古今東西、バカは死ぬまで治らない
──ワラキア地方アルジェシュ県、人口40万人。それが牙を剥く。対抗するのはわずか7名。戦力差は歴然。どう足掻いても勝ち目などないが──しかし、吸血鬼達はただの一人として7名に手が届くことはなかった。
対怪異特殊作戦部隊「FF2プロトコル」部隊長、クロックナインは1番の古株だ。こうした絶望的な戦力差程度で揺るがない精神力を培っている。感覚の麻痺とも言うが──。
バヨネット付き突撃銃。サイドアームにハンドガン。スタンダードな装備で固め、堅実に状況を打開していく。
使用される弾丸は5.56×45mmの標準的なライフル弾。しかし対怪異に用いられる武装はその材料に少なからず「ヘテロニクス」が含まれる。これが何故怪異に効果を発揮するのか。それは存在そのものが異象である怪異に、別な異象をぶつけることで消滅するからだ。
化け物には化け物をぶつける。マイナスとマイナスを掛け合わせてプラスになるように、それは人類にとっての些細な前進だった。
クロックナインを先頭に、アンダーシックスとスロウドが両サイドをカバーする。最後尾をエヌラスが務め、ユウコとフォックステイル、ファットトゥエルブを守る形で特務作戦装甲車両までの道を急ぐ。
ホテルのロビーはすでに吸血鬼で溢れていた。しかしその様子がどこかおかしい。
「コイツら……」
正気を失っている。自我というものが見られない。白目を剥き、彷徨う足取り。しかしこちらを見るなり襲いかかろうとする。
ゾンビ、グール、使徒の出来損ない──。曲がりなりにも吸血鬼。
階段を駆け上がろうとする先頭のゾンビの両足をスロウドがハンドガンで撃ち抜く。膝から崩れ、そのまま雪崩のように仲間たちを巻き添えにして落ちていくが、後続はそれを踏んで距離を詰めようとしていた。
それを全て銃で倒すのは骨が折れる作業だ。しかも開け放たれた正面玄関にはゾンビがすし詰め状態になっている。
「現段階での我々の目標は駐車場に辿り着き、車両に乗り込むことだ」
「どうしますか」
「屋上行きましょう。ゾンビは本能的な行動しかできないんで、そっからラペリングで直接駐車場まで降りればなんとか。フックとロープは」
「常備している。我々は構わないが──」
「ユウコさんならエヌラス兄貴が守るんで大丈夫! ……っすよねぇ?」
スロウドの提案に不安材料は残るが、このまま群衆を蹴散らして突破するのは得策と言えない。クロックナインはその作戦に同意した。
◆
ホテルはこぢんまりとしているが、4階建ての石造建築。アンティーク調の壁紙や昔ながらのエレベーターが趣を感じさせる。しかし今その廊下はゾンビに埋め尽くされていた。
2階、3階と駆け上がり、4階。屋上へ続く扉は南京錠で施錠されていた。防犯意識の高さに感心しつつも、スロウドがショットガンでぶち抜く。
「困った時のマスターキー! どんなお家もこれ一本! はいズドーン!」
鍵をぶっ飛ばしたところで扉をファットトゥエルブが体格を活かしたショルダータックルで蝶番ごとこじ開けた。
「はっはぁ、どんなもんだ! 元アメフト部舐めんな!」
「扉は俺とスロウド君で抑える。アンダーシックス、フォックステイル、ラペリング用意!」
「ちょっと失礼」
クロックナインとスロウドが警戒する屋上へ唯一繋がる扉に、エヌラスが銃を向ける。
その銃身に刻まれる赤い魔術文字が、魔法円を描く。召喚陣だ。
「クトゥグア」
ただ一言、短く口訣を結ぶ。銃口から放たれる熱線が4階の廊下にまで迫っていたゾンビを消滅させた。
硝煙漂う銃を振り、エヌラスは一度だけクロックナインに目配せする。
「隊長さんも急いでくれ。ユウコは俺が抱えていく」
「わかった、すまないがここを任せる」
回転式弾倉は僅か6発しか装填できない。だが逆に言えば、それで十分ということだ。階段を登ってきたゾンビの胴体を撃つと、後方へ吹き飛ぶ。
先頭が障害物となって後続の足取りが鈍った。
スロウドも軍用ライフルで膝を集中的に狙い、相手の機動力を奪っていく。
「こっちの準備はオッケー! 車両の位置も確認済み!」
「降下開始!」
クロックナイン、アンダーシックスの両名で車両付近のゾンビを排除。ファットトゥエルブがルーフに飛び降りると運転席上部のハッチから定位置に滑り込む。
エンジン始動。ライトを照らし、次々と点滅するモニターと電子機器に両手を揉み込んだ。
ホテルの壁を蹴りながら降下していくクロックナイン、アンダーシックスも車両に取り付くと周囲のゾンビを掃討する。
「トゥエルブ、タレット起動!」
「了解!」
トラックのような特務作戦装甲車両には様々な武装が積まれている。それは歩兵の武装であったり、支援兵器であったりと様々だ。
後部車輌の天板に格納されている銃座を起動させると、弾薬ベルトを繋いでアンダーシックスが多銃身機関銃の空転を開始する。
毎分2,000発の7.62mm弾頭が周囲を塞ぐゾンビの体をえぐるように撃ち抜いていった。
「車両確保完了! フォックステイル、聞こえるか! こちらに急ぎ合流してくれ!」
《了解!》
屋上ではスロウドとエヌラスが通路から迫るゾンビの群れを押し留めている。しかし車両の確保ができた今、時間稼ぎは無用となった。
「フォックステイル、スロウド頼んだ」
