白亜の断頭台、再び
——シュっ。
冷たい羽ペンの音が、手元で鋭く響いた。
眩しいほどの白い光の中で、私は激しく数回瞬きをした。そこは、遠い昔に確かに見慣れた、あの王都の処刑場だった。 手には、役目を終えたばかりの羽ペン。書き終えた羊皮紙の書類が、冷徹な裁判官の下へとまさに運ばれていく。
夢なのか、現実なのか、分からなかった。
見下ろすとペンを持った手には、まだ馴染まない無骨な王家の紋章を刻んだリングがある。
「戻ってきた……?」
それなら、と私はすべての記憶を鮮明に抱えたまま、これから行われようとしている惨劇を見据え、ありったけの声を張り上げた。
「——待って!! その子は何も悪くない! 殺さないで……!」
だが、その必死の叫び声は、あかりの死を待ち望んでいる民衆のすさまじい歓喜の声と怒号の中に完全にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。王家の者たちも、端に立つ王子妃の異変など見向きもせず、粛々と処刑の進行を待ち侘びている。
「やめさせて、あかりを殺さないで……!」
必死に夫たる王子に訴えるが、彼は曖昧な笑みを浮かべ首を傾げた。
「あかりとは何の話だ?」
咄嗟に玉座の脇や来賓席に控える国王をはじめとした他の王族たちの顔を見回す。その冷ややかで無関心な眼差しを見て、私は背筋が凍るような戦慄を覚えた。 彼らは誰も、あかりの名前すら知らなかったのだ。 国を救い、乾きに苦しむ王国に奇跡をもたらした恩人であるはずなのに、王族の誰もが彼女をただ「異界から呼び寄せた便利な道具」「聖女という名の代用品」としか見ていなかった。彼女の本名が「あかり」であることなど、誰も気に留めず、知ろうともしていなかったのだ。人間として扱われず、名前すらないまま「道具の処分」として切り捨てられていくそのあまりの冷酷さに、私の胸の内で煮えくり返っていた怒りが限界点を超えて弾けた。
「あかりには、最初から最後まで、ただの『道具』としての役割しかなかったというの……っ!」
私の絶叫は、再び処刑場の喧騒にかき消されていく。 止めようと走り出したものの、運動なんてするはずもない王子妃の体では、間に合う届くはずもなく。
宣告の言葉が途切れた直後、目の前で、処刑人の手によって銀色の刃が冷徹な軌跡を描き、振り下ろされた。 鈍い金属音が響き、白亜の石畳が赤く染まる。 あかりの小さな身体が、音もなく崩れ落ちた。
瞬間、一段と大歓声が湧き起こる。
民衆は、「厄介払いができた」「これで自分たちの生活が脅かされることはない」と、それぞれの欲にまみれた笑みを浮かべ、あかりの死を心から祝福し、歓声を上げていた。王家の者たちもまた、民の不満の矛先を免れた安堵と、政治的な火消しが成功したことへの勝利の笑みを湛えていた。 利用できるだけ利用し、用が済めば泥をかぶせて切り捨てる——その醜い思惑のすべてが合致し、少女の死を歓喜のなかで迎えているのだった。
「あかり……っ!!」
間に合わなかった。奇跡が起きたのに、私は、彼女の命を断つその瞬間を止めることができなかった。
そして、胸の奥から激しく、抑えきれずに噴き出すのは、あかりを救えなかった悲しみだけではない。 身勝手に聖女を呼び出し、都合よく使い潰しておきながら、自らの欲に目がくらんであかりを「我が儘だ」と断じ、その死を心から喜んでいるあの醜悪な民衆たち。そして、名すら覚えようともせず、政治の道具として少女の命を切り捨てて安堵の笑みを浮かべる王家の者たち。 ——何より、同じく名も知る必要ないものとして、なんの関係もない善良なあかりを使い潰すことを平然と選んだ、この私自身に対する耐え難いほどの憎悪と殺意だった。
あかりの死をそれぞれの思惑で心から喜び、歓声を上げる者どもなど、王家も、民衆も、そしてこの私自身すらも含めて、すべてが滅びればいい。生きるためになんの関係もない善良な人を使い潰すことを平然と選んだ自分を含めたこの滅びるべき世界など、初めから存在してよかったはずがないのだ。灰燼に帰すべきだ。すべてを終わらせなければならない。
再び血に染まった石畳を見つめながら、私の瞳に宿るのは、もはや涙ではない。 あかりを奪ったこの世界を地獄へと引きずり下ろするための、底知れぬ狂気と、冷徹なまでの復讐の炎だった。
あかりは何も知らないまま、何もわからないまま、使われ殺されました
豪華な部屋から急に牢獄に移動させられ、まともな食事もなく、泣くこともできないほど衰弱した彼女が最後に思ったのは両親と、大好きな小さな可愛い妹のことです




