第8話.ドックファイト
【用語解説】
『投影』アクチュエータから武装まで、必要な装備を空間に実体として映し出す。質量保存の法則を完全無視なチート技。
握りつぶした触手をぶん投げて『風に乗りて歩むもの』に斬撃を放つ。
しかし、剣先の風に押されるように紙一重で躱わされてしまう。
「流石に『風に乗りて歩むもの』の名は伊達じゃないか」
ちょっとした焦りが生んだわずかな隙を突いて鉤爪がせまる。
クロスした両手の剣で受ける。
迫り来る鉤爪とは異なる影を目の片隅に捉える。
『風に乗りて歩むもの』を押しのけるように、風の結界を纏った『はるか』が現れる。
「パーねえ、大丈夫か」
「私たちを忘れてもらっては困ります」
それぞれの言葉で私の安否を気遣う妹たち。
感謝を伝えて距離をとらさせてもらう。
『はるか』は『風に乗りて歩むもの』に迫ろうとするが、いくら直線の速度が出てもやつは捉えられない。
距離を詰めようと突進したところを狙われて真横に潜り込まれる。
「危ない!!」
鉤爪が唸りを上げて『はるか』に振り下ろされる。
咄嗟に『はるか』とやつの間に割り込んで鉤爪を剣で受ける。
だが、追い打ちで放たれたもう一撃は避けきれない。
「くっ」
ざっくりと身体が切り裂かれる感覚が走る。
体内の緊急停止システムが働いて、そこで意識を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
危ない所を助けてくれたパーねえは、やつに深手を負わされて弾き飛ばされた。
「パーねえ!!」
『はるか』の出力を最大限にコントロールし、なんとか弾き飛ばされたパーねえを補足、風の結界でロケット外装に捕まえる。直ぐに手当をするために、エアロックに向かおうとするとアオちゃんに止められる
「大丈夫です。パーねーさまはあれぐらいでは参りません。風の結界で守っていますから、このまま脱出することに専念しましょう」
「でもっ」
「堪えてください。今私たちまでやられてしまったら誰がパーねーさまを助けるのですか」
そうだった。パーねえがやられたからには、私がこの子達を守らなきゃ。
上げかけた腰をシートに押し込んで、推進制御に専念する。
旋回性は流石に負けるが直線を飛ぶだけなら負けはしない。すぐにこいつを振り切って手当するから。
「ちょっと待っててな。パーねえ」
そこから壮絶な鬼ごっこが始まる。いきなり急加速をしたらパーねえを弾き飛ばしかねない。やつの追撃をなんとか交わしながら徐々に加速していく。
「なんとかジグザグに進んで。こっちは一発もらったら終わりだよ」
「分かりました」「roger」
アオちゃんと『かなた』に追撃の予測進路計算と機動制御を任せて、推力制御を行いながら脱出の方策を探る。ここまでの戦闘データから計算すると何とか直線の加速だけならば勝てそうだ。
「10秒加速すればやつを完全に振り切れる」
キャパシタの電力残量を示すコンソールは刻一刻とゼロを示すラインに近づいていくが、構っていられない。10秒間の全力噴射にすべてをかける。
「今から10秒全力噴射をかけるよ。『かなた』サポートをお願い。アオちゃんはパーねえをしっかり押さえつけてて」
「roger」「分かりました」
『かなた』は噴射系のインターロックを全解除、すべての緊急動作をリアルタイムの処理で行うモードに移行、不測の事態に備えてもらう。
後方に急接近したイタカの振るう鉤爪が『はるか』に届こうとしたその一瞬、いきなり出力をMAXにしての全力噴射を開始する。
強力な加速度にシートに押し付けられる。この加速なら...だがレーダーに現れるやつとの距離が離れない!!
