親父のコミュ障具合がヤバくて生きるのが辛いです・・・
2044年。
日は六月七日。
日本の山奥。
まだじめっとした空気が村を覆う六月の雨の日。
雨粒に濡れた田畑を左右に見渡しながら、薄暗さの残る朝の通学路を歩く一人の青年がいた。
「ぬぁああああ、疲れたもぉおお」
阿多野夕。
この村に住む高校生。
ぼさぼさの髪と制服の袖は傘の骨組みから滴る雨粒に濡れ、手には鞄を持って気だるげな表情を覗かせていた。
「ホント疲れたなぁ今日も」
「疲れた……」
「―――うん、今日も定型文だな俺達」
その傍には、一回り小さな傘をさす少年が一人。
体型は夕よりも二まわり小さく、まるで小学生のような身長差を見上げながら、少年は無表情を傘越しに覗かせる。
「でも、兄ちゃんとの話は楽しい……」
「さよか。今日のテストどうだった勇?」
「ん……よかった」
「見せてみ」
「やだ……」
そう言って一回り小さな傘の下へと顔を突っ込む青年、夕から、勇はムスッと口を尖らせて顔を背ける。
「―――あんまりよくないし」
「どっちだよ」
「どっちも……」
「兄ちゃんは信用できないってか?」
「そんなつもりはないけど……」
「可愛いもんだ」
苦笑いを零しつつ、夕は俯いて柔らかな頬を膨らませる弟、勇の髪をクシャクシャと乱暴に撫でた。
勇はというと、恥ずかしそうに顔を背けて、辺りに広がる田んぼ景色を見つめる。
「僕男だし……」
「可愛いいさ。俺の弟だぞ?」
「……クローン体だし。兄ちゃんの方がよっぽど完璧だよ」
照れくさそうに顔をしかめる勇に、夕はため息交じりに肩をすぼめると勇の肩越しに同じ字景色を覗き込んだ。
雨に濡れた灰色の田んぼ。
山は連なって遠くに見え、アスファルトの道路が十字にいくつも伸びて、田畑を区切る。
道路の切れ目で鈍く光る信号の赤。
ザァアアア……
聞こえるのは雨音と、時折ハウリングする車の走行音。
青々と稲穂が田畑にビッシリと辺りに広がり、二人が歩く道の向こうには田畑と山に囲まれた集落が見えた。
雨に濡れて、霞んでいるが、その奥に二人の家が見える―――
「ねえ兄ちゃん」
「ん?」
少年の肩越しに見ていた夕は、目を見開いて上体を起こした。
そこには小さな傘を下ろし、夕の差す傘の下に入る弟の姿があり、兄は不思議そうに目を細めて首をひねった。
「どしたよ?」
「兄ちゃんって―――好きな人いる?」
「いるお」
「―――まじ?」
「まじ」
ニィと牙を覗かせほくそ笑む兄の表情に、弟はムッと目を細めて唇を尖らせる。
「―――嘘だ」
「なんでそう思うよ」
「だって笑ってるもんッ」
「にひひっ」
ムッとした表情でしがみつく弟の頭を撫でつつ、夕は怖々と首をすぼめ目を逸らした。
そうしてアスファルトの道の向こうに、村の集落を見つつ、夕はムスッとする勇の背中を押す。
「ぐだぐだ言ってないで帰るぞ」
「ま、待ってよ、兄ちゃんっ」
「おうよ」
戸惑う弟を押し、夕は雨降りしきる道を歩く。
そうしていがみ合う二人が歩くアスファルトの道路は雨の中、川を挟んで並ぶ村の集落へと伸びていた。
新しく建てられた一戸建ての家が多く、中には二十階建てのマンションなどもあった。
背後には山の斜面が広がり、そこには横に広く建てられた白い壁の建物がいくつも並んでいた。
―――オルティス遺伝子研究施設。
現在日本の農産業の約九割の占有率を閉めるオルテス・バイオテックカンパニーの樋之継手村研究施設だった。
現在の農業は、種の品種改良、農地改良など技術的部分はすべてこのOBT社が行い、農作業は人手不足の人間に変わって、OBT社製のロボットが全行程の殆どを行っているのが現状である。
故に現在では、田畑に人は立っておらず、農業の大部分がロボット、及び企業が取り仕切っているのである。
故にこの村で農業をおこなう物はおらず、農地を持つものは農業行使権所有者として村の田畑を監視するのみである。
もっともその権利者の殆どがOBT社の社員なのだが―――
