げる。
フォードたちは、天聖府を後にした。
次に向かうのは――
旧世界の観測拠点。
秩序神復活の中枢。
そして、聖女が囚われている場所。
世界を救う戦いは、次の局面へ進もうとしていた。
その頃。
遠く離れた地。
白と黒が混じり合う、異様な施設の最深部。
巨大な魔法陣の中心で、ザルヴァトは一人、佇んでいた。
聖杯と聖杖はすでに稼働状態にあり、魔力の脈動が床を這う。
「……ここまで来たか」
低く、独り言。
ザルヴァトの脳裏に、過去がよぎる。
かつて彼は、天聖府の神官だった。
敬虔で、真面目で、神を疑うことを知らない男。
神学者として、神話を読み解き、教典を照合し、祈りの意味を問い続けていた。
そして――気づいてしまった。
カオスは、唯一神ではない。
人類を救った混沌神だ。
秩序神コスモを封印したのは、世界を守るためだった。
ザルヴァトは、震えた。
神の真実に、涙を流した。
だからこそ、彼は論文を書いた。
教典の誤りを示し、神話の改変を指摘し、
カオスこそが、人類を救った正神であると、記した。
結果は、裁きだった。
「異端者」
「正神を混沌神とする邪説」
「信仰の冒涜」
法廷で、彼は叫んだ。
カオスへの信仰は捨てていない。
ただ、真実を伝えたかっただけだ、と。
誰も、聞かなかった。
友は距離を取り、
恋人は涙を流して背を向け、
王国中が彼を指差した。
処刑台が用意され、
縄が首にかけられる直前――
彼は、逃げた。
夜の闇の中へ。
「……あの時からだ」
ザルヴァトは、魔法陣を見下ろす。
「人類を、信じるのをやめたのは」
真実を拒む世界。
都合のいい神話に縋る人々。
ならば。
真実を、力で叩きつけるしかない。
そのために、魔王軍へ身を投じ、
四天王の座まで登り詰め、
ここまで来た。
「もうすぐだ、コスモ」
ザルヴァトは、静かに微笑む。
「君が目覚めれば」
「この世界は、真実を思い出す」
そのすぐ近く。
白い光に満たされた別室で。
一人の少女が、眠っていた。
聖女クエラ。
結界と洗脳の中で、意識は深く沈み、
自我は、幾重もの檻に閉じ込められている。
だが。
その深い闇の底で。
彼女もまた――過去を、夢見ていた。
温かな声。
剣を振るう背中。
自分を呼ぶ、あの人の声。
閉ざされた意識の奥で、
クエラは、まだ消えていなかった。
次の物語は、
眠れる聖女の記憶から始まる。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




