アナトリウスの聖域:灰の大地/白き水晶樹の空
「―――ここか?」
OBT日本社地下二百階。
薄暗い闇の底。
吹き抜けの頭上には、縦穴が地上階まで伸びていて、見上げれば小さな光が視界の端に映った。
目の前には巨大な扉。
ピッタリと閉じ切った二枚ドアを前に狼男は怪訝そうに眉をひそめた。
「ここがアナトリウスの間か?」
「否」
「あっそ……」
答えを求める気も失せて肩を落とす狼男を横目に、鷲人はゆっくりと眼の前の扉の前に歩み寄ると、扉に手を添えた。
――――聞こえてくるのは機械音。
ピピピッ
翳した掌の先、スキャンレーザーが鷲人の手の平をなぞり、鷲人は腕を下ろすと視線を持ち上げた。
『……認証完了、お帰りなさい、研究者番号3041よ』
轟音を立てて左右に開いていく扉。
薄暗い血の底に光が差し込み、狼は目を細めると共に、三人と共に鷲人の後ろを追い掛け扉を潜った。
そして光の中へと身を浸し、潜り抜けると、そこには驚いた景色が広がっていた。
立ち込める、寒々しい砂嵐。
風に流れていく白き空の雲。
何もない景色はどこまでも広がって砂丘が地平線を作り、僅かな半透明の枯れ木が灰の海から伸びていた。
踏めばしっかりと足跡が大地に浮かび、そこが紛いものでないことを現す。
見上げれば、蒼い空が広がり、日差しが差し込む。
立ち尽くす狼の影が大地に浮かぶ。
そこは広大な砂漠。
狼は愕然として立ちつくしたまま、周囲を見渡しては青空から差し込む日の強さに赤い瞳を細めた。
「なんだよこれ……」
「地の底には楽園が広がっていた―――というわけではないが、オルティスはここを力づくで見つけた」
「どうやってだよ!?」
「―――お前と同じだよ」
ドクン……
蒼く光る右手の甲。
痛みに顔をしかめ、美緒と可奈と勇と共に覗きこめば、そこには蒼く光る『因子』の欠片。
『王』がいることの証。
近くに感じる――――
「どこだよ……オルティスは」
腕を下ろし砂漠の海に足を一歩踏み出す鷲人の背中を見上げ、夕は険しい表情で首を傾げた。
その言葉に鷲人は砂漠の海風に破れた白衣を靡かせつつ、風の中に指を差した。
その向こうに見えるのは、蜃気楼。
遠くて近いその景色は揺らぎ、何かが霞んで見える。
何かが大地と空の狭間に浮かんでいる―――
「……でけぇ」
「うん……」
目を凝らした先、そこには『樹』が聳え立っていた。
灰の大地に立って、その聳え立つ大樹は白く、点を貫くほどに巨大で、まるで水晶のように半透明だった。
つららの如き幹は流れる雲を貫き、透明な枝は空を覆い、水晶の葉がそよいでいた。
純白の砂漠の真ん中にあって、空へとそびえる水晶の大樹。
見上げるほどにそれは灰の大地に根を張り、蒼き空を覆い、砂漠の風を受け止め、全てを包む。
そして全てを見守る。
そして祝福するように、枝葉を揺らし、狼をかの地に迎え入れる。
アナトリウスの白き大樹。
それは白き砂の海を守護する水晶の大樹――――
「―――お母さんから聞いた事ある」
「勇?」
「うん……この樹は、世界の底を支える大切な魂のゆりかごだって。命の守護者だって言ってった」
「おとぎ話かよ」
「僕もそう思ってた……だけど大きい……」
「そうだな……これがアナトリウスか……」
ハラリ……
舞い落ちる水晶の葉。
気がつけば透明な葉が肩を掠め、狼は揺れる半透明の枝葉を頭上に仰ぎつつ、感嘆にため息を漏らした。
その葉はまるで子どもの手のように柔らかく、光を透過し、狼の黒き手を映す。
その葉は、まるで太陽のように熱を持っている。
熱い――――
―――お帰りなさい……王よ。
「……」
ヒクリと痙攣する尖った耳。
僅かに聞こえてくる声に、狼男は眉をひそめつつ、ズボンのポケットに水晶の葉を捩じりこんだ。
そして顔を上げ、狼は風に揺れる水晶の葉越しに光の雨へと手を伸ばす。
太陽に手を伸ばす―――
「……強い日差しだ」
「―――聞こえた、夕?」
「さてな……」
「……。アナトリウス、何があるんだろうね」
「行きゃわかる」
外れる右手の蒼い球体。
