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第1話 開発長、式典前夜に死ぬ

 明日、私は歴史に名を刻む。


 そう考えるだけで、胸の奥が熱くなった。


 理知帝国が最後に欠いていたもの。


 それは武力だ。


 もちろん、帝国にも兵はいる。魔法使いもいる。戦えない国ではない。


 だが、剣を振り回し、城壁を壊し、血を流して国を奪うなど、あまりにも愚かだ。


 理知帝国はそんな野蛮なやり方をしない。


 水を引く。


 道を敷く。


 通信を握る。


 金を貸す。


 相手国が便利だと喜んでいる間に、規格を帝国のものへ置き換える。


 井戸を使うにも、橋を渡るにも、荷を運ぶにも、書類を送るにも、帝国の技術と金が必要になる。


 気づいた時には、相手国の命脈は帝国規格に組み込まれている。


 王は残る。


 旗も残る。


 民も、自分たちの国が続いていると思っている。


 だが、水も物流も通信も、帝国の許可なしには動かない。


 それは、支配と何が違うのか。


 すでにいくつかの国は、そうして帝国の手の中にある。


 もっとも、すべてが上手くいっているわけではない。


 剣を捨てない国もある。


 魔物との境界で鍛え上げられた肉体を誇る国もある。


 帝国規格を便利だと認めながらも、最後の部分だけは力で拒む国もある。


 そういう相手には、理知だけでは足りない。


 便利さで絡め取り、契約で縛り、金で締め上げても、最後に拳で扉を叩き壊してくる相手がいる。


 だから帝国には、最後の武力が必要だった。


 そして、それを埋めるのが私の生み出した魔法銃だ。


 魔法は強力だ。


 だが、個人差がある。


 発動には集中がいる。


 術式を組む知識もいる。


 戦場で安定して放つには訓練もいる。


 優秀な魔法使いを一人育てるには、時間も金もかかる。


 ならば、魔法を道具に込めればいい。


 術式を装填し、魔力を流し、引き金一つで一定の魔法を放つ。


 誰でも同じ威力を出せるわけではない。


 連射の安定性。


 魔力効率。


 銃身の耐久性。


 術式媒体の劣化。


 課題はまだある。


 だが、試作品は動いた。


 上層部の前で、動いてみせた。


 訓練を受けていない兵士が、引き金を引くだけで魔法を放つ。


 その光景を見た瞬間の、あの静寂。


 そして遅れて起こったざわめき。


 あれは忘れられない。


 私の発想は正しかった。


 私の努力は報われた。


 そして明日の式典で、それは帝国の成果として公に示される。


 その時、私の地位も確立される。


 家柄の弱さなど、もはや問題ではなくなる。


 魔法銃開発長。


 その肩書きは、ただの役職ではない。


 帝国の未来を形にした者の名だ。


 私は書類に目を落とした。


 最終確認は終わっている。


 式典で使う試作品の調整も済んだ。


 運搬経路、警備、発表手順。


 すべて確認した。


 それでも、私は椅子から立てずにいた。


 終わった。


 ようやくここまで来た。


 あとは明日を迎えるだけ。


 そう思うと、指先がわずかに震えた。


 疲れか。


 いや、違う。


 高揚だ。


 私は成功する。


 明日、私は歴史に名を刻む。


 その夜、呼び出しがあった。


 相手の名を聞いた瞬間、私はすぐに外套を取った。


 私をここまで引き上げてくださった方だ。


 実力がある。


 それだけで道が開けるほど、理知帝国は甘くない。


 少なくとも、私はそういう家に生まれていない。


 家柄は悪くない。


 だが、良くもない。


 上へ行くには足りない。


 本来なら、私の魔法銃はどこかの研究室の片隅で潰されていたかもしれない。


 発想だけを奪われたかもしれない。


 試作品を作る予算すら得られず、書類の山に埋もれて消えていたかもしれない。


 だが、私は運が良かった。


 帝国で力を持つ人物の目に留まった。


 その方が、私に道を与えてくれた。


 人員。


 資材。


 実験場所。


 上層部への橋渡し。


 それらがなければ、魔法銃はここまで来なかった。


 もちろん、作ったのは私だ。


 術式を組み、構造を整え、問題を一つずつ潰したのは私だ。


 だが、機会を与えられなければ、成果は形にならない。


