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血の夜の幕を上げて



 ──極東。新都「筺ヶ原」郊外にある便利屋「ウルフェンリート」では、ファングが相変わらずソファーに寝そべって退屈そうに天井を見ていた。

 そんな顔を覗き込むルナリアはシャワーを浴びてきたのか、モコモコモフモフの猫の着ぐるみパジャマを着ている。


『スロウドに行かせてよかったの?』

 スマホの画面を押しつけるように見せられ、ファングが「んー」と気怠そうに相槌を打った。


「吸血鬼相手ならアイツの方が相性いいだろうしな。それで、ルナリア。吸血鬼関連