えんでぃんぐぽいんと④
人がどんどん死んでいく。
でも、もう私には何も出来なかった。一度自分が弱いと自覚してしまった町娘には、強さを偽る事が出来ない。
「おいアマゾネスの嬢ちゃん、其処で何してんだ!早くにげ――ぐはぁ」
今日、最強の男と戦った時。これは生涯絶対に勝つことが出来ない相手だと思った。
今日、魔王を一目見た時。これは生涯克服する事の出来ない恐怖だと思った。
勿論、本当はこの身がちっぽけな町娘だと理解しているが、彼等を見て偽ることが恐ろしくなってしまった。何も出来ないと、そう思ってしまった。
「ウォオオオオオオオオオ!!!」
そうやって何もせず、戦場で呆然自失と膝を付く私を狙う獣が訪れるのは当然だった。
今からきっと私は死ぬのだろう。それがあの黒龍――ライアのせいだとは思わない。
あのチビは私を助けるために、こうなったのだ。もとの原因は弱かったこの身にある。
迫り来る死を止めて来る『影』はもういない。それに死に抗わないことが、私に許される唯一の贖罪だった。
「おいボケ。なーに、いじけてるんだよ」
なのに、どうして。
「いやぁ。しかしあれだな。主人公登場!にしては少し遅すぎたな」
どうして、こうも、どうして、"あの時"のように助けに来るのか。
見上げ目に入るのは、黒髪の青年。もうすっかり見飽きてしまった、リアが知る最も弱い奴。
でも、今。もしかしたら――と思ってしまっている。
リアの代わりに、やってくれるのではないかと。
「…………私の代わりにチビを救ってやってくれ。弱い私じゃ何も――」
「えっ、いやだけど」
「……は?」
「いやだってさ、あれ無理でしょ。今のライア、絶対俺より強いって」
「なっ……!てめぇ、諦めんのかよ!?」
「それはお前も同じだろうに」
グーの音も出ないとは正にこの事だ。戦いを回避する事を咎める権利は、既に膝を付いてしまっているリアにはなかった。
「……ほんと、お前って馬鹿だよな」
「何とでも言え」
「はぁ、めんどくさ。そもそも俺に強くなくても、強く在れ理論を説いたのはお前だぞ」
「高みを見た。精神論では超える事の出来ねぇ壁を」
「だから?弱さを認めて諦めると」
「そうだ」
「妹が聞いたら泣くぞ。あ、ちなみにミアは安全な場所に置いといた」
その配慮に心から感謝しつつも、もうリアは立ち上がる気がない。どれだけ言葉で言いくるめられても無理な程の『苦渋』を味わってしまった。
と、そもそも気の利いたような言葉が思い付く事の無いハルは暫し眉を揉み思考した。
やがて少し照れくさそうに頬を掻きながら、
「俺さ、お前のことカッコイイなって思う。いい意味でも悪い意味でも、リアみたいなガサツで脳筋な女はいない」
「悪口かよ」
「ああ。俺にお前の悪口を語らせたなら10では終わらないだろうな。でもそんな全部含めても、やっぱりリアはカッコイイよ。出会って暫くした頃、宿で俺に無能の烙印を押し付けて来た奴を、五月蝿い!!!ってボコボコにした事あったろ?」
カッコイイから頑張って!と
そんな子供が英雄に向かって言うような賛美が刺さる筈はない。
それはハルも分かってる。
「何と言うか、お前を見てたら元気が湧く。確かに、リアはどれだけ頑張ってもせいぜい100番程度の強さかも知れない。でもお前が強く在ってくれたなら、俺も強くなれる。――俺達はパーティーだろ?なら、強さは二等分だ。お前のおかげで1番に成った俺と、100番のお前。2で割って50引いたら、二人共が1番になれる」
何と言うか無茶苦茶だった。そもそも、リアの頑張りを見ていたら1番になれる理論が分からないし、最後に何故か2で割って50引いてるのも意味不明だ。
生まれて直ぐに言語をマスターしたと言われる最強の男なら、生後三時間にはもっとましな言葉を思いつきそうだった。
でも――、
「私はずっとお前と同じパーティーで居て良いのか?」
「俺が死ぬまではそのつもりでいる」
「弱い私をいらないと言わないのか?」
「そもそも、俺の仲間が弱い訳ない」
こんなにもこの身の事を信じてくれている者がいる。それは生涯、妹以外と深い関係を築いて来なかったリアにとっては十分な『蜜』だった。
翡翠が色を取り戻して灰を被っていた銀髪が風に揺れる。
「――ペットがいっちょ前な事いいやがる」
もう無くなってしまったと錯覚していた膝が嘘のように、血肉と取り戻して復活を遂げる。
「お前さぁ。普通、ヒロインって助けて貰ったら泣きながらハグとかだろ」
「してやろうか?」
「骨が折れる。文字通りな」
「分かってるじゃねぇか。てか、お前どうしてここにいんだよ?」
「そりゃあ、話せば長くなる――」
