大丈夫?
投稿遅れましたが、204号室の彼。の2話です。
荷物の運び込みが終わってから、達己は疲れた顔で部屋に入ってきた。部屋を見回すなり、「片付けに時間かかりそうだな」と苦笑している。達己の目の前にはAさんがいたが、達己は全く気付いていない。Aさんの「残念だったね」という楽しそうな顔が腹立たしい。私は別の意味で達己に苦笑を返した。
「あとはどうにかできるから大丈夫よ」
達己は頷きながら壁に背中を預けて座った。視線は段ボールや部屋の中をうろうろしている。落ち着きないのは、初めて入る彼女の部屋だからだろうか。
少しだけ恥ずかしさを感じながら、私は近くにあった自分の鞄を漁る。中から水筒を取り出して、彼に渡す。達己はありがとうと言って受け取った。
「何回も往復するの大変だったでしょ? ごめんね、やってもらっちゃって」
「大丈夫、どうせ近場だし」
達己は笑う。彼の言葉に、私は彼の自宅が大学の近くにあることを思い出した。彼は自宅から大学に通うと言っていた。ここから彼の家までは少し離れているが、歩いて行けない距離でもない。
彼は床に胡坐をかいて、それよりと部屋にぐるりと目をやった。
「おまえは大丈夫なのか? 一人暮らし、はじめてなんだろ?」
普通なら、これは同棲という選択肢が浮上するチャンスだと手放しに喜べただろう。
彼の家は近くにある。それならここからだろうと家からだろうとそんなに大差ないはずだ。なら、そういう流れにもっていかなければ、と。
しかし私は素直に喜べなかった。原因は、私の視界の隅で楽しそうにふよふよしている彼。ニコニコとわざとらしく笑っているAさんだ。
彼ははじめとなにも変わらない笑顔を浮かべているが、もう優しいだなんて形容できない。なんだかんだ一時間はこの表情を保っているのだ。優しいを通り越して、なんか怖い。
彼がいる限り、私が達己との同棲生活をすることはできない。物理的に可能であっても、私にAさんが見えて会話できる限り「ふたりきり」での生活を楽しめない。そんな同棲生活、私は嫌だ。
Aさんから目を逸らして、私は達己の隣に座った。
私、一人暮らしじゃなくなったのよ。心の中で呟きながら、私は「わからないわ」と笑った。
「家族のいない生活なんて初めてだから……この先どうなるか想像もつかない」
尻すぼみに言って、私は今後への不安をにじませた。そんなときの彼はいつも私を励まそうとしてくれる。その励ましのための思考の中に、同棲という言葉が浮かんでくれればいいのだけど。少しだけ期待しながら彼の言葉を待っていると、達己は「そうだな」とだけ返してきた。彼にその発想はなかったらしい。ため息が漏れそうになるのをこらえながら、私は次なる手段に出た。
「もし寂しくなったら……連絡してもいい?」
私は達己を見上げた。優しくていい彼氏の達己は、私が寂しいときにいつも甘やかしてくれる。メールを毎日送っても、突然電話をしても、彼は怒らずに、色々話題を振ったりすぐに返事をくれたりして。寂しがりやな私からしたら、とても素敵な人に出会えた。謙虚っぽくこんなお願いをしたけど、彼からの返事は分かっていた。
「……もちろん」
優しく放たれた予想通りの言葉は、予想に反して時間をおいて返された。
長期休みであることも手伝って、一週間もすると私の部屋は片付いた。そして、一週間もするとAさんとの付き合い方や彼の行動範囲も覚えてきた。
Aさんのお気に入りは窓際だ。片づけを終えた今では特にカーテンのそばの棚の上が気に入っているらしい。霊体のためか棚に直に座れない彼は、その上の空間に胡坐をかいて、私と話したり外を眺めたりしている。体が透けていることと浮いていることを除けば、容姿も態度も完全に人間だ。もとが人間だから当たり前ではあるのだが。
幽霊なんて、この年になるまで見たこともなかった。友人に「私、霊感があるんだよ」と自慢げに語られたことは何度かあったが、幽霊の存在自体信じていなかったからすべてでまかせだと思っていた。それなのに、まさか自分が見る日が来ようとは。全然嬉しくない。
夕食を片付けながらそんなことを思っていると、Aさんは私を見て「どうしたの?」と首を傾げた。中性的な見た目だから、そんな仕草をしても違和感がない。下手したら、私よりもそれが似合う。「なんでもないわ」とため息交じりに答えて茶碗を棚にしまう。
彼はふわっと棚から降りて、小さなちゃぶ台の傍に行った。私は横目にそれをみていたが、どうやらそこに置いてあった私の携帯を見たかったらしい。携帯を開くことはできないから、外身だけを眺めている状態だ。
冷えた手をこすりながら私がそちらにいくと、邪魔をしないようになのか、彼はちゃぶ台から離れる。私が座って携帯を開けば、楽しそうに私の後ろに回った。
「何するの?」
「なんだっていいでしょ。あなたには関係ないんだから」
「えー、まなみちゃん酷い」
頬をふくらます彼を放置して、私は新規メールの作成画面を開いた。あて先はもちろん達己だ。今日はアルバイトが9時に終わる日だから、もうご飯とかも済ませて部屋でゆったりしていることだろう。返事はすぐに来るはずだ。
じゃあ、内容はどうしようか。今日は特に何もなかったけど、なかったからメールしないというわけにはいかない。私は話を聞いてくれる時間じゃなくて、彼とつながっている時間をつくりたいのだから。
「いつ会える?」と本文に打ち込んで、私は送信ボタンをおした。「送信完了しました」の文字を見届けてから床に寝転がる。携帯は握りしめたままだ。そうじゃないと、メールが返ってきたときに気づけないかもしれない。
Aさんは私の傍で体育座りをして見下ろしてきた。呆れているような、悲しそうな、とりあえず喜ばしくないような顔をしている。
「また達己くんにメール? 昨日も夜中までやってなかった?」
私はAさんをキッとにらんだ。親に色々言われたときによく似た気分になった。あたなには関係ないのに、どうしてそんなことを言ってくるの。彼は少したじろいだけど、すぐに言葉を返そうとした。それを遮るように私は口を開く。
「好きな人とずっと話していたいのは、誰だって一緒でしょ」
「それはそうだけど……会えない時間も大切だよ」
「自分の価値観を押し付けないで。私は私の恋をするの」
文句ある?不機嫌さを精一杯こめた声に、彼はため息をついて私から離れた。納得したわけではないらしく、そのあとも心配そうに私を見る。不満なら不満そうな顔をすればいいのに、どうしてそんな顔をするんだ。いまだ機嫌の直らない表情のまま私がそっぽをむくと、彼は小さな声で言った。
「気をつけないと、彼、耐えきれなくなるよ」
そんなことないと反論しようとしたとき、私の携帯が震えた。文面を見れば「今度の土日は大丈夫。それまでは我慢してほしい」と書いてあった。
ほら、彼はすぐに返事をしてくれる。つまり彼も私と会いたいっていうことだ。達己がこの関係に耐えきれなくなるなんてありえない。私は誇らしい気持ちになった。
会ったこともないAさんより、私は達己のことをよく知っているんだから、勝手な推論しないで。
視線に込めた思いを感じたのかどうかはわからないが、Aさんは何も言わずに私に背を向けていつもの棚の上に移動した。それからしばらく、彼は私と口をきかなかった。
続く。




