第十九話「三年分の朝」②
最初の戦場は、夜だった。
王国の北東に延びる街道の要所、グレンダという砦の近くだった。敵軍の先鋒が街道を封鎖しようとしていて、騎士団の一隊がそれを阻止しようと動いた。が、暗闇の中での奇襲を受けて隊が乱れた。混乱の中に、ジャンヌが到着した。
空が、焦げていた。
松明と火矢が飛び交い、遠くから怒鳴り声と金属の音が届いていた。戦場というものを、初めて、全身で感じた夜だった。夜久はジャンヌの語りを聞きながら、瓦礫を運びながら、その夜の空気を想像した。
音が、怖かった、とジャンヌは言った。
人の声が途中から変わる瞬間が怖かった。叫び声が悲鳴になる、その一瞬の変わり方が。それが何を意味するかを体が先に理解して、脳がまだ処理していないうちに、胃が縮んだ。
騎士団の副将に「ご安全な場所に」と言われた。聖女様が無事でいることが、兵たちの支えになります、と。
頷こうとした。
でも声が言った。「前に出よ」と。
足が一瞬、地面に吸い付いた。心臓が耳の中で鳴っていた。聖剣の柄を握った手が、冷たかった。逃げ出したかった。リーフェル村に帰りたかった。リナのいる、石畳の、あの村に。
それでも、出た。
聖女が前に出た、という事実が、後退しかけた兵たちの目に何かを点した。言葉は何も言わなかった。ただ前に出た。白銀の鎧が夜の松明の光を受けて橙に輝き、それだけで、崩れかけていた隊の足が止まった。止まって、向き直った。
戦いはそれから半刻で終わった。
終わってから、ジャンヌは一人になれる場所を探して、木の陰で膝をついた。声が出なかった。震えが止まらなかった。戦場で死ぬかもしれないという恐怖ではなかった——自分の近くで倒れた、名前も知らない兵士が最後に出した音が、まだ耳の底に残っていた。
神に選ばれた者が、こんなに震えていていいのか、と思った。
声が言った。「恐れる者だけが、勇気を持てる」と。
ジャンヌはその言葉を信じることにした。信じなければ、立てなかったから。
「あの夜は、恥ずかしいくらい怖かったんです」
ジャンヌは話しながら木材を運んでいた。その声は静かだった。感情を抑えているというより、あのときの恐怖がすでに過去のものとして腹に落ちている、そういう静けさだった。
夜久は黙って次の瓦礫に手をかけた。否定しなかった。ただ、聞いていた。