灰色の空を見上げながら、どうして冒険都市に居る筈の――遂数時間前まで遥か遠くの威国に居た筈の俺がこの場に到着したのか。
種明かしすると至ってシンプルだ。
ミコトから飛ばされた場所がこの王都だった。そして、騒ぎをかきつけた俺はこうしてやって来た訳で。
だが思ったよりもずっと、酷い状況だった。もっと早く来たら、何て『イフ』を語るつもりはないが、数十秒早ければ幾人かは救われたと思うとやはり心が痛む。
でも、大事なのはここからだ。もう誰も殺させやしない。
「なっ、フライデー?」
「…………フライデーは今休眠中です」
途中、立ち寄ったギルドで無事再発行に成功した訳だが……どうやらかなりご立腹の様子だ。
「今度ピカピカに磨くから頼むよ」
「貴方は私無しでも、威国での試練を乗り越えたのでしょう?なら、私ってお役御免じゃないでしょうか」
やばい、このAIかなり面倒なタイプだ。――そうだ、姉さんがこういった女性に対する対処法を以前言っていた。
「頼むよ、フライデー。お前がいないと、俺何も出来ないんだ」
嫉妬に対する依存の懇願、これこそ常套句だと。
「……今回だけです。ついでに、次のお願いだけ特別に0ポイントで叶えてあげましょう」
ちょろいな。
「おいごちゃごちゃ言ってないで、行くぞ。あの糞金髪チビ野郎を助けるんだろ?」
「何時にもまして酷い呼び名だな。まぁあの姿だと仕方ないか」
見る影もないとはこのことで、俺の視線の先には傷に悶えて荒れ狂う黒い龍がいる。耳障りな咆哮よりも、よっぽどあのきざったらしい喋り方の方がましだった。
「スキルポイントを使って、どうにか出来ねぇのか?」
「今俺の手元には60ポイントある」
手負いの龍相手なら、それだけでも足りるかも知れない。それに威国で多少の技術を学び、レベルも4だけだが上昇した今の俺なら勝機は十分。
「でも、戦う必要あるのか?」
「何言ってやがる。理性失ってんだから、ぶちのめすしか方法はねぇだろ」
「完全に理性を失ってるなら、もっと大暴れすると思うが」
「あ?」
実際、咆哮で相手を怯ませて凶猛で魅了しているライアだが、自ら攻撃をする素振りは見せない。あくまで近寄って来た者を、"近付くな"と押し退けるだけだ。
「微かに理性が残ってる。なら、それを刺激した方が簡単だ」
「どうなっても私は知らないぞ」
「逆に怒る可能性もあるな。まぁ失敗したときはぶっ飛ばせばいい。成功したら、それは素敵だと思わないか?」
やれやれと、諦めたようにリアは片目を瞑って。
そして力強く見開いて、黒龍の凶猛に対峙する。
「……名前だ。私はあいつを名前で呼んだことがない。もし、私を好きっていう言葉が本当なら――」
「やってみる価値はあるな。だが問題は、どうやって声を届けるかだが……」
拡声器をスキルポイントで生成したとして、戦場では雑音になり果てるのが落ち。かといって、近付いても吹っ飛ばされるだけ……。
「君、たち。はぁはぁ。あの龍と、知り合いなのか?」
どうするべきかの思考に割り込むのは、命からがらといった様子の騎士だった。自慢の白銀の鎧は焼け落ちて、端正な顔立ちは火傷で覆われてしまっている。
「騎士王アース……」
「何だ、有名なのか?」
「私が知る限りでは、この世で二番目に強いヒューマンだ」
「この有様、ではあるけどね。俺の剣でも黒龍は殺す事が出来なかった」
満身創痍でも決して離さまいと、その手が握っているのは金の装飾が散りばめられる剣。持ち手と違って一切の刃こぼれも曇りもなく、如何に技物であるかを物語っている。
「……でも、彼は誰かを待っていた。確かに俺に言った。――あの勇者じゃ、ないと」
そのままアースは膝から崩れ落ちてしまった。直ぐに騎士達が駆け付けて、その体を何処かに運んでいく。
「どうやら、私じゃダメだな」
「いやいや。今の聞いてたか?俺の方が適任じゃないだろ。――あのミステリー美少年が、本心を口に出すわけがない。本当は、お前に来て欲しいと思ってる筈だ」
「……一理ある」
「じゃあ、お話はこれ位にして。――飛ばすぞ?」
「飛ぶのか?」
「それしかないだろ」
「分かった、それでいこう」
短く言葉を交わして、リアはそのしなやかな筋肉をほぐす為に何度か屈伸する。暫くして、そのまま彼女は天高く跳躍した。
それでも、黒龍の腹の辺りまでしか届いていない。だからこそ、俺という促進力が必要なのである。
重力に従って自由落下して来るリア。その着地地点に剣を横に立てて。
「いってけぇえええええ!」
ミシミシと。筋肉が悲鳴を上げながらも、俺の剣はバネとしてリアを空に打ち上げた。




