第八章 第二十六話 親衛兵団、名を持たぬ刃
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教会地下の一室は、静かだった。
長椅子に腰掛けた元奴隷拳闘士たちは、まだ完全には回復していない。包帯の白、治療薬の匂い、抑えきれない疲労。それでも彼らの目は、どこか落ち着いていた。
ネコルトは、彼らの前に立つ。
「――これからの話だ」
全員の視線が集まる。
「あなたたちは自由だ。ここに残る義務はない。国に戻ってもいいし、別の土地へ行ってもいい。俺についてくる必要はない」
一瞬、沈黙が落ちた。
それを破ったのは、クリフだった。
「……随分、あっさり言うんだな」
「当然です」
ネコルトは肩をすくめる。
「俺は“解放した”だけで、“所有する”つもりはありません」
拳闘士たちの間に、ざわめきが走る。
やがて、一人が立ち上がった。
「行く宛がない」
「それに――」
別の男が続く。
「俺たちは、あんたのスポンサー契約で命を拾った」
「クリフにも世話になった」
「借りは、返す主義だ」
次々に頷きが広がる。
ネコルトは、言葉を失った。
そこへ、扉がノックされる。
「……失礼します」
入ってきたのは、王女シレッタだった。
その背後に、将軍バランドス。
さらに――近衛兵団師団長、ラグナ。
「よく戻ったな」
ラグナは短く言った。
「魔王領へ向かう前に一月鍛えたが……無駄じゃなかったようだ」
ネコルトは苦笑する。
「生き延びる程度には、役に立ちました」
王女は一歩前に出た。
その視線は、拳闘士たち一人一人を丁寧に見ている。
「……話は聞いています」
穏やかな声だった。
「あなたが、魔王領で何をしたのか。ミーニャを、クリフを救うために何を選んだのか」
ネコルトは一瞬、目を伏せる。
「教会からですか」
「ええ」
王女は頷いた。
「そして、ラグナからも」
将軍バランドスが咳払いをした。
「本題に入ろう」
場の空気が引き締まる。
「親衛兵団を設立したい」
将軍は端的に言った。
拳闘士たちがざわつく。
「近衛兵団とは別系統の部隊だ」
「第一から第三師団は国王と皇太子派、第四から第九師団は第二王子と大臣派に近い」
将軍は淡々と続ける。
「どちらも、きな臭い」
王女が言葉を引き取った。
「私は、どちらにも与しません」
その声には、迷いがなかった。
「戦争を止めたい。だから、第三の刃が必要です」
ネコルトは、ゆっくりと息を吐いた。
「……それで、私ですか」
「あなたしかいない」
王女は正面から言った。
「商工会とも、冒険者ギルド残党とも、魔王領とも渡り合った商人。しかも、どの派閥にも属していない」
将軍が補足する。
「正式な軍制としては、まだ不完全だ。だからこそ、動ける」
ネコルトは沈黙した。
拳闘士たちが、彼を見る。
クリフが笑った。
「隊長、悩む顔じゃねぇぞ」
「……その呼び方はやめてください」
ネコルトは苦笑し、頭を掻く。
やがて、彼は顔を上げた。
「条件があります」
「親衛兵団は、誰の私兵にもならない」
「王女の命令でも、民を犠牲にするなら従いません」
王女は、迷わず頷いた。
「それで構いません」
ネコルトは深く息を吸い、吐いた。
「……分かりました」
「私が、師団長を引き受けます」
拳闘士たちから、抑えきれない歓声が上がる。
こうして――
王国のどこにも属さない部隊、
親衛兵団は産声を上げた。
それが、
救いになるのか。
あるいは、すべてを敵に回す刃になるのか。
まだ、誰にも分からなかった。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