「くっそー」
更に限界まで加速するが、こちらが加速すればしただけ、やつも加速する....そして10秒間の全力噴射をしたあとも、やつとの距離は変わらなかった。
「しまった。遊ばれてたか....」
ほぞを噛むが、エネルギー残量もゼロ、打つ手なしだ。
「ごめん、のどかちゃん。もう会えない」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気づくと、ロケットの外装に取り付いていた。
落ちないように優しく暖かい結界がはられている。どうやら一撃で自壊する程のダメージはなかったらしく、やられたところは自動補修が効いて戦闘に不具合がない程度には回復している。
どうやら私が気を失っている間、逃げの一手を決めていたらしい。
多分、アオちゃんの判断だろう。アカも頑張っているがエネルギーが尽きそうなことは手に取るように判る。
後ろには『風に乗りて歩むもの』が結構な勢いで迫っている。
どうやら妹たちを随分といじめてくれたらしい( ̄□ ̄#)
という訳で、そろそろ反撃と行こうかっ。
「ふっかつぅぅぅぅ」
ゼロになりかけていたキャパシターに全力で電力を送る。キャパシターの耐圧を超て火を吹くが構わずにその上から『投影』でキャパシタの構造も書き換えてしまう。
改造途中で、更にメルトダウン、さらに上書きして改造、更にメルトダウン...というループを繰り返して超高耐圧スーパーキャパシタが現れる。
「まだまだまだぁぁぁぁ」
さらに『はるか』の外装にありとあらゆる方向にブースターと機銃を無造作に投影、ついでに、船首に『風に乗りて歩むもの』をぶっ飛ばせる46センチ砲を投影する。
「痛いのは一瞬だからね。姉を許してね」と断りを入れ、『かなた』にハッキングを開始。
「aaaaaaa...ぁぁぁぁぁあああああ。あ、あれ?」
システムに介入して数年分のAI学習を一気に済ませる。いきなり自我が目覚めた『かなた』は身じろぎするようにロケット外装に展開された武装をもぞもぞさせる。
「子供の遊び道具にしては、かなり危険だけどね。上手に使いなさい」
「パーねえ大丈夫なの?」「今のうちに中に入ってください」
アカ・アオコンビから通信が入る。
「大丈夫にきまってるじゃない。私を誰だと思っているの」
とりあえず姉の威厳を見せつけるため少し尊大な物言いをする。後でいいこいい子してあげるからね~
「では、改めて突ッ撃ィ!!」
「はっはいっ」×3
それまでとは次元の違う急加速、迫る風の力場を機銃で吹き散らし『風に乗りて歩むもの』に迫る、急旋回で後ろを取ろうとするやつを急旋回で交わして正面に捉える。
「撃てっ!!」
全機銃が『風に乗りて歩むもの』を捉えて火を吹く、奴はそれを迎撃すべく周辺の星屑をこちらに向けて打ち出す。壮絶な撃ち合いが始まる。
「主砲撃つよ。結界でサポートお願い!」
「はいっ」×2
アカとアオが炎と風の力場を主砲内に展開。私の投影した砲弾を包むように炎と風の力場が形成される。
「まっすぐ突撃ぃぃ!!」
『はるか』の全機銃を一点集中で打ち込んで無理やり『風に乗りて歩むもの』のガードをこじ開けて突撃する。肉薄したこちらに待ち構えていたように振り下ろされた鉤爪が迫る。
「と見せかけて、右に避ける!!」
シュンという擦過音を残して鉤爪を紙一重で躱した『かなた』の前に『風に乗りて歩むもの』の顔面が現れる。
「主砲、撃てぇぇぇぇ」
強大な電力をローレンツ力に変え、さらに風と炎の結界で強化された砲弾は一気に加速して、やつの顔面を捉えあらゆる物理障壁を無効にする超破壊力を撒き散らす。
さらに、体勢を整えさせる隙を与えないよう次々に砲弾を叩き込み続ける。
「オラ、オラ、オラ、オラ」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
破裂した砲弾で周辺が見えなくなるまで続くラッシュ。
通常の物体ならば存在を許されない超破壊力を受けた『風に乗りて歩むもの』を後方まで吹き飛ばしている。
しかし・・・・・・
「なんで・・・」
妹たちの絶望の声が聞こえる。後方に下がったとはいえ、全く無傷の邪神の姿。
『にやっ』と笑ったようにも見えるふてぶてしい顔。
「まぁ、あれも神だからね。今の私たちでは吹き飛ばすのが精一杯みたいね」
実は、私も少しは手傷を負わせたかと思ったけど、そうは行かなかったみたいだ。
流石にメジャー級。
でも、私の狙いは撃破じゃないのよね。
「後は任せたわよ『千の異なる顕現』!!」
ぎしっっ
いきなり、イタカの後方の空間に大量のデータが流れ込み空間の容量がオーバーする。
軋みつつ崩壊した空間の隙間から黒い腕が現れ、『風に乗りて歩むもの』を引っ捕まえたと思ったら、崩壊した空間に引きずり込もうとする。
泡をくった『風に乗りて歩むもの』が逃げようとするが、その力の差は歴然としていた。
とうとう空間に引きずりこまれ、2柱の神はそのままいずこかへと消えた。
後には真空の宇宙空間だけ残った。
風の邪神との戦闘に辛くも勝ち残った彼女たちだが、手元に残ったのはパー子によって魔改造された『かなた』のみ。
アンサリ・ゼットプライズとの契約は果たして履行できるのか?
次回「コロンビヤード砲外伝 帰還」