「オッケー、ってことでスロウド君!」
「ちょい待ちー。えーとどこだっけかな」
スーツケースを開けて中身を探していたスロウドは目的の代物を見つけるとフォックステイルに駆け寄る。
「なに探してたの?」
「え? 爆弾」
手榴弾の安全ピンを引き抜いて、スロウドは笑顔で通路にぶん投げた。フォックステイルが慌ててスロウドの腰に手を回して降下する。
エヌラスはユウコを抱えて車両目掛けて飛び降りていた。
「ほぎゃあぁあぁあぁあぁあぁっ!?!?」
「うーるっせぇなぁお前は!! 死なねぇわこんくれぇで!!」
特務作戦装甲車両を揺らし、無事に着地するがユウコは涙目になっている。文句を言われる前にクロックナインに押しつけ、最後の2人と合流してから後部座席に乗り込んだ。
装甲車両側面に取り付いていたゾンビを振り落とし、ポエナリ城までのナビゲートを開始した車両は群れを蹴散らしながら質量にものを言わせて強引に突き進む。
それを見送るようにホテルの屋上が派手に爆発した。それを視認したスロウドが頷く。
「火薬の量間違えたかな……」
「そんなもん持ち歩いてんじゃねーよボケカスゥ!!」
「いてぇですぅ! しぬぅ!!」
エヌラスに頭をぶっ叩かれて倒れるスロウドを横目に、クロックナインは被害状況を確かめていた。消費したのは弾薬のみ、損害なし。
タレットから降りてきたアンダーシックスの視線はスーツケースに向けられていた。
《──隊長、彼のスーツケースですが》
《アンダーシックス、どうした》
《見覚えがあります》
個人回線で内密に話す、ということはなにかある。クロックナインはヘルメットの中で目配せするとわずかに頷いた。
《もしかすると、彼は「結社」の関係者かもしれません》
《……そうだとしても今は味方だ。だが警戒はしておこう。2人にも教えておくか?》
《いえ。今は俺達だけで》
アンダーシックスは個人回線で会話をしながら座席に腰を落ち着かせて銃の点検を始める。弾薬の補給も併せて。
《トゥエルブ、目的地までどれくらいで到着予定だ》
《夜明け前には到着しますよ。もっとも、どれくらい近づけるか定かではありませんけど》
◆
街を抜けてからの道のりは平和そのものだった。拍子抜けを通り越して逆に不気味に感じる。だが相手は真祖の吸血鬼。ユウコを連れて歩いている限り、こちらの居場所は筒抜けだろう。しかし彼女を置いていく選択肢は誰にもなかった。
峡谷にあるというだけあって道路は曲がりくねっており、特務作戦車両では突入が不可能と判断された。
降車したクロックナイン達は違和感を覚える。やけに視界が鮮明だ。陰影も輪郭もはっきり見える。夜目が利くというどころではない。
夜空を見上げてその原因が判明した。
「おーでっけぇ月。赤いっすね」
「赤さはどうでもいいだろうが」
「ちょっと待て。今夜は満月ではないはずだが」
エヌラスの赤い瞳が魔力を帯びる。
この夜の世界を一望する赤い紅い満月を見つめて、周囲を見渡した。
「隊長さんよ、この周囲一帯はブラックスポットで空からの観測できないんだな」
「東欧支部からの報告では、そのとおりだ」
「こいつは魔術師としての勘だが。おそらくワラキア全域が伯爵の結界だ」
「結界の中にいるとなにかマズイのか?」
「恐らくだが、吸血鬼ネットワークを通じて使徒を操作できる」
ゾンビの襲撃が何よりも証拠だ。街の住民たちは大なり小なり吸血鬼に関与していた。ホテルのオーナーですら意識を奪われて傀儡と化していたことに、ユウコは背筋を震わせる。
「で、でも私はなんともないよ!?」
「伯爵に挑むからだろ」
「ぅ……でも、私のせいでみんなの居場所筒抜けなんだよ」
「バカ言え。女の子ひとり化物の城に向かわせるわけねーだろ。置いていくなんて以ての外だ、わかったらテメーは大人しく守られて、道案内してくれればいいんだ。
化物退治するためのチームなんだから」
──エヌラスの不器用でぶっきらぼうな物言いはちょっぴりカチンとくるけど。
──きっと。自分がどんな怪異になっても“女の子”と呼んでくれる。そんな確信があった。
──だからユウコは一度だけ大きく息を吸う。深呼吸をしてから、吸血鬼である自分の意識に集中する。
「む~……、山の向こう! あっちっからなんかすごいオーラ感じる!」
アンダーシックスが観測ドローンを飛ばす。先の道のりを見て、肩を落としていた。
「ここから先は石段を登る必要があるようだ」
「観光パンフレットによると全部で1480段あるらしいっすよ。草。膝の乳酸でヨーグルト作れそう。よーし張り切っていきましょーう!」
「なんでテメェはそんな元気なんだよ……」
「男の子だもん☆」
エヌラスは無言で顔面に拳を叩き込んだ。あまりにもウザかったから、つい。
きりもみ回転をして草原にぶっ倒れるスロウドがめそめそ泣きながら立ち上がる。
「でもフォックステイル副隊長の作るヨーグルトなら食べてみたいかも」
「アタシ、料理苦手だよ? ちゃんと実験台になってくれるなら作ってあげてもいいけど」
「いいんですかヤッター! 俺生きて帰ったら手料理食べるんだ!」
「コイツは黙ったら死ぬのか?」
銃に弾を込めながらクロックナインに問いかけるが、ただ静かに首を横に振られた。
──古今東西、バカにつける薬はないのが定石である。




