なんだこれ、なんだこれ!?
「勇様。お気分でも悪いのですか?」
扉を叩く音が二階の廊下に響く。
二階に上がってきた夕はその音に視線を上げると、二階、勇の部屋の前に立つ影に首を傾げた。
「どうしたんだよ?」
「あ、仮性包茎だ」
「う、うん? なんかどうしようもなく胸にくる言葉が聞こえたんですけど」
「気のせいです。少し困ったことがあって」
そう言って頭を下げるのは、一人の女性。
夕とそう変わらない全長。
長く伸びたファイバー繊維の人工髪。
全身は人間にそっくりだが、所々に機械のパーツが取りつけられているその女性は深々と下げていた頭を上げた。
「実は勇様が、部屋にこもられてから一度も出てこなくて」
「さっき帰ってきたところだしな」
「違うんですっ。ケーキも運んできたのに全然お部屋に入れてくれなくて」
「寝てるんだろ」
「それにお返事もしてくれなくてっ!」
「だから疲れて寝てるんだろう」
「黙って言う事聞かんかボケぇ!」
「ひょぉおおおおお!?」
ストレートが飛んできて、夕は顔を引きつらせて避けると、メイド姿の女性を眼前にその場に座り込んだ。
「あ、あぶなぁ!」
「す、すいません。つい手が出て」
「暴言も出たよね今!」
「気のせいですよね?」
「脅迫ですかぁ!?」
グッと襟首をひっつかみ持ちあげるメイドロボットの笑顔を前に、夕は愕然とした表情で叫んだ。
「とにかく勇様を呼んでくださいっ、一日一回ケーキを食べさせないと気が済まないんです!」
「じ、じゃあ俺が食べる」
「豚に食わせる餌はないんですよ」
「ええええええええ!?」
「早くしないと9mmの指マシンガンが火を噴きますよ?」
「僕目上だよメイドさぁああん!?」
カチリと指先を一本、引きつる夕に突きつけるメイドロボットに、夕は涙を浮かべながら叫んだ。
そして下ろされるままに、ヨロヨロとロボットに急かされて勇の部屋のドアを叩こうとした。
―――ガチャリ
何も言わず開くドア。
呼びかけようかと口を開こうとした夕は怪訝そうに眉をひそめつつ、勝手に開いたドアの隙間から顔を出した。
「おーい勇。うちのメイドさんが心配して」
「どかんかこの穀潰しがぁ!」
「げぼぉおおお!」
鋭い回し蹴りが決まって開いたドアにめり込む夕の頭。
そしてぐったりと頭をドアに突き刺したまま動かなくなる夕を横目に、メイドロボットは部屋へなだれ込んだ。
「勇様、今日は特製GM作物盛りだくさんのケーキを用意しましたよ!」
「テオ……」
「なんと塩分控えめ当分控え目、尚且つおいしい! プロテインとカルシウムも豊富に含まれて健康にもよろしいですよ!
ぜひぜひ食べてみませんかぁ!?」
「……ん」
もぞもぞと動く布団。
まくしたてるメイドロボット、テオを前に、ベッドの中でもぞもぞと身体を動かし、勇は顔を出した。
赤く熱っぽい頬。
少し乾いた唇。
腫れぼったく眼は垂れて、勇はジトリとまくし立てるメイドロボットの奥、ドアか顔を引き抜く兄の姿を見つめる。
モゾリと毛布が動いて、もどかしげに身体をよじる―――
「それから今日は最高の茶葉が開発できましたので、真っ先に勇様にお届けしたいと思いまして」
「……後で飲む」
「そうですか? ではここに置いておきますね」
そう言って両手に抱えていたトレイを学習机の上に置くと、メイドロボットはモゾリと身体をよじる勇に頭を下げた。
「ではまたご夕食の際にお呼びしますね」
「……ん」
「では―――ほら行くぞ、そこのひき肉」
「俺この家のメンバーだよぉ!?」
「テオ……兄ちゃんと二人きりにして」
愕然とする夕の背中を蹴っていたテオは、怪訝そうに眉をひそめると後ろを振り返っては首をひねった。
「あらどうしてですか?」
「話したい事が……あるの」
「―――勇様がどうしても、というのであれば」
「どうしても……」
「わかりました……では失礼しますね」
そう言って再び深々と頭を下げると、床に突っ伏す夕を横目に、テオはその場を後にした。
そうして穴のあいたドアを閉めると、部屋に残るのは二人きり。
夕はヨロヨロと身体を起こすと、痛む頭部を抑えつつ周囲を見渡した。
「うう、まだなんか世界が回ってる」
