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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第九章 州立学院

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134. 星空の瞳と占星術師

「大丈夫ですか、ナーディア先生」


 テレーザがすぐにそう声をかけながら部屋の中へ入り、床に散らばった書類を手際よく拾い始めた。私もそれに倣い、近くに落ちていた本を一冊、二冊と拾い上げる。


「すみません、ありがとうございます……」


 やや慌てた様子の声の主に、集めた本を差し出そうと顔を上げた瞬間、視界の端でぬっとした影が大きく動いた。


(……え?)


 私は思わず一歩、後ずさる。

 屈んでいたせいで分からなかったけれど、立ち上がったその人は、想像していたよりもずっと背が高かった。

 私の反応に気づいたのか、彼女ははっとしたように少し背を縮めて、遠慮がちに本を受け取る。

 その仕草がどこか可愛らしくて、さっきの驚きが少しだけ和らいだ。


「この子が二年生に編入するアリーチェさんです。よろしくお願いしますね」


 テレーザがそう紹介すると、彼女は私の方へ視線を向けた。


「では、私はここで。アリーチェさん、よい学院生活を」

「はい、ありがとうございました」


 軽く頭を下げると、テレーザはにこりと微笑んで、そのまま静かに部屋を後にした。

 ぱたり、と扉が閉まる。残されたのは、私と――目の前の背の高い女性。


「あ、えっと……魔術科の二年のクラスを担任するナーディア・ストルキオです。アリーチェさん、よろしくね」


 少しあたふたとした様子で名乗る彼女は、先ほどの印象そのままに、どこか落ち着かない雰囲気をまとっていた。

 夜のように深い紺色の髪。長い前髪の奥からのぞく瞳は、濃い青色をしている。

 女性の割に背が高くて驚いたけれど、背を丸めて少しでも小さく見せようとしている様子が、どこか親しみやすい印象を与えた。


「アリーチェ・グロッソです。一年間、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げて顔を上げた瞬間、ナーディアと目が合った。


(……いや、合ったというより、じっと食い入るように見つめられている?)

 

 しかも、ナーディアとの距離はじりじりと近くなっている。

 思わず体を反らして距離を取ると、ナーディアははっと我に返って目を見開いた。


「あっ、ご、ごめんなさい! 不躾に見てしまって……」


 慌てて一歩引きながら、彼女はどこか興奮気味に言葉を続ける。


「あの、アリーチェさんのその瞳は、神紋者になってそうなったの? まるで、星の浮かぶ夜空みたいで……とても綺麗ね」

「瞳……ですか?」


 私は思わず何度か瞬きをする。


「これは生まれつきで、もともとこうなんです」

「へぇ……そうなのね」


 私の瞳を覗き込みながら、感心したようにナーディアが頷く。

 時折、人に指摘されることはあるけれど、普段は特に意識していない。


「ねえ、アリーチェさん」


 ふいに、ナーディアの声音が変わった。

 真剣な――というより、どこか熱を帯びたような瞳で、じっとこちらを見つめてくる。


(……なんだろう?)


 そう思った次の瞬間、思ったよりも強い力でがしりと手を掴まれ、思わず肩がびくりと跳ねた。


「アリーチェさんは占星術に興味はないかしら?」

「えっ?」


 勢いに押されて、驚きの声が口から漏れる。


「占星術は闇属性と相性がいいの。しかも、まるで星空を映したような素敵な瞳を持っているなんて、これはもう運命よ。ぜひ占星術を学ばないかしら?」


 さっきまでの遠慮がちな様子はどこへやら、別人のようにぐいぐいと距離を詰めてくる。


「あ、あの……」


 言葉に詰まった私を見て、ナーディアははっと目を瞬かせ、慌てて手を離す。


「ご、ごめんなさい! 占星術が絡むと、つい周りが見えなくなってしまって……」


 さっきまでの勢いが嘘のように、ナーディアの声がみるみるうちにしぼんでいく。


「いえ、大丈夫ですよ」


 苦笑しながら答えると、ナーディアは申し訳なさそうに肩をすくめて小さくなった。


「先生が占星術に情熱を傾けていることは、ちゃんと伝わってきましたから」

「本当にごめんなさいね……」


 しょんぼりとした様子に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「その上で言わせてもらうと……占星術は、今のところ選択肢としては考えていないんです。ごめんなさい」


