第八話「ただいま」⑤
宿酒場「ラズベリ」に明かりが灯った。
女主人が腕まくりをして厨房に入り、テーブルが外まで運び出された。誰かが酒樽を転がしてきた。誰かがパンを焼き始めた。子どもたちが走り回って、老人たちが椅子を並べた。気づけば村人のほとんどがラズベリの前に集まっていて、笑い声と話し声が石畳の上に広がっていた。
大した宴ではなかった。料理も酒も、あり合わせのものだった。
でもその場にいる全員の顔に、本物の安堵と喜びがあった。
作られたものではない、今夜だけの温かさだった。
夜久はラズベリの入り口近くに座って、村人たちの様子を眺めていた。
リナが母親の隣を離れなかった。ずっと手を繋いだまま、母親の服の裾を握ったまま、それでも顔は笑っていた。さっきまで泣いていた子どもとは別人のような笑顔だった。
ゼータはテーブルの隅に座って、杯を両手で持ったまま、村人たちの様子を静かに見ていた。
その表情は読めなかった。でも席を立とうとはしなかった。
蒼依が夜久の隣にそっと座った。しばらく何も言わなかった。村人たちの笑い声を聞きながら、二人でラズベリの前の賑わいを眺めていた。
「お疲れ様」
と蒼依は言った。静かな声だった。さっきの安堵でも涙でもない、ただ真っすぐな声だった。
夜久は答えなかった。
でも、自分の杯を持ち上げた。今度は、少しだけ飲んだ。
遠くで誰かが歌い始めた。知らない歌だった。でも、悪くなかった。