 そのことを私は知っている。


 だから呼び出しに応じない理由はなかった。


 案内された部屋は、静かだった。


 重い扉。


 磨かれた床。


 壁には余計な装飾が少なく、しかし一つ一つが高価だとわかる。


 こういう部屋に入るたび、私は自分の出自を思い出す。


 この場に当然のように立つ者と、努力でここまで這い上がってきた者。


 その差を。


 だが、明日には変わる。


 私は自分にそう言い聞かせ、姿勢を正した。


「よく来てくれたね」


 穏やかな声だった。


 その方は笑っていた。


 柔らかく、余裕があり、こちらの緊張をほどくような声。


「いよいよ明日だ。ここまでよくやってくれた」


「もったいないお言葉です」


 私は頭を下げた。


 本心だった。


 労いの言葉を受けるには、まだ早い気もした。


 明日の式典が終わって初めて、すべてが確定する。


 だが、それでも胸が熱くなるのを止められなかった。


「君は成功者だ」


 その方は言った。


「だからこそ、妬まれている」


 私は顔を上げた。


 その言葉は、あまりにも自然に胸へ落ちた。


 妬み。


 それは何度も感じてきた。


 実力ある者が見出されることは、帝国でもある。


 だが、私ほど急に上がる者はそう多くない。


 家柄も派閥も十分ではない男が、国家の未来を左右する発明を生み、上層部の前で成果を示した。


 それを快く思わない者がいるのは当然だ。


 露骨な妨害もあった。


 必要な資材が遅れた。


 実験室の予約が突然消えた。


 報告書が別の部署で止められた。


 試作品の失敗だけが大きく取り上げられた。


 命を狙われる可能性も、ないとは言えない。


 今の私はまだ立場が弱い。


 功績は大きいが、正式に守られるほど確立していない。


 だから明日の式典が重要なのだ。


「明日が終われば、君の立場は変わる」


「はい」


「だからこそ、今夜が一番危うい。気を緩めてはいけない」


 私は深く頷いた。


 その通りだ。


 明日を迎える前に潰そうと考える者がいてもおかしくない。


 むしろ、狙うなら今夜だ。


「とはいえ、固くなりすぎてもいけない」


 その方は軽く手を上げた。


 控えていた者が酒瓶と杯を用意する。


 透き通った酒が、燭台の光を受けて淡く輝いていた。


「祝杯だ。もちろん、飲みすぎる必要はない。明日に差し支えては困るからね」


「恐縮です」


「君の成果に」


 その方が、直々に杯へ酒を注いでくださった。


 私は一瞬、恐縮しすぎて手が遅れた。


 この方が、自分で。


 私の杯へ。


 それだけで、明日の式典より先に報われたような錯覚すらあった。


「ありがとうございます」


 私は杯を受け取った。


 その方も自分の杯に酒を注がせる。


 同じ瓶。


 同じ酒。


 相手も杯を持ち、軽く掲げた。


「明日の成功を」


「明日の成功を」


 杯を口へ運ぶ。


 疑いはなかった。


 あるはずがなかった。


 同じ酒を相手も飲んでいる。


 そもそも、この方を疑う理由がない。


 私を引き上げてくれた人だ。


 私の成果を守ってくれた人だ。


 明日、私を正式な地位へ押し上げてくれる人だ。


 私は酒を口に含んだ。


 香りが広がる。


 強い。


 だが、品がある。


 喉を通ると、熱が落ちていく。


 高い酒とは、こういうものか。


 今まで飲んできた酒とは違う。


 そう思った。


 思ったのは、一瞬だった。


 喉の奥から、別の熱がこみ上げた。


 胃が捻れる。


 胸の内側が泡立つようにざわめく。


「……っ?」


 何だ。


 体の中が、かき乱される。


 手から杯が滑り落ちた。


 床に酒が広がる。


 私は立っていようとした。


 だが、膝に力が入らない。


 視界が傾く。


 倒れる。


 まずい。


 魔力を練れ。


 解毒の術式。


 循環制御。


 内臓保護。


 何でもいい。


 魔力を――。


 集まらない。


 体内の魔力が泡立つように乱れている。


 いつもなら指先へ流せるはずの魔力が、内側で散って、術式の形を保てない。


 頭の中で式を組もうとしても、輪郭が崩れる。


 線が歪む。


 構造が維持できない。


 毒か。


