弟は天使。むしろ神
「残業ですか?大変ですね。お互い」
「あ、はい。営業部も残業ですか?」
「えぇ。参っちゃいますよね」
「すみません。各商品の成分表の一覧とかまだ終わってなくて」
「大丈夫ですよ。僕もまだアンケート集計の途中ですから」
「今日中には必ず終わらせるんで」
「そんな気負わなくても大丈夫ですよ。と、言いたいですけど状況が状況ですからね。必要なら営業部から人を出しましょうか?」
「いえ。開発部は色々と面倒な書類が多いですから。でも、お気持ちはありがたいです」
「いえいえ。お互い様ですよ」
リサの言う通り、気さくな感じの人だな。
名前思い出せないのが申し訳ないくらい。
なんだっけ?
なんとか木さんだった気がするんだけど。
「天宮さんは一人なんですか?」
「はい。他のメンバーは家庭あったりで……あれ?名乗りましたっけ?私」
「社内報で見まして。『天宮』と書いて『てんぐう』さん、って珍しいですから」
「あぁ。よく言われます」
そういう事か。
昔からホントよく言われるんだよね。
『あまみやさん』なんて呼び間違い、しょっちゅうだし。
でも、そのおかげですぐ覚えてもらえるのも本当だし。
あっちが名前知ってるのに、こっちは知らないとか失礼だよね。
なんか社内だと有名人みたいだし。
えぇと……となんとか木……あれ?
なんとか伊だっけ?
サライ?
いやいや桜吹雪じゃない関係ない。
今は感動シーンじゃない。
えっと……。
「あ、僕、櫻木です。櫻木新、っていいます」
「あ、ご丁寧にどうも。櫻木さん」
惜しい。
惜しくないけどなんか惜しかった。
でもそっちから名乗ってくれて良かった。
名乗られたら名乗り返さないのは失礼だよね。
「改めまして、天宮今日子です。開発部のリーダーをしています」
「凄いですね。まだお若いのに、うちの開発部でリーダーなんて」
「いえそんな。もう三十路間近の27ですし、リーダーなんて言っても他の人より雑用多いくらいで。そういう櫻木さんの方が凄いんじゃないですか?色々と噂は聞きますよ」
「あはは。皆さんが大袈裟なんですよ。僕なんてただの社員Aです。異動してきたばかりですし、まだまだ新参者ですからね」
うわぁ。
謙虚さも持ち合わせてるとか……出来杉君だね。
社交的で会話も嫌味じゃない、将来有望なイケメンさんかぁ。
これはリサが狙うのも無理ないかも。
むしろ狙ってるのは、リサだけじゃないかもなぁ。
「金曜日に残業なんて、天宮さんは予定大丈夫ですか?営業部は『今日のデートがキャンセルになった』とか『明日奥さんと子供と朝早くから出掛けるのに』とか、そんな話題ばかりですよ」
「そういう人達には、いきなりの金曜残業はキツイですよねぇ。私なんて何年も彼氏いないですし、家に帰ったら弟の………………はぁ~」
「???どうしました?」
「いえ。本当なら今頃、いつもみたいに弟に晩御飯作ってたのになぁ、って」
「天宮さんが晩御飯担当なんですか?」
「担当というか……うちって両親が仕事柄、不在の時が多いんですよ。だから基本、高校生の弟と二人暮らしみたいなもんで」
「そういう事でしたか。弟さんってことは……天宮さんは、三人兄弟なんですね」
「はい。兄はもう結婚して家を出てますけど」
「都会だと、そういうのも珍しくないんですね。僕は地方の生まれですから、地元じゃ長男が婿入りとか家を出るとか、よく思わない反対派が多いんですよ。僕も一人っ子ですしね」
「今時そういうのも、どうかと思いますけどね」
「そうですね」
櫻木さんが苦笑する。
その時だった。
ピコン。
私のスマホからLINE通知音。
ポケットからスマホを取り出すと、前から写真が送られてきていた。
LINEを開くと、そこには美味しそうな野菜炒めの中心に目玉焼きがのった丼と、お味噌汁の写真。
ピコン。
続けてきたLINEには--
『冷蔵庫にあるので適当に晩飯二人分作っといたよ。それと帰りに特売で50円になってた苺のシュークリームも2個買ってきたから。早く帰ってきて一緒に食べよ』
その文字を見た瞬間、私は片手で両目を抑えて天を仰ぎ、スゥーーーー、と息を吐いた。
「え?て、天宮さん?どうしたんですか?具合悪くなりました?」
「いえ、なんか感極まっちゃって」
私の感動の仕草は、櫻木さんから見たら、ただの奇行だ。
心配されるのも当然だ。
でも大丈夫です。
むしろ今、この瞬間に、全てが大丈夫になったんです。
カップラーメンでもレトルトでもない。
ちゃんと手作りで、ご飯作って……しかも私の分まで作ってくれて、更にデザートまで準備してくれた弟。
これが感動せずにいられるだろうか。
ピコン。
更に『まかせろ!』と親指を立てたキャラクターのスタンプまで。
あ、ダメだ。
涙出そう。
「ちょっと弟から感動LINEがきまして」
「あぁ。さっき話してた弟さんですか。仲が良いんですね」
「はい。自慢の弟です。天使です。むしろ今は神なんです」
「ははっ。それは凄い。素敵な弟さんなんですね。……では、僕はお先に」
「は~い。お疲れ様で~す」
櫻木さんは丁寧に声を掛けてから喫煙所を出たけど、私は視線をスマホから一切動かさなかった。
失礼かもだけど、まぁ櫻木さんはいい人っぽいし大丈夫だろう。
そういえば……なんで櫻木さん、お兄ちゃんのこと知ってたんだろ?
多分、リサがバカでかい声で『会社で兄貴の嫁いびりしないでよ、ブラコン』とか『私に厳しくするより小姑らしく嫁にも厳しくしなさいよ!』とか菜々ちゃんと私に向かって言ってるからだな。
うん。
月曜ちょっとリサと話をしよう。
ガチ説教モードになりそうだけど、マジで一度話さないとダメだこれ。
私は『責任者様』って、リサが言ったんだもんね?
それなら……部下に厳し~く説教するのは上司の大事な大事な、お仕事だもんね。
とりあえず早く残業終わらせて、可愛い天使のような弟の前神様が待つ我が家に早く帰ろう。
前!
お姉ちゃん、残業頑張るからね!!




