えんでぃんぐぽいんと③
僕は今黒一色の空間に居る。何も見えない暗黒の牢獄に閉じ込められてしまっている。
本当に、どうしてだろうか。僕は只『 』が欲しかっただけなのに。なのにどうして、この『運命』というものはこうも僕の行く道を阻むのか。
もう、僕の意思では止める事が出来ない。獣は解き放たれる、『 』が手に入る事はない。
だからどうか逃げて欲しい。本当の獣は止まる事を知らず、知己であっても傷付ける。
ああ、どうか。どうかお願いだ。
僕を楔から解き放って欲しい。この身を忌まわしき龍魔族に支配されたくない。
だから――お願いだ。僕が信頼し、唯一僕を殺せる可能性のある勇者よ。どうか、僕の事を殺して欲しい。
手に入らないなら、君の手で『 』に至る道を断ち切って欲しい。
●●
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
それは紛れもない獣の咆哮だった。
小人族らしく小さな骨格と筋肉が膨れ上がって黒い装甲を纏う。整った顔立ちは瞳から溢れる凶猛に染められて異形へと変形していく。
それは獣に至る変化。かといって退化ではなく、生物としては間違いなく『進化』に分類されるであろう。
やがて誕生したのは、龍魔族が頂点だと理解するのに値する状態。金髪の美少年は黒き龍へと変貌を遂げた。
今の彼に一切合切の理性はない。高き知性を誇る龍ではなく、あくまで龍魔族であるその身は全てを滅ぼす者――紛れもない『災害』である。
「皆ぁ、頑張ってねー」
それを生み出した張本人であるミリウムは知らぬ顔で踵を返す。
「なかなか良い余興であった、褒めてつかわす。さて、我らは準備に取り掛かるとしよう」
そして漆黒の翼を広げた魔王と共に、二人の脅威は一旦この場から去ったのだ。最も――、
「――ッ!戦えぬ者は、今すぐこの場から逃げるのだ!"あれ"は少々厄介だぞ」
ある意味、この場に集う強者たちにとってはライアの方が魔王より厄介だった。
理性無き獣は対話が通じずに、見境なく攻撃を行う。故に判断は一瞬、戦闘開始も又、即時だった。
「撃て、魔導士!」
「もうやっている。――敵を穿つ光となれ、エル・ボルト!」
魔導士の杖が閃き、一筋の雷鳴が轟く。
「グォオオオオオ!」
「無傷、だと?全く化け物ばかりで嫌になる」
直撃した途端、煙となって霧散してしまった攻撃に魔導士は目を細める。
(恐らくあの鱗は魔法の伝達性を悪くする。並みの攻撃では打ち破る事が出来ない)
「魔導士達、準備をしろ。一点集中、一撃で龍を穿つ」
それを魔導士よりも早く察して、いち早く対抗策を練り出した騎士はライアーー黒龍の前に躍り出た。
もしフィリウスが居なかったのなら、人類の希望とも呼ばれていたであろう白銀の騎士の名をアース。指揮能力に長けて、戦闘能力にも優れている彼は何時も皆を導く灯となる。
「アース様に続け!魔導士達の援護をしろォ!!!」
「私が核を担う。余力を残さず、綺麗に編め」
複合魔法は、皆で制御する事は不可能。だから最も魔法制御に長けている一人を核に、至高の一魔法を創り上げるのが定石である。
この場に居る魔導士は代償含めても数千。それに冒険者達も加わるのならば、数十秒で龍を殺せる魔法は可能だ。
そしてそんな僅かな時間を稼ぐために、大勢の騎士や冒険者達がフィールドに走っている。
「流石に大丈夫だろ」
そんな安心が沸々と聞こえ始めるが、それは龍魔族に関して知らない無知の言葉。龍魔族とは、正真正銘一基で国を押し退ける力を持つ最強の種族。
繁殖能力に優れておらず母数こそ少ないが、かつてその脅威は多くを恐怖に陥れて、他種族嫌いのエルフが国交を開いたのだって、元々は龍魔族が原因だ。
そんな化け物共を、たったの一基で滅ぼした化け物。それは魔王――とまではいかなくても、それに近しい存在であることは確かだ。
だからこそ、この戦場では強者であるほど気を抜く事が出来なかった。
「おらおらどうした、龍魔族ってのはそんなもんかよ――ってぐわぁ!?」
「口ではなく手を動かせ冒険者」
「とは言ってもよ、さっきからこの龍は防戦一方だぜ?」
事実、尻尾を薙いで口から超熱度の炎を吐き出しているが、それでも今の所被害はほぼない。勿論、被ったら怪我では済まないだろうが、何十にも重なる障壁魔法がそれを塞いでいる。
「お強い龍魔族様といっても、この人数はつれぇだろ」
「それならいい。だけど、まだ真価は先にあるかもしれない。早く倒しておくに越したことはない」
「お堅ぇ、騎士様だこと」
「――魔力が満ちた。お前達、道を開けろ」
魔導士の知的な瞳の先にはフィールドを覆い尽くしてしまう程に極大の魔法玉があった。
