1 前世の記憶
時計の針は深夜2時過ぎを指す。私はなんだか眠れないな、スマホで動画でも見すぎたかなと思いつつ、お茶でも飲もうと1階に降りていく。リビングからは薄明りが漏れており、ゆっくりとドアを開ける。
その光は、妹がテレビでゲームをしていることが原因であったようで、
「また、新しい乙女ゲームでもやっているの?」
と背後から声を掛けた。
すると、妹はその手はコントローラーから手を放すことなく、こちらを振り返る。
「そうそう、戦略要素もある感じの。難しいけど、イケメンが多くて大画面でプレイしたくてさ~。またお姉ちゃんにも貸してあげるね。」
横にはゲーム『ポリティカル・ラヴァネス』のパッケージがあり、私は中に入った小冊子をパラパラと開きつつ、妹と会話を交わしていたと思ったが、突然プツンと意識が途絶えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び意識が浮上してくる。遠くから鳥のさえずりが聞こえる。ゆっくりと瞼を開くと、柔らかな日差しが目に入った。
「夢…?」
とつぶやくと、幼い自分の声が聞こえる。
「メアリー様!」
メイド服を着た女性は運んでいたトレーを乱雑に脇机に置き、こちらに駆け寄ってきた。
「メアリー王女殿下、ご無事でよかったです。エイダは心配しておりました。」
「あ…、私…」
「よいのです、メアリー様。お気持ちはわかります。あの帝国の皇太子様と勝手に婚約を結ばれただなんて、殿下も酷いものです。」
その時、メアリーは思い出した。先ほどの夢は『夢』ではないこと、あれは私の前世だ。そして、妹がゲームを操作しながら、『メアリーっていう王女様、戦争回避のためには他国に売るしかないかぁ~』とつぶやいていたことを。
(ここは前世のゲーム『ポリティカル・ラヴァネス』の中だわ!)
◇ ◇ ◇
ここ、ラウスト王国は大陸中央に位置する豊かな国である。その第1王女メアリーとして生きていた私は、兄上が取り付けてきた帝国皇太子との婚約話を聞いて、ぶっ倒れてしまったのだ。
一国の王女は外交のため他国の王族に嫁ぐか、王族の外戚を増やすため国内有力貴族に嫁ぐかのどちらかと相場が決まっているのだから、それ自体は決して驚くことではない。
しかし、その帝国-シェレンディア帝国-が嫁いできた者を人質のように軟禁、監禁も厭わない国家として有名であり、その将来を想像して恐怖を感じたのだ。
前世を思い出したメアリーは、混乱しつつもベッドの中で記憶を整理する。メアリーは今12歳、記憶によれば、基本のストーリーではメアリーが15歳の時に王国は飢饉に見舞われてしまう。その影響もあってか、17歳の時には世界の軍事バランスが崩れ、戦争回避のためメアリーはどこか他国に嫁がされてしまう。
ただ、このゲームは乙女『戦略』ゲームであり、内政をうまく回した場合にはシナリオが書き換わったはずである。
だからこそわからないことがある。現段階ではこの王国に飢饉も発生していないはずなのに、なぜメアリーは帝国の皇太子とすでに婚約を結んでいるのかということだ。
これ以上は悩んでもどうしようもない。私はゲームのあらすじとヒントとなるかもしれない妹のつぶやきぐらいしか記憶がなく、悪役令嬢が誰かもざまぁの内容も全くわからないのだ。
「よくある王道な悪役令嬢シチュかもわからないしなぁ…。」
メアリーが溜息をついていると、ドアをノックする音が聞こえた。入室を許すと、シリル兄上の従者であるブライアンがやってきた。
「メアリー王女殿下、先ほどはシリル殿下が失礼しました。お目覚めになられてすぐではありますが、こちらを殿下から預かっております。」
彼は白髪の混じりの眉をハの字に曲げながら、1枚の封筒を差し出す。私はそれを受け取り、差出人を確認しようと裏返した。
黒い封蝋には馬と剣があしらわれた紋章があり、端にはエルドレン・シェレンディアとある。先ほど婚約者と聞いたシェレンディア帝国第1皇子のサインであり、思わず封筒を床に落としてしまう。
「ブライアン様、これは倒れられたメアリー様に酷いではありませんか!」
部屋の端で様子を見ていたメイドのエイダも差出人に気づいたようで、彼に鋭い視線を向けた。ブライアンもそれは承知の上のようで、彼女を軽く手でいなす。
「火急の内容なのです。」
彼はその年齢に見合った落ち着いた様子で手紙を拾いなおし、改めてこちらに差し出す。メアリーはそれを受け取り、質の良い二つ折りの便箋を封筒から取り出し、ゆっくりと開いた。
『親愛なるメアリー・フォン・ラウスト様
此度の婚約を認めていただきありがとうございます。シェレンディア帝国は貴国の隣国とは言え、大部分が海に面し、文化も異なるため、幼いあなた様には不安なことでしょう。顔合わせもかねてひと月後にそちらへ向かいます。お会いできるのを楽しみにしています。
エルドレン・シェレンディア』
丁寧な字体で書かれた文章ではあるが、一つ問題があった。
「え、ひと月後って…普通はそんなに早く来ないわよ!」
メアリーが驚きの声を上げる。ブライアンは目を閉じたままゆっくりとうなずいた。
これ以降は平日19時投稿予定です