 そう正直に伝えると、「ああぁ……」と言いながらナーディアががくりと肩を落とした。

 分かりやすいほどの落ち込みように、思わず苦笑いがこぼれる。


「そ、そうよね……。占星術は属性の相性も偏っているし、地味だし、曖昧だし……好んで選んでくれる人なんて……」


 目に見えてしょんぼりと落ち込むナーディアは、そのまま小さく俯く。


「前任者は比較的名が通っている人だったから、それなりに受講者がいたわ。でも、私に代わってからは減る一方で……このまま今年も減ったらどうすればいいのかしら……。やっぱり私が人に教えるなんて、まだ早かったのよ……」


 誰に言うでもなく、ぶつぶつと止めどなく独り言が溢れ出す。


(うん、完全に落ち込ませてしまったね……)


 このままでは延々と続きそうな気配を感じ、私はさりげなく質問を投げかけた。


「ナーディア先生の専攻は、占星術なんですか?」

「あっ……ええ、そうよ」


 私の声に、はっと顔を上げる。

 どうやら意識をこちらに引き戻すことには成功したみたい。


「占星術って、ご年配の方がされている印象がありました」

「やっぱり、若輩の私なんて重みが感じられないわよね……」


 思ったままを口にすると、間髪入れずに再び落ち込む。

 私は慌てて、「いえ、そうではなくて……」と言葉を続ける。


「若いのに占星術の講師をされているなんて、すごいなと思いまして。それに、二年生の担任も任されているなんて、先生への期待の表れですよね」


 そう言った瞬間、ぴしりと空気が固まり、まるで時が止まったかのようにナーディアが動きを止めた。


(あれ……これは、何か余計なことを言ってしまったかも)


 嫌な予感がした次の瞬間、ナーディアはぎぎぎとぎこちない動きで視線をあからさまに逸らした。


「あ……その……」


 ナーディアの視線があちこちへ泳ぐ。


「普段、担任はもう少し経験のある先生が担当するのだけど……今年は、その……他の先生方が忙しくて、私にお鉢が回ってきたというか……」


(ああ……なるほど)


 しどろもどろに言葉を選びながら説明するその様子に、私は内心で静かに納得した。

 担任という立場上、クラスで問題が起これば真っ先に対応するのは担任だろうし、大きなトラブルになれば責任も問われる。

 忙しいという言葉で濁していたけれど、おそらく押し付け合いの結果、ナーディアに白羽の矢が立ったのだろう。


(心当たりがあるとすれば、私だよね……)


 前例のない編入生で、普通ではない事情を抱えている私。面倒ごとを避けたいと思われても、不思議ではない。


「……先生も、いろいろと大変なのですね」


 思わず、そんな言葉が私の口をついて出ていた。


「ええ……」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、どこか遠い目をしたナーディアがずしりと重みのある声で頷いた。

 ほんの少しだけ同情と申し訳なさを覚えながら、私は目の前のナーディアを見つめた。


 