変形していく機械の塊は、やがて巨大な二枚の翼を外側に向かって大きく突き出した。
そして出来上がるのは、大きな鳥の姿。
バサリッ
羽ばたく様に砂埃が飛び散り、夕はソッと飛び出そうとする怪鳥の首筋をソッと撫でた。
「よし、美緒、可奈先に乗れ」
「はいっ」
「君の弟君は?」
「勇は乗り物酔いしやすくてな。俺と一緒に乗れ」
「―――兄ちゃん、覚えていたんだ」
「俺お前の兄貴だぞ」
頬を赤らめる勇に、狼男は照れくさそうに肩をすぼめると、少年の手を取り華奢な体を持ち上げた。
そして飛び乗る先には怪鳥の大きな首の根っこがあり、狼は首を跨いで座った。
そして足元に立ちつくす鷲人を見下ろし、夕は首を傾げる。
「乗らないのか?」
「行きなさい。ワシには行けない場所だ」
「――――そうなのか?」
「蜃気楼は王の故無きの血を拒む。ワシと部下はお前達の帰りを待つことになる」
「了解ッ、待っててくれよ」
「オルティスが来ている、油断するなよ」
「あいよ」
「―――佐代子嬢もな」
「わかってる」
バサリと羽ばたく機械の翼。
やがて後ずさる鷲人の頭上、大きな影を落とし巨鳥が吹きすさぶ灰の風に乗ってそらへと飛び上がった。
そしてそよぐ水晶の枝葉の下、狼男は三人の少女と共に水晶の大樹へと向かう。
その紅い瞳は、白き大樹の手招きを見つめる―――
「……行ったか」
「――――そうだな」
「……末恐ろしいな、お前の執念」
振り返れば、そこにはボロボロの服を着こんで。灰の海の入り口に立ちつくす男の影があった。
手には細身の刀の刀身だけが一本。
俯いたその首には切り傷が浮かび、接合しかけた右腕がダラリと垂れる。
ボトリ……ボトリ……
抜き身のまま刃を握りしめながら、血が指の間から滴り、ガクガクと歩く脚が今にも千切れそうに痙攣する。
その目は血のように黒く、睨みつける。
大柄な男を捉え、血を吐き出さんばかりに刃を握る。
銃と刀を突きつけ合い、健二は鷲人と向き合う―――
「自分でひっつけたのか?」
「―――お前に追いつくために、俺はここまで身体を強化した」
「……すまんな、逃げるような真似をして」
「褒めろよ……」
「良くここまで来てくれた、健二」
「―――佐代子はお前を愛した」
「知らんな……」
「その人を顧みぬ暴虐ぶり……いずれ罪を背負う事なるぞ、鷲人」
「お前がワシを裁くのか?」
「―――さぁな」
「互いに積み上げた業の重さ、この程度で消せるものではない」
「……クローン。遺伝子改変、人の終焉――――あまりに色々やりすぎたな……」
「その先にあるのが、あの化け物どものだ。この十年、世界は奴らに蹂躙されすぎた」
「―――そしてその原因はオルティスにある。そうだろ?」
「ツケはどうしてやろうか」
「ガキどもがやるさ……」
「ではワシらはワシらでやろうか」
そう呟きつつ、腰から迫り出すのは巨大な二丁の拳銃。
銀のフレームは日差しを照り返すほどに艶やかに煌めき、分厚い二枚のバレルラインが持ちあがる。
その銃口の先に捉えるのは、一人の男。
鋭く目を細め、鷲人は砂埃を静かに吸い込み、ゆっくりとトリガーに手を掛ける。
ニヤリと口の端を三日月の様に歪め、笑う。
その表情は、互いに子供のように―――
「子ども達もいない。今日は思いっきりやれるな」
「容赦しない……」
「十年ぶりだ。こんな風に遊べるのは」
「―――抜かせ……殺してやる」
「口だけでもなかろう。やってみせろ腰抜け……!」
「ぶっ飛ばす……」
土煙を蹴りあげ、日差しを背に駆けだす黒き影。
砂漠の地平を風が駆け抜け、走る鋭き刃の閃きを前に、鷲人はグッとトリガーを引き絞った。
ドゴォオオオンッ
砂漠の海がめくれ上がるほどに重々しい轟音。
土埃が空高く舞い上がり、空高く昇り、衝撃波が波紋となって砂漠の地平線が波打って広がっていく。
土埃の中に混じり合う視線。
二人は刀と拳銃を突きつけ、砂煙の中に向き合う。
静かに水晶の葉が二人の間に舞い落ちる――――
gdgdだろ。これ社畜になって一発目の作品なんだぜ・・・