「ただいまッ」
「ただいま……」
新築の家々が立ち並ぶ村の集落の一角。
二人は家に入るなり、傘を傘立てに置くと、そう言って土間を上がって家のリビングに入った。
「帰ったか。二人とも……」
「おや、お帰りなさい。夕君、それに弟君も」
「……」
リビングの中、そこには二人、テーブルをはさんで座っていた。
一人は阿多野健二。
ぼさぼさの髪に、伸びきった長い髭。
よれよれの私服を着込み、手には仕事の書類を持ち、またテーブルにはメガネとパソコンが二台並べられていた。
「どうでしたか? 今日の学校は」
ニッコリと笑う男に、むっと顔をしかめる勇。
その向かいに座るのは黒服のスーツを着込んだ男は、同じくパソコンを一台テーブルに並べながら怖々と首をすぼめた。
「―――兄ちゃん。僕部屋に戻る」
サングラスの奥に男は複雑な表情と共に、踵を返す弟を視線で追いかつつ、苦笑いを口から零した。
「はは、嫌われていますねぇ……」
「ふん、多感―――な時期だからな」
げんなりとした様相と共に、父親はパソコンに手を伸ばしつつ、ぽつんと立ちつくす夕を横目に呻く。
「俺はまだ仕事中だから部屋に戻りなさい」
「ったく―――親父」
「なんだ。ボンクラ」
「今日の勇のテストの点数、知ってるか?」
「ああ。学校からデータが送られてきている。お前のクッソ悪い点数もな」
「褒めてやれよ」
「いや」
「――――死んじまえバァカ」
肩をすくめるままに、夕は目を背けると、肩越しに手を振りつつ、弟を追いかけリビングを後にした。
その背中をチラリと見つめながら、健二はスゥと目を細めて呻く。
「バカが。死んだら誰がクソのお前を養うんだか」
「大人げない……」
フンッと鼻を鳴らす健二に呆れた調子で黒服の男は首をすぼめると、手に持った資料を彼に手渡した。
その資料を覗き込んで、人相の悪い表情をしかめて父親が一言。
「―――良好だな」
「ええ。フィジカルデータも申し分ないですし、ホルモンバランスも十分です」
「後は成果を待つばかりだ」
「食事はとってます?」
「それが少し問題でな……薬を混ぜて女性ホルモン分泌を促しているんだが」
「察しているんでしょうね、弟君は」
「嫁の飯が不味いだけだよ」
「それ、彼女の前で言えます?」
「二年も家に帰ってこない人間にいくら毒吐こうと興味はない」
ため息交じりに肩をすぼめつつ、健二はカタカタと二台のパソコンを両手を操作しつつ、黒服の男を睨みつける。
「――――最近、またあの連中が出てきたそうだな」
「ええ。うるさい事ですが」
「追い返したと思ったら全く……」
「どうします?」
「私が出るさ……二人はなんとしても護らんとな」
「親心ですか?」
「気持ち悪い。次喋ったら殺すぞ」
唾棄せんばかりに顔をしかめつつ、健二は顔を背けつつ、クスクスと笑う黒服の男を横目ににらみつけた。
「OBT本社はなんと?」
「現状維持だと」
「あんな状態で本社が動いているとは思えんがな……とりあえず好きにはさせてもらう」
「報告はしますよ?」
「勝手にしろばぁか」
「給料査定に響くのに……」
「滑稽だってほざいているんだよ。日本の今の状況も知らずにこのポンコツロボットは」
鼻を鳴らしそう告げ、再びパソコンにのめり込むように打ち込む健二を見つめ、黒服は肩をすぼめた。
そしてずれるサングラスを持ち上げ、席を立つと彼は健二に告げる。
「ではその生体ロボット用に後日、研究所から装備を送達させていただきますね」
「【暗き者】は蘇りつつある。さっさとしろよ。勇には期待しているんだ」
「わかっていますよ」
「じゃあ帰れ」
「じゃあ、今日は報告だけという事で」
「いいから帰れ帰れ」
フンッと鼻を鳴らして顔を伏せたままパソコンにのめり込む健二に黒服の男は小さく頭を下げる。
そしてリビングを後にして、廊下へと出る―――
―――コツン……
コメカミに吸いつく鉄の感触。
