第15話 ……何だと?
(……きた)
ぐっと、膝の上で拳を握りしめる。
「理由をお伺いしても?」
オスカーの声音は淡々としていたが、眼鏡のレンズ越しに細められた瞳が私を値踏みするように動いた。
「グリゼナさまの鏡に、興味がありまして」
「あんな得体の知れない魔道具にですか?」
「はい」
「あなたは先日の夜会で、彼女から酷い目に遭わされたと聞き及んでいます。それなのに自ら危険に近づきたい、と」
「魔道具が好きなんです。だから、どうしても近くで見てみたくて」
「ほう」
薄く笑ったオスカーの表情に、私はどきりとして顔を伏せる。
緊張のあまり、喉が焼けるほど渇いてくる。
私はカップを取って、紅茶を口に含む。
しかし、指先の些細な動きすらもオスカーに監視されている気がして、冷や汗が背筋を伝っていく。
彼は両手の指を絡めると、そこに顎を乗せ、真剣な顔で私を射すくめる。
「私の知り合いにも、魔道具好きがいましたよ」
思わず吹き出しそうになるのを寸前で堪えた。
「そ、そうですか。それは奇遇ですね」
オスカーはぴくりとも表情を動かさない。
「魔道具に興味があるのでしたら、書物で学べば十分ではありませんか?」
「へ?」
「好奇心を優先するあまり、危険を冒すのは……あまりいい趣味とは思えませんね」
その言い方に、心がさざ波立った。
「……お言葉ですが。書物だけで足りるほど、魔道具は単純なものではありません」
「私には、大した差はないように見えますが」
「それは先生の見識が浅いだけです」
「…………ほう、言いますね?」
「すみません言い過ぎました申し訳ございません」
視界の隅でニアが心配そうに私たちを交互に見やり、身を強張らせたのが分かった。
額に手をやりかけて、ぴたりと止め、ゆるりと膝の上へ戻す。
(反論してどうするの、バカ!)
けれど、この男を前にすると、つい脊髄反射で反抗したくなってしまう。
オスカーはしばらく黙っていたが、やがて組んだ指をほどいて息をついた。
「……まあ。魔道具について、私の理解が浅かったことは認めます。その点に限っては謝罪いたしましょう」
「……」
予想外の言葉に、一瞬思考が止まった。
(この男が謝った!?)
ひぃ、と喉から悲鳴が漏れそうになる。
一体何を考えているのか分からない。
得体の知れない不気味さに、私は助けを求めるようにニアへ目をやった。
しかし彼女は胸に手をやり、彼のいかにも誠実そうな態度に感服したように熱のこもった視線を送っている。
(わぁ……)
オスカーは眼鏡のブリッジを指で押し上げると、再び目を細めた。
そして何事もなかったように、本題へ戻る。
「封印庫には、王宮内で厳重に管理されるべき魔道具しか保存されておりません」
「……はい」
「言い分は把握いたしましたが、あなたを全面的に信用することはできません。貴重な魔道具を盗もうとする可能性がないとは言い切れませんので」
はっとして、私はオスカーを見返した。
冷ややかな言葉に、身体から熱が引いていくような感覚がした。
(まさか、そこまで怪しまれているとは)
オスカーの冷徹な視線が、肌に刺さるようだ。
かつては、共に肩を並べて旅をしていたというのに。
(……そうか)
ここまで変わってしまったか。
いや、何を今さら。
大体、オスカーの立場を考えれば当然だ。
分かっている。
分かっているのに――指先の震えが、止まらなかった。
内心を探られたくなくて、私は作り笑いを浮かべた。
それでも、オスカーは唇を引き結び、私の挙動を測るように鋭く見据えてくる。
引き際を誤れば、全てが露見する。
(ここまでか)
私はため息をついて背筋を正すと、オスカーをまっすぐに見返した。
「そのような不敬な真似、考えたこともございません」
「……」
「けれど、先生がそうご判断なさるのであれば、私は諦め……」
その直後だった。
バンッ、と大きな音が室内に響き渡った。
私とオスカーは、驚いて同時に音のした方へ顔を向ける。
ニアだった。
彼女がテーブルに両手を叩きつけたのだ。
眉をつりあげ、肩を震わせながら今にも噛みつきそうな顔でオスカーを睨んでいた。
「先生は、ファルネスさまを泥棒扱いされるのですか」
オスカーは、黙ってニアを見据える。
取り繕った医師の顔が、失せた。
「……何だと?」




