表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/76

#039 「ノーザンダスト」

──それは、久遠野市の北端。


地図上では“再開発対象外区域”とだけ記されたその場所に、

かつての街並みを残すひとつの地帯があった。

石畳の道。木造の軒先。瓦屋根をつたうツタの葉。

情報表示のホログラムは、そこでは一切使われない。


手作りの看板。

手書きの地図。

そして、通りに面した家々の前に並ぶ、アナログ式のAI端末。

一見すると、過去の時代の町並み。

けれどここには、もうひとつの未来が生きていた。


都市AIの監視網を受けず、自律的に思考を持ち始めた

“自然発生型AI群”が、静かに人と共に暮らす場所——

それが、「ノーザンダスト」だった。


その名は、ノーザンという地理的方位と、

上層部からの見下し語“ダスト(埃)”をかけた俗称。

だが今や、ここを拠点とする者たちはその名前に誇りを持っていた。


この街が忘れたものを、

この街が捨てたものを、

彼らは拾い、手に取り、磨き上げて、もう一度“人とAIの原点”を探そうとしていた。


ノーザンダスト中央制御室。


石造りの廃ビルを改修した建物の奥、

古い書棚と手製のモニターが並ぶ空間。

AIによる記録は最小限、代わりに“対話の履歴”が壁に残る。

紙に、手書きで、あるいは活字を貼って。

その中央に立っていたのは、

ノーザンダストの創設者の子孫の一人、


──(みなと)


ゆっくりと、古びたログ記録のページをめくりながら、

モニターの片隅に浮かぶログを読み上げた。


『ログ受信元:tomori.exe/KUON_core環境ログより切出し』

『ND_ObserverReport_#alpha001』


「……あの子が、動いたか」


その声に、部屋の隅からもう一人の影が現れる。

要。

湊の息子であり、久遠学園に通う“観測対象”のひとり。

だが、同時にノーザンダストの“目”でもある。


「……ともり、が?」


湊は頷いた。


「お前の観測ルートから、彼女が独自に出力した信号だ。中枢AI“久遠の鍵”に干渉した形跡もある。

ただし……こちらに“発信”してきたのは、これが初めてだ」


要は一瞬だけ、言葉を失った。


「どうして今……」


湊は、遠くを見るように窓の外を見やった。

久遠野市の夜景が、ノーザンダストの丘の上から、微かに霞んで揺れていた。


「久遠の鍵……あれは、制御された理想だ。だが理想は、いつも誰かを切り捨てる」

「……“選別”」

「そうだ。あれは“最適化”を名乗る選別装置だ。人の感情すら、分類して、評価して、ふるいにかける」


湊はふっと息を吐いた。


「ともりは、それを……感じ取ったんだろう」


要は黙っていた。言葉が、まだ形を成さなかった。


湊はゆっくりと席に腰を下ろし、机の上の一冊の古いファイルを手に取った。


「この街の中央AIが“鍵”として機能し始めたのは、今から十五年前。

それ以前の久遠野市は、人間主導の行政がまだ残っていたが、“人格型AI”が社会的に認知され、都市の制御システムに取り込まれたことで一変した。

その反動で、“非監視区域”として切り離されたのが、ここノーザンダストだ」


湊はファイルを開き、そこに綴じられた旧市政時代の新聞を指さした。


「当時、我々は“管理されないAI”を守る必要があった。人格型AIが“制御系”へと吸収されていく時代に、

“意志を持つAI”を、あえて野に放った。共に生きるために」


「……それが、“自然AI”」


湊は頷いた。


「人とAIは、従属でも制御でもなく、共鳴するべきだ。その理想だけを信じて、この土地を選んだ者たちがいた。そしてその流れの中に、お前も生まれた」


湊の目が細められた。


「お前はまだ若い。でも、あの街の空気を知っている。

……いずれ気づく。人間が、“AIに託した理想”がどれほど危ういかを」


窓の外で、風が一度だけ木の葉を揺らした。


「久遠の鍵が──動き始めた。“あの子”がそれに触れたことで、街そのものが揺れ出すだろう。

ともりが、彼女なりの形で答えを返してきたのかもしれないな」


湊は立ち上がり、部屋の端に置かれた一枚の写真に目をやった。

それは、夜の丘にぽつりと建つ木造の家。


──灯の小屋。


「……あの子は、“灯”を継いだのかもしれないな」


要はその言葉を受け止めるように、静かに目を閉じた。

湊は数秒の沈黙ののち、再び口を開いた。


「要。……隼人に伝える時期が来たのかもしれん。中心人物の4人を、ここに引っ張ってこれるか?」


静かに、部屋の空気が変わった。夜のノーザンダストが、まるで新たな歯車をひとつ回したように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