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死にゆく勇者を救うため、妃として後宮に潜入しましたが、私の命も危険です  作者: 桐山なつめ
第3章(前編)魔女と医師には裏がある

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第14話 オスカーの来訪

「四妃……」


 私はベッドに腰をかけたまま、ニアから受け取った封書に目を滑らせる。


 便箋には、金の箔押しで『ヤン・バーバラ』と署名されていた。

 几帳面な文字が、余白まで計算されたように整然と並んでいる。

 直筆かどうかの判断はつかない。

 けれど、紙を持つ指先に、かすかな冷たい魔力の残滓が触れた。


 ぞっとする。


 表向きには丁寧な文章で綴られているものの、

 要約すれば「顔を見せに来い」という命令だ。


「バーバラさまって、どんなお方か知ってる?」


 顔を上げてニアに問いかけると、

 彼女は気まずそうにすっと目を伏せ、声を落とした。


「……直接お会いしたことはございません。

 ただ、その……()()()()()だとは聞いております」


 細い指を絡めて俯く彼女の仕草だけで、だいたい察した。


(……ろくな意味じゃなさそう)


「このお誘いをお断りするには……」


 かすかな希望を込めて尋ねるが、ニアは迷いなく首を横に振った。


「そうよねえ……」


 逃げ道はない。

 そう理解した瞬間、胸の奥で別のものが小さく閃いた。


(四妃が暮らす館ということは……もしかして)


 私は便箋を手にしたまま立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。

 黒いカーテンの隙間から差す光が、便箋に織り込まれた金糸を淡く照らしている。


「ねえ、ニア。バーバラさまのお屋敷は、どちらの方角?」

「ええと……ここからでは分かりづらいかもしれませんが……」


 ニアは私の隣に立ち、窓越しに指をさした。


 その先には、緑豊かな庭園に包まれるようにして並ぶ邸宅が、小さく見えていた。

 後宮の北側。

 自然の恵みを象徴するかのように、静かで落ち着いた佇まいをした、四妃たちの住まい。


(これはチャンスだ)


 鞘の欠片は、後宮中に散っている。

 うまくこの妃に取り入ることができれば、欠片を回収できるかもしれない。


 そう思った瞬間、胸の奥から疼くような昂ぶりが一気に広がった。

 窓枠に置いた指先に、力がこもる。


「ファルネスさま?」


 不安げなニアの声に、私は意識して柔らかく微笑んだ。


「ニア。取り計らっておいてちょうだい。なるべく早くお会いしたいわ」


 ニアは目を瞬くと、背筋を伸ばした。


「承知いたしました。お返事を書いておきます」


 覚悟を決めたことで、荒ぶっていた気持ちが、すうっと静まっていく。


 私は部屋の時計を見やり、喉を鳴らした。


(でも直近の問題は、()()()の追求をどう躱すかね)


 だが、バーバラ同様に、これはまたとない好機でもある。

 ニアの行動は予想外だった。

 けれど、もしオスカーをうまく丸め込めば――封印庫に入れるかもしれない。


(これもすべて鞘を取り戻すため。頑張るのよ、ミルディナ……!)