 ――ジリリリリ……


 廊下のどこからか、澄んだ音が響いた。試験の時にも聞いた時刻を知らせる学院のベルだ。


「あっ、もうこんな時間」


 ナーディアがびくりと肩を揺らし、慌てたように周囲を見回す。


「アリーチェさん、二年生のクラスへ向かうわよ」

「はい」


 急いで机の上を整え、書類を抱えたナーディアの背を追う。

 部屋を出ると、ナーディアは慣れた手つきで扉に鍵をかけ、そのまま足早に階段へ向かった。


 コツコツと靴音を響かせながら階段を下りて一階に着くと、そのまま廊下を少し進み、ひとつの扉の前で足を止めた。

 ナーディアが軽く息を整え、扉を開ける。その瞬間、ざわざわとした空気が、一気に静まり返った。

 先ほどまで話していたらしい生徒たちが、ぴたりと動きを止め、立ち上がっていた者も、慌てて席へと戻っていく。

 試験で使った教室よりも、ずっと広い空間。長机が整然と並び、後方に向かってわずかに段差がついているのが見えた。


「アリーチェさんも、空いている席に座ってちょうだい」

「はい」


 軽く頷いて、教室内へと足を踏み入れる。視線を巡らせて空席を探そうとした、そのとき――


「あっ」


 ナーディアが何かを思い出したように声を上げ、小声で私に話しかけてきた。


「席は特に決まっていないのだけど、暗黙の決まりがあって……」

「聞いていますので、大丈夫ですよ」


 そう答えると、ナーディアはほっとしたように小さく頷いた。

 私はもう一度、教室を見渡す。


(さて……)


 前方から中ほどまでは、比較的質素な制服。後方に行くほど、装飾が増え、生地も明らかに上質になっていく。

 この学院における暗黙の決まり――家格が高いほど、後ろの席に座るというものだ。

 私は少し考えてから、中央付近にある空席へと向かった。


「ここ、空いているかしら?」

「え、ええ……大丈夫よ」


 隣の女子生徒が少し驚いたように頷くのを確認してから、静かに席へ腰を下ろす。

 近くで見ると、彼女の制服は質は良いけれど、過度な装飾はない。

 おそらく、裕福な平民か、あるいは下位の貴族。


(このあたりが無難ね)


 私の立場なら、どこに座っても問題はないだろうけれど、余計な波風は立てないに越したことはない。

 席に着いた途端、周囲から値踏みと興味、そしてわずかな警戒の混じった視線を感じた。


(……まあ、そうよね)


 見たこともない生徒が突然やってきて席に座ったら、目立たないはずがない。

 いずれ紹介される機会があるだろうと、ひとまず気にしないことにした。

 やがて、教壇に立ったナーディアが、こほんと小さく咳払いをする。


「こ、今年の二年生を担当する、ナーディア・ストルキオです。専攻は占星術。初めて見かける人もいると思いますが、一年間よろしくお願いします」


 先ほどの部屋での様子とは打って変わって、きちんと背筋を伸ばして教師らしい口調で挨拶をする。


(かなり頑張っている感じはするけれど、さっきのあの落ち込んだ様子からは、ちょっと想像できないね……)


 そんなことを思いながら見ていると、ナーディアは配布用の紙を取り出し、前の席から順に回していくよう指示を出した。


「こちらが今年の授業予定になります。各自確認してくださいね」


 手元に回ってきた紙にざっと目を通すと、基礎から応用まで、いくつもの科目が並んでいた。


(占星術は……後期か)


 ほんの少しだけ、さっきのやり取りを思い出す。

 特に興味はなかったけれど、後期で授業に余裕があれば少しくらい考えてもいいだろうか……。


(というか、自己紹介の時間はないのかな?)


 少し不思議に思ったけれど、すぐに理由に思い至る。

 一年次は他学科と混合クラスだったとはいえ、魔術科の授業自体は一年時点で始まっていた。つまり、この場にいるほとんどが顔見知りだ。

 ナーディアは初担任のようだから、私の紹介をするというところまで気が回らないのだろう。


 すでに出来上がっている関係の中に入る形になるのかと思うと、上手く馴染めるだろうかと、ほんの少しだけ不安を覚える。


(まあ、なんとかなるでしょう)


 そう心の中で呟きながら、私は静かに配布された紙へと視線を落とした。

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