「……ごめんね兄ちゃん」
「いいさ……」
そう言いつつ見渡せば、そこには薄いピンクを基調とした弟の部屋があった。
机や棚、カーテンやベッドなど、どれもが白とピンクを基調とした、女の子のような部屋で夕は居づらそうに身体をよじる。
「しかし……お前も変わった趣味だよな」
「……ピンク、好きなの」
「お前が好きなら構わないさ。少し息苦しいがな」
そう言ってピンク色の絨毯を踏みつつ、夕は立ちあがって弟の潜るベッドへと足を踏み込んだ。
シュッと毛布の中へと潜る小さな頭。
真っ赤な顔を慌てて隠す弟の姿に、夕は困ったような笑みを滲ませつつ、肩をすぼめた。
「どうしたよ。俺を呼び付けて」
「……。今日、テストどうだった?」
もごもごと毛布越しに声が聞こえてきて、夕は小さく肩をすぼめると、床に座り込んでベッドの縁にもたれかかった。
そして腰の拳銃を取り出しつつ、苦笑いが零れた。
「悪いさ。後でデータ、お前にも見せてやるよ」
「僕……よかった」
「そうだな。後で親父から褒めてもらうように言っておくさ」
「―――褒めて」
「ん?」
カシャッ
底部から迫り出す弾倉。
チェンバーを引き、装填された弾丸を取り出しつつ、夕は怪訝そうに眉をひそめると後ろを振り返った。
そこにはモゾモゾと顔を出す真っ赤な顔の弟。
ムスッとした様相は変わらず、どこか熱っぽそうにトロンとした目で勇は兄を見つめている。
唇が震えてと息が漏れる―――
「ねぇ……褒めてよ兄ちゃん」
「―――よくやったよ。さすが俺の弟」
「もっと」
「それは今度にとっておけよ」
空になった銃のフレームを床に置くと、夕はソッと汗ばむ弟の額を撫でては、あやすようにそう告げた。
ムスッと膨れる頬。
冷たい手に首をすぼめつつ、弟はジトリと兄の胸倉を見つめつつ呟く
「……兄ちゃん好き」
「ありがてぇ」
「兄ちゃんってさ……好きな人いる?」
「いるさ」
「誰?」
「ママとパパ」
「嘘つき……」
「お前」
「―――嘘つき……」
フイッ
そう言って首を引っ込める弟に、夕は眉をひそめつつ、足元に転がる一発の弾丸を拾い上げた。
「まったく、何が不満なんだよ?」
「兄ちゃん……」
「あいよ」
「―――ブラが欲しい」
コロン
床に転がる弾薬。
引きつった顔はそのままに、夕は恐る恐る後ろを振り返ると、開いた口も塞がらず、ベッドを覗き込んだ。
「な、何言ってるの?」
毛布の下から伸びる腕。
ガバッと引っ張りこまれるままに、夕は布団の中に潜る弟の胸元に手を差し伸べた。
―――柔らかい、マシュマロのような膨らんだ胸元の感触。
「ひぁあああああ……!」
粟立つ全身の鳥肌。
引きつった表情はそのままに、夕は小さな手で手首を掴まれながら、ひどく枯れた声で呻いた。
「あ、あれ……だろ。少しおデブさんになって……脂肪が」
「おっぱいが出てきたの……」
「はぁあああ!?」
「―――白い汁も出るの……」
「ほげぇええええええええええ!」
モゾモゾと動く布団。
叫ぶ夕の眼の前、ベッドから弟が顔を出すと、ジトリと睨みつけるままに兄の手首を両手で掴んで這い出した。
めくれあがる布団。
やがてベッドの上に座るままに、強く胸に夕の手を押し付けると真剣な表情で呟く。
「兄ちゃん……僕、女の子になった」
「―――も、元からか?」
「……触る?」
「い、いや……いい」
青ざめた表情で少し視線を落とせば、股間が少しテントを張っているのが見える。
しかし胸はシャツ越しでもわかるほどに膨らんでいるのも見える。
「……どういう事?」
「―――兄ちゃんは、僕が兄ちゃんのクローン体だって知ってるよね」
「は、はい……」
「それでね……僕、お父さんとか研究所の人とかに色々されたの」
汗ばむ夕の手を膨らんだ胸に押し付けたまま、勇はもじもじと俯き加減に身体をよじってそう告げる。
「注射されたり……変な食べ物食べたり……」
「それで、そんな身体に?」
「ん……」
「―――そ、そうか……親父が何をしたいのかは分からないけど、うん……」
「……それでね」
「はい……」
「兄ちゃん……僕、兄ちゃんの子供産みたいの!」
「なんですかこれぇええええええ!?」
