第25話 見てはいけないもの
堺田芽衣
山桜やまざくら高校に入学した1年生。クラリネットパート。落ち着いた印象を持たれるが、感情の起伏は人並み。
西関東大会出場。それが今年の山桜高校吹奏楽部の目標になった。幹部の話し方や周りのリアクションを見るに、大変なことなのだろう。ついてこの間まで県大会すら無縁の中学にいた私にとって、未知の領域だ。私は、金賞というものを取ったことがない。どんな感覚なのだろう。帰り道、あやめちゃんといおりんに聞いてみたところ、あやめちゃんは『発表は手に汗握る。結果を待つ時間は結構好き』。いおりんは『私はいつも泣いちゃう』と答えてくれた。私は、何を感じるんだろう。それを知るためにも、本気で頑張ってみようと決めた。
次の日、木管のみで曲を合わせる時間があった。吉川先輩が前に立ち、演奏を聞いて改善点を指摘をしていた。
自由曲で、サックスやクラリネットは連符(細かい音符のこと)の部分がボロボロだった。難易度の高い部分に苦戦している人が多いようだ。その様子に吉川先輩は渋い顔をした。
「今日できるようになれ、とは言わないよ。難しいのは理解してる。でも、出来なくて当然って思うのはやめよう。楽譜を配られてる以上、みんなそれぞれ責任があるの。演奏できると信じてもらってるんだよ。合奏で吹けてないところを藤先生に見てもらうの、ほんとにもったいないから。」
気怠げな印象が消し飛びそうになるほどに、吉川先輩はしっかりと話していた。言語化が上手く、副部長になるのも納得がいく。そんなことに気づかされた練習だった。
自主練を終え、帰る途中に近くの教室から音がした。下校時間ギリギリだが、まだ練習している人がいるようだ。近づいてみるとコントラバスの音だった。教室の前で思わず聞き入ってしまうような音。低音とビブラートが心地よい。誰がいるのかわからないが、この上手さはおそらく3年生、すなわち吉川先輩だろう。
「なに、芽衣ちゃん、覗き?」
聞き入る私の後ろに立っていたのは木戸先輩であった。
「人聞き悪いこと、言わないでください。まだ練習してるんだ、って気になったんです。」
「あぁなるほど。下校時間には絶対間に合わせるから心配しないで。いろは、いつもこんなんだから。」
「そうなんですか。それにしても良い音ですね。」
「でしょ。いろはがコンパス弾いてるの絵になるんだ。カッコいいんだよ。ずっとみんなの憧れ。」
木戸先輩は誇らしげに話していた。どこかうっとりしているようにも見える。2人は仲が良いんだろうか。そんな言葉では表せないような関係にも思える。落ち着いているもの同士、惹かれ合うものがあるのかもしれない。
「よし、いろは。そこまで。そろそろ帰るよ〜」
「心。わかった。…あれ、珍しい。なんで、堺田さんがいるの?」
「この子?覗き。」
「してません。通りかかっただけです。では。」
会話のテンポ感も、なんだか重みのある信頼関係も。3年生だからこそなんだろうか。見てはいけないものを見てしまった気がして、逃げるように下駄箱へと向かった。
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