 ◆ ◆ ◆


 午後二時。

 時刻ぴったりに、オスカーはノワール・マナーへやってきた。


 ニアに案内され、重厚な扉を押し開けて応接室に入ってきた彼は、白衣ではなかった。

 細やかな刺繍が施された白い上衣を身につけ、首元には金属の光がかすかに覗いている。


 銀縁の眼鏡の奥から向けられる眼差しは、

 一切の甘さを許さず、鋭く私を射抜いていた。


 若い侍官を従えたその姿は威厳に満ちており、

 かつて冒険者として軽口を叩き合った同じ人物とは、とても思えない。


 私はソファから立ち上がると、ドレスの裾を掴んで礼をした。


「本日は私のために、来訪いただきましてありがとうございます」

「いいえ」


 眼鏡の銀フレームが、角度を変えて光を放つ。

 その奥にある緑色の瞳は、冷徹な観察者の視線で私を測っていた。


 胸中を悟られぬよう、私は作り笑いを浮かべる。

 オスカーの視線が、私の顔色から指先へと静かに流れた。

 診察の延長のようでいて、こちらの動揺まで測られている気がする。


「あれから、ご体調はいかがですか」

「すっかり元気になりましたわ。頂いた薬がよく効いているようです」

「それは何より。またいつでもご相談ください」


 淡々とした声色のまま、オスカーは視線を隣に控えるニアへと移す。


「貴女も」


 ふっと口元を緩められると、ニアの背筋が一瞬だけ伸びた。

 返事をしようとして、けれど声がうまく出なかったのか、

 彼女は所在なさげに自分の髪を指で梳く。


「……恐れ入ります」


 その様子を見ながら、私はオスカーに座るよう促した。

 彼は丁寧な所作で、ソファに腰を下ろす。

 背筋はまっすぐ伸び、膝に置かれた手の位置にすら無駄がない。


 彼の背後では、侍官が一歩下がり、扉脇へ控えようとしていた。

 その動きに、ニアがすぐ反応する。


「恐れ入りますが、こちらはファルネスさまとエイデン先生のご相談の場でございます。

 お付きの方には、控えの間でお待ちいただけますでしょうか」


 侍官の眉が、わずかに動いた。

 返答はない。

 ただ、主の判断を仰ぐように、オスカーへ視線を向ける。


 オスカーは膝に置いた手を動かさぬまま、淡々と目を伏せた。


「控えの間へ」

「……承知いたしました」


 侍官は短く答え、一礼して応接室を出ていった。

 扉が静かに閉ざされる。


 ニアは一度だけ扉へ目を向けた。

 侍官の気配が遠ざかったことを確かめてから、

 何事もなかったかのようにワゴンへ向かった。


 銀のポットを持ち上げる手つきは丁寧だったが、肩にはまだ力が入っている。


 細く注がれた紅茶が、温めておいたカップの中で揺れた。

 琥珀色の水面に湯気が立ちのぼり、柔らかな香りが室内へ広がっていく。


「どうぞ」


 ニアは私とオスカーの前に、紅茶を置いた。

 それなのに、向かい合う私たちのあいだにある緊張は、少しも薄れなかった。


 彼女はそのまま一歩下がり、私の傍らへ控える。

 オスカーはカップを見つめたまま、淡々と切り出した。


「そういえば――

 先ほど、監査役を名乗る女官から、この場への同席を求められました」


 ニアがぎょっとしたように目を見張り、とっさに私を見つめた。


「そうでしたか。それで、先生はなんと?」


「ファルネスさまのご同意がない以上、

 私に許可を出す権限はございませんので、お断りいたしました。

 問題ございませんでしたか」


 ニアは安堵したように胸を撫で下ろし、分かりやすく微笑んだ。


「はい。私のほうから、説明しておきます」


 そう答えつつも、私の胸中にはざわめきが広がっていった。


 私もソファに腰を下ろしながら、ちらりと扉に目をやる。

 扉の向こうではなく、廊下のさらに奥。

 壁越しに、かすかな魔力が滲んでいた。


(……いる)


 扉に張り付いているわけではない。

 けれど、こちらの出入りを見逃さぬ位置に、誰かが控えている。


 おそらく、アイリスだ。


 私は無意識に息を潜めた。


(こんなこともあろうかと……『音隠しの結界』を張っておいて正解だった)


 応接室を覆う魔術結界が、ほのかに震えを放つ。

 この部屋の声は、外へ漏れない。


(誰の手先だか知らないけど――やられてばかりなのは、性に合わない)


 私は再びオスカーを見やった。

 澄ました表情からは、何ひとつ感情が掬えない。


 彼はニアが淹れた紅茶を一口含み、静かにカップをソーサーへ戻した。

 かちり、と硬い音が、張り詰めた空気に鋭く響く。


「……さて」


 抑揚のない声が室内に落ちた。


「封印庫に、ご興味があるそうですね?」

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