グッと両手で惚ける夕の手首を掴んだまま、勇は真剣な表情でそう告げると、彼をベッドへと引き込んだ。
身体がベッドに吸い込まれ、跳ねる布団。
そのまま弟を押し倒す形になり、夕は目を回しながら、今にも発狂しそうな様相で叫ぶ。
「な、なんだこれ。なんだこれぇ!?」
「兄ちゃん……僕、兄ちゃんと結婚したい」
グッと兄の手を掴んで胸元に押し付ける小さな両手。
ムニュリと膨らんだ胸元が指の形に歪み、熱っぽい吐息が乾いた唇から零れ、勇は苦しげに眉をひそめた。
それでももじもじと脚を擦り合せ、ため息と共に兄の手を谷間に押し付ける。
唇を近づける―――
「僕……怖くないよ。兄ちゃんの事大好きだから」
「お前男だろうがぁああ!」
「男でも結婚できるよ、子供産めるよ!」
「できないよ、ソレは女ですやん!」
「僕は男だよ……」
「待って、これすごくおかしい、何かおかしいよ!」
「大好き……」
「待ってぇええええええええええ!」
―――爆発。
「なんですかぁああああああああああ!?」
「……来た」
振り返れば、そこには爆風と共に崩れ落ちる勇の部屋の壁。
壁の残骸が床に散らばり、立ち込める土煙。
そして轟音が部屋に響き渡る中中、夕は慌てて下に組み敷いていた弟から離れると、四つん這いでベッドから降りた。
そして晴れる土煙の向こう、ぽっかりと空いた部屋の壁を覗き込む―――
「な、何が……どうなって」
「おっはモンゴリアン! ユウ君!」
「おたく誰ですかぁあああああああ!?」
晴れていく土煙。
うっすらと映しだされていく人影。
ギシリと床を軋ませる足音。
愕然とする夕の視線の先、瓦礫を掻きわけ、部屋にぽっかりと空いた穴から誰かが部屋に入ってきた。
そして煙が晴れて、人影が惚けるユウの前に露わになる――――
「上神谷美緒っ、だいま帰りました!」
「ぎゃあああああああああ!」
「そんな喜ばなくても……照れるっす」
「どんな感性してるのぉおおおおおおおお!?」
そこには懐かしい人物が立っていた。
5年前と比べて少し高くなった背丈。
なぜか夕と同じ学校の制服。
顔は幼い顔立ちのまま、短かった昔と違い、今は肩にかかる程に伸びた黒髪を雨風に靡かせ、そこには少女が立っていた。
ニッコリと笑って、両手を広げてペタンと床に座り込む夕に少女は全速力で飛びこむ。
「ゆうくぅうううううううん!」
「お、お前本当に美緒かぁ!?」
「とりあえず気絶してね!」
「げぼぉおおおおおおお!」
ドゴォオオオンッ
重たい衝撃と共に腹に食い込む鋭い拳に、部屋全体が大きく振動し、夕は目を剥いてガクリとくの字に体を曲げる。
そしてパタリと前のめりに倒れる夕を両腕に抱え上げると、美緒は立ち上がった。
「よしっ。確保完了っと」
「待てよ!」
「にゅ?」
背中に甲高い声が掛かり、振り返ればそこには苦しげに胸を抑えヨロヨロと立ち上がる勇の姿。
「兄ちゃんを、どうする気だ!」
「―――OBT社の生体ロボット、か」
「……」
「にひひ、図星?」
ムッと顔をしかめる勇に、美緒はスゥと紅い瞳を細めつつ不敵に口の端を歪めると、気絶した夕の身体を肩に担いだ。
「まぁその様子だと、まだ遺伝子の改変途中段階だし、私には勝てないよ?」
「うるさい……兄ちゃんを……兄ちゃんを返せ!」
「いや。だって夕君とは恋人同士だし」
「いつの話してるんだよ! 返せよぉ!」
「夕君の叔父さんにも伝えて、OBT社にこれ以上夕君の身体を弄らせるつもりもないって」
そう言って踵を返すと、短めのスカートを翻し、美緒はぽっかりと空いた部屋の壁の穴から外へと飛び出した。
膨らんだ胸を抑えつつ、よろめきつつ勇はその後を追いかけ、壁の向こうを覗き込む。
「待ってよ、兄ちゃんを返してよぉ!」
水飛沫すら切り裂き走る鋭い影。
黒髪を靡かせ、冷たい雨を肌に受けながら、少女はアスファルトを走る車よりも早く田畑を駆け抜けていく。
ギュッと肩に青年を抱え込んで、苦しげに眉をひそめる―――
「夕君。必ず助けるからね……」
「うう……おっぱい……男に……おっぱい」
なにこれって多少思われるかもしれませんが、私もさっぱりです




