18 王立学院③
シェレンディア帝国からの帰る船上で出会った、ジェフリー・モアメアがそこにいた。今日の彼は、身なりが整えられており、人のよさそうなお兄さんという印象を受ける。
ゲームの小冊子には攻略対象としての『ジェフリー・デュメル』は載っていたから、彼に名前が似ていることには気づいていたが、まさか船上で出会った彼と同一人物とは思っていなかった。
卵が先か鶏が先かはわからないが、サラが彼と仲良くなるイベントが発生しなかったことで、デュメル伯爵の養子にならなかったのかもしれない。
「メアリー王女殿下、お待ちしておりました。」
ジェフリーはこぼれそうなほどの笑顔をメアリーに向ける。サラはその発言を聞いて、えっなんでと隣でつぶやいた。メアリーが小声で尋ねると、サラ曰く、ゲーム内では仲良くなった主人公以外の人間を覚えているシーンは数えるほどしかなかったらしい。
彼に案内され、その中に足を踏み入れた。そこかしこによくわからない機械があり、物が積み上げられて、圧迫感がある。今日の訪問のため急いで整頓したのか、窓際の机には書類が無造作に置かれていた。
どこに進んでよいかわからず二人で立ちすくんでいると、ジェフリーは私たちをミニテーブルの横の椅子に促した。木がきしむ音がして、年季を感じる。ジェフリーはお盆を片手に部屋の奥から戻ってきたかと思うと、古びた一斗缶に腰を掛けた。
本題に入る前に、サラが口を開く。
「あの、モアメア先輩はメアリー様とお知り合いなのですか?」
「ジェフリーで結構です。あまりその名前は好きではありませんので。」
ジェフリーは紅茶をカップに注いで、二人に差し出した。
「私が一方的に王女殿下に恩義を感じていると言いますか…。」
出会った経緯を細かく説明をする訳にもいかないので、ジェフリーは言葉を濁す。
メアリーは首をかしげるサラに、先日のシェレンディア帝国から帰る船上での話をした。もちろん無賃乗船の話はできないので、乗船直前に財布を落として無一文になったジェフリーを見かけてかわいそうに思い、部屋を用意して、ご飯をご馳走したため、彼が恩義を感じているということにした。最初からお金がなかったかあったかの違いで、大筋として嘘はついていない。
「私とは全然知らない間柄なのに、ジェフリー先輩が快く面会を受け入れてくれたのはそういうことだったのですね。」
「王女殿下の依頼とあれば、いつでも相談に乗りますよ。もちろん、友達であるデュメル嬢もね。」
ジェフリーは上手くこの場を切り抜けられたことに安堵の表情を浮かべている。サラも攻略対象に認識されたためか、どこか満足そうな様子だ。
メアリーは香りの飛んだ紅茶を一口飲むと、本題に入った。
「ジェフリー様に鉄の塊を動かすために助言を頂けないかと思いまして。」
「具体的に言うと?」
「道に金属製の轍を作り、鉄の箱をその上に走らせる、―鉄道―と私は呼んでいるのですけれど、これを
開発できないかなと思いまして。」
「ほう、面白そうですね。」
ジェフリーは乗り気なのか、前のめりでこちらにグレーの瞳を向ける。メアリーは前世の知識を思い出しながら、鉄道について説明した。
説明を終えた後、彼はうつむきながらぶつぶつとつぶやいたかと思えば、その綺麗な髪を描きむしり、ぼさぼさにしてしまう。
紅茶はすっかり冷め、メアリーがこの部屋の独特の臭いにも鼻が慣れた頃だった。
「大体のことはわかりました。」
ジェフリーは急に頭を上げたかと思うと、その瞳を大きく開いた。
「細かい部分については突き詰める必要はありますが、開発は可能だと思います。」
「それじゃあ!」
メアリーが声を上げると、ジェフリーは首をふる。
「問題は3つあります。1つ目は動力源をどうするかですが、これはシェレンディア帝国に蒸気による動力の研究を進めている教授がいます。先日の催しで私の研究に興味を持ってもらえたようで、懇意にしてもらっていますし、私にも知識がありますので、教授に了承いただければ共同研究で進められそうです。」
「シェレンディアなら皇太子につてがあるから、何とかなるかもしれないわ。」
「それはよかったです。私からも個人的に教授に手紙を送れますし。」
メアリーは安心した表情を見せる。ジェフリーは紅茶を啜って、その口を開く。
「2つ目は高額な開発費が用意できるか。これは王女殿下には聞くまでもありませんね。」
メアリーは黙って、ジェフリーの次の言葉を待った。
「3つ目は時間が必要なことです。手紙を教授とやり取りするだけでも時間がかかりますし、何より―」
「何より?」
「私に残された時間は卒業までの半年弱しかないのです。」
メアリーははっとさせられた。学院卒業後のジェフリーは金を生む人間として、男爵家の領地に閉じ込められようとしていると言っていたではないか。
「うちの養父、デュメル伯爵の養子になるのはどう?優秀な人を見つけては、パトロンをするのが趣味の酔狂なおじさんではあるけれど、とても良い人よ。」
サラも彼の家の事情について、ゲームの知識から感づいたのか助け舟を出そうとした。
「デュメル嬢も私の家の事情をご存じだったのですね。恥ずかしいな。」
「いえ、デュメル伯爵から優秀な子がいると話を聞いたことがあっただけですわ。」
まさかゲームの知識から推察しましたとは言えないので、サラは誤魔化した。
「伯爵がそんなことを?嬉しいけど、私の家の人間が許可しないと思うんだ。」
ジェフリーは瞼を伏せた。あんなに賑やかだった部屋からは、ドアからの隙間風の音しか聞こえなくなってしまった。
その時だった、メアリーは急に立ち上がり、亜麻色の髪をなびかせる。
「いいこと思いつきましたわ!ジェフリー様、あなたの人生と私の思い描く未来のために、提案に乗っていただけて?」
メアリーは眩しいほどの笑顔を二人に向けていた。