 今さら、ようやく理解した。


 同じ酒を飲んだはずの相手は、倒れていない。


 その方は、静かに私を見下ろしていた。


 顔には、変わらず穏やかな笑みがある。


「本当に、よくやってくれた」


 労いの言葉だった。


 声だけを聞けば、先ほどと何も変わらない。


 悪意すら感じない。


 柔らかく、優しく、こちらを気遣うような響き。


 私は床に倒れたまま、その声を聞いていた。


 体が動かない。


 喉が焼ける。


 声が出ない。


 何だ。


 私は、この声に騙されたのか。


「明日の式典には、私が立とう」


 その方は言った。


「君の功績は、記録に残しておいてあげよう」


 記録。


 私の功績。


 残しておいてあげる。


 違う。


 それは私のものだ。


 魔法銃は、私が作った。


 私が考えた。


 私が形にした。


 私は口を動かそうとした。


 声は出なかった。


「本来であれば、片隅で消えていったはずの命だ」


 その方は、少しだけ首を傾けた。


「君にはそれで十分すぎる報酬だろう」


 十分。


 報酬。


 体の奥で何かが煮える。


 怒りだ。


 だが、その怒りを動きに変える力がない。


「他にも、同じように声をかけた駒はいる」


 駒。


「だが、君ほど成果を出した者はいなかったよ。そこは本当に評価している」


 評価。


 やめろ。


 その声で私を評価するな。


「事情を知らずに死んでもらうこともできた」


 その方は穏やかに続ける。


「だが、それでは報われないだろう? だからせめて教えておいてあげようと思ってね。親切心さ」


 親切。


 どこまでも自然な声だった。


 自分が残酷なことをしているという意識すらないように聞こえた。


 あるいは、本当にそうなのかもしれない。


 この人にとって、私は最初から人間ではなかった。


 拾い上げた才能。


 使える駒。


 成果を出した道具。


 だから壊す時に、少しだけ説明してやる。


 その程度の親切。


「そういえば」


 その方はふと思い出したように言った。


「君の名は……いや、すまない」


 私は目を見開いた。


「最近は目をかける者が多くてね。この世を去る前に教えてくれないかい?」


 名。


 私の名。


 この男は。


 私を引き上げた男は。


 私の功績を奪おうとしている男は。


 私の名すら、覚えていない。


 喉を動かす。


 声を出そうとする。


 出ない。


 魔力も動かない。


 指一本、まともに動かせない。


「ああ、もう声も出ないか」


 その方は困ったように眉を下げた。


「困ったな。名を確認できなければ、記録にも残しようがない」


 ふざけるな。


 私はここにいる。


 私は作った。


 私は。


「……まあ、成果の方は私が責任を持って残しておくよ」


 視界が暗くなる。


 燭台の光がにじむ。


 床の冷たさが遠のく。


 呼吸が浅い。


 心臓の音が乱れている。


 疑うべきだった。


 備えるべきだった。


 自分の成果が大きいとわかっていたなら、それを奪おうとする者がいることくらい考えるべきだった。


 妬まれているとわかっていた。


 命を狙われる可能性があるとわかっていた。


 それなのに、私は一番近くにいた毒を疑わなかった。


 頭だけでは足りなかった。


 魔法だけでも足りなかった。


 術式を組めても、魔力を練れても、それを封じられれば何もできない。


 成果を出しても、地位がなければ奪われる。


 地位を得る直前でも、力がなければ踏みにじられる。


 奪われないだけの力が必要だった。


 誰にも黙らされない力。


 毒を飲まされても倒れない力。


 裏切りごと、正面から叩き潰せる力。


 そんなものを、私は持っていなかった。


 最後に見えたのは、私を見下ろす穏やかな笑みだった。


 明日、歴史に名を刻むはずだった。


 だが、私の名は、誰にも呼ばれないまま闇に沈んだ。


本作はカクヨムで掲載中の作品を、小説家になろうにも転載していくものです。

カクヨム版が先行公開となりますので、先の話まで読みたい方はカクヨム版もご覧ください。

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