顔をしかめるままに横を振り返れば、そこには壁にもたれかかる大柄な高校生の姿。
零れる深いため息。
俯きがちに落ちる視線。
片手はポケットに手を突っ込み、もう片方には大きな鉄の塊を握り、夕は黒服の男を横目に呟く。
「これ、豆鉄砲だから」
「―――父親と同じく、笑えない冗談がお好きなようで」
「だと思うか?」
グッと握りしめる木製のグリップ。
撃鉄は既に上げられ、トリガーに指を掛けたまま、夕は向き合う男の額に重たいバレルを押し付ける。
俯いたまま、壁にもたれかかり、そしてうっすらと笑みを浮かべる―――
「おじさん」
「……なぁに?」
「親父。何を話してたんだ?」
「盗み聞きしていたんじゃないんですか?」
「言いたい事はそれだけか?」
「―――話せませんよ。お父様に話したこと以上は」
「キライだな、その物言い」
そう言ってゴリゴリと額に銃を擦りつける仕草に、男の顔に剣呑さが宿る。
「おいガキが……誰に銃突き付けてるのかわかってるのかよ」
「おじさん、これ豆鉄砲よ?」
「黙れよ、あの人の息子だからっていい気になりやがって。てめぇがその気ならいくらでも殺してやるよ……!」
「やれよ間抜け」
―――ニィと夕は嬉しそうに笑う。
男はサングラスを外して、銃を突きつける青年へと襲いかかろうと、その両腕を彼へと伸ばす。
そして胸倉を掴んで持ち上げる―――
「このポンコツロボットが」
―――殺気。
「ギッ!?」
ジトリと睨みつける鋭い視線、
ハッとなって持ち上げていた青年の首を離すと、ストンと床に降り立つ夕を横目に後ろを振り返った。
そこにはよれよれの服を着こんだ、阿多野健二が立っていた。
「聞こうかポンコツ。 たかが出来そこないの生体ロボットが何をしている」
「いや、それは……」
腰に長物の杖を携え、僅かに腰を落として前のめりに構えながら、上目遣いに黒服の男を睨んでにじり寄る。
カチリ……
長物の柄に手を添え、後ずさる男を前に息を吸い込む――――
「勝手な振る舞いは許さん……」
「ま、待って……!」
「その問いかけには、ノーだ」
―――空を斬る鋭い刃。
風切り音がいななく次の瞬間、サングラスが鼻先から零れて床で真っ二つに割れた。
断面は滑らかに足元に転がり、健二は絶えず後ずさる男の顔を視界にとらえて、息を吸い込む。
そしてすり足で一歩を踏み出す―――
「うちには手を出さない……OBTとの話はそうではなかったか?」
「……」
「―――まだ、この家に用があるのか?」
「……ありません」
そう言って肩を落とす黒服の男に、健二は低く構えていた身体を解くと、腰の長物を携え踵を返した
「アホが。たかが豆鉄砲にビビりおって。さっさと尻尾巻いて帰らんと、首が飛ぶぞ」
「―――でしょうね」
ため息交じりに肩を落とすと、腰に銃を捩じりこむ夕を尻目に、苦笑いを零して黒服の男はそそくさとその場を後にした。
「では、失礼しますね」
「おう帰れ帰れ」
そして玄関の扉が開く音が廊下に響き、健二は踵を返して、夕を睨みつけた。
「アホが」
ガチャリと玄関の扉のしまる音が響き、夕は表情は固いまま、傍を通り抜ける父親の横顔を睨んだ。
「サンキューパッパ」
「うるさい。さっさと上がって勇の様子を見てこんか?」
「勇の調子が悪いのか?」
「知る必要もない」
「コミュ障が」
「ワシもこれでもくそったれのOBT社の研究社員でな。子供の戯言には付き合えん」
「あんたの仕事の方がよっぽどままごとだよ」
「ぬかす」
「それともアンタは、全人類の理想の為に遺伝子開発研究でもやってるのかよ?」
「……」
「気持ち悪い物言いをしているのはお互い様だな。勇の様子を見てくる」
そう言って肩越しに手を振ると、夕はムスッと顔をしかめる父親を背に二階へと上がって言った。
そんな息子の背中を目で追いかけ、父親は腰に携えた長物の柄を強く握りしめる。
ニィと口の端を歪めて笑う―――
「―――むかつく」
なにこの小説(*´ω`*)