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第七話「影桜」③

 斧が、空気を裂いた。


 大振りの横薙ぎだった。素人の振りではない。

 重心の乗った、慣れた動きだった。夜久は半歩横に動いて、刃をかわした。

 風圧が頬を掠めた。男が体勢を崩したところへ踏み込んで、手刀を首の後ろに打ち込もうとした。

 だが男は思ったより素早く体を立て直し、斧の柄で夜久の腕を払った。


 痺れが走った。


 続けて、別の方向から足音が来た。棍棒の男だ。さらに望楼から下りてきたのか、三人目の足音が砦の奥から近づいてくる。


 三人。全員武器持ち。体格もいい。

 素手では捌き切れない。


 夜久は一瞬で判断した。

 右手が、影桜の柄に触れた。


 これまで何度か触れてきた柄の感触が、今夜は違った。


 吸い付くような感触だった。

 まるで最初から、この手のために作られていたような。


 抜く。


 鯉口を切った瞬間、空気が変わった気がした。

 温度ではない。重さでもない。もっと根本的な何かが。

 まるで世界がこの一点に、息を詰めているような——


 鞘走りの音が、夜の砦に静かに響いた。

 刀身が、現れた。

 漆黒だった。


 松明の明かりを受けているのに、光を返さなかった。

 鋼が持つはずの輝きがない。反射がない。光を吸い込むような、あるいは光そのものを拒絶するような黒。

 刃紋も、地鉄の模様も、見えない。

 ただ、圧倒的な「在る」という感覚だけがそこにあった。


 月村家に代々伝わる刀。名を影桜かげざくらという。


 三人の男が、足を止めた。

 誰も動かなかった。動けなかったのかもしれない。

 見慣れない形の武器、という以上の何かを、その場にいる全員が感じ取っていた。


 松明の炎だけが、揺れ続けていた。


 夜久は切っ先を正面に向けたまま、静かに構えた。

 斬るつもりはなかった。だが退くつもりもなかった。

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