前線で戦っていた者達は即座に後退して、後方から援護していた者達は障壁を張って大爆発の余波に備える。
「グォオオオオオオ!」
太陽と見間違うほどの巨大な力に、黒龍は怯む姿を見せなかった。その顎を大きく広げてブレスで対抗を試みる。
しかし、逆に魔法玉の糧になっただけで、気付けば魔力の暴力は凶猛の直ぐ目の前にあった。
間もなく直撃、爆裂。
闘技場の屋根をすっ飛ばして、フィールドに敷き詰められる頑丈な魔石の床を捲り上げる暴風が、この場に居る全員を駆ける。
「やった、か……?」
濛々と立ち込める砂煙の向こうへと目を凝らす。
――のしり、のしりと。多くの者の予想とは違って、黒い鱗が姿を現す。
「まさか、あの攻撃でやられないのか」
「ですが重症です。次の一手で押し切れます」
片翼は焼け落ちて、左腕に至っては完全に消滅してしまっている。もう先ほどの大魔道は必要ない、白兵で十分だと血気盛んな冒険者や気高き騎士達は次々に地を蹴った。
――だが彼等彼女等には大きな誤算があった。
追い詰められた獣がどれだけ恐ろしいかは、モンスターが蔓延るダンジョンが当然に各地へ存在する世界の住人達は知っている。
だからこそ、こうして即座に追い打ちをかけているのだから。
でもその獣の内側に潜むのが、冷静沈着であることを知らない。今彼は理性を失っている状態にはあるが、生存の危機に陥った時というのは嫌でも全てを出し尽くすのが生物の習性だ。
そしてライアにとっての全力とは、ただ獣の如く暴れ狂う事ではない。
その眼で――スキルの目視命令を駆使する事である。
「ォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
凶猛が輝き、眼下のちっぽけな『ヒト』を睨む。
ライアのスキルは元々、相手を魅了するだけ。だが既に発展を済ませているその権能は、視線が交差した者を自由に操る事が出来る。
それだけでも厄介だが、奇しくも今、生存本能が獣を昇華させてしまった。
わざわざ目を見る必要もない。ただ、その凶猛で睨み付ければ――。
「いぎゃあああああああ!」
距離は関係ない。一定以上の実力を有していない者達が、その牙に噛みつかれて体の制御を封じられる。
瞳が朱く燃え盛っている彼らは、今から文字通り『獣』となる。
敵味方見境なく、襲い続ける野獣へと。
「くっ、こいつらッ!?」
「無理です、聖女の魔法では解呪する事は不可能です……!」
「ただ、暴れ狂うだけなら御しやすいが――」
その凶猛はただ強制命令ではなく、絶対的な恐怖を以て制御する力。生存本能が刺激されている獣たちは"技や魔法を使用する"。
「操られてるのに何時もより強いだにゃんて、無茶苦茶だニャ。わても手加減出来にゃいぞ、こりゃ」
「魔導士達も多く操られています。このままでは……。どうしますか、アース様」
「…………被害は最小限だ。俺が斬る」
騎士とは、多くを守るべき存在。その長、騎士王まで呼ばれるアースはいっそ非道ではなければ務まらない。
誰かを救わない事が、誰かを助けるのならそれを選択する。
その短い言葉に込められた意味を察した騎士達は、掌に爪痕を刻みながらも首肯する。
「大魔導士様、アース騎士長より伝令です」
「何だ。私は今それどころでは、ないッ!」
「……魔法を打ってください。アース様から黒龍に至るまでの道を」
「なっ!狂った者達――いや戦っている皆を犠牲にするのか!?」
「それしか方法はないのです。アース様の剣は、被害を無視するなら黒龍を討てる。そしてそれは、被害を上回る成果となる。魔道大国、その魔導士隊の長である貴方なら理解出来る筈だ」
「…………私は責任を取らんぞ」
「アース様が全て引き受けます。それが、私達の騎士王ですから」
魔導士は自慢の魔法を放って、アースから黒龍に至る道を切り開いた。
そして騎士王はその金眼で凶猛を見上げて、高らかと言い放った。
――戦士たちの犠牲の剣と。
普段は封じてる伝説の剣による一振りは、文字通り全てを吹き飛ばす。それには勿論、味方も含まれる。
咄嗟に避ける事が出来た者はいいが、逃げ遅れた者や未だ凶猛に支配される獣。彼らは例外なく呑み込まれて命を落とした。
「がはっ」
その禁じられし剣を使用したアースも又、重傷だった。
でも、それでも――。
【君じゃ、駄目だ。あの勇者じゃ、ないと】
肩から胸にかけて大傷を追いながらも、以前黒龍が地に伏せることはない。
そしてその一太刀に対する数百の犠牲は、天秤にかけるには余りに重かった。
これが、えんでぃんぐに至る最初の犠牲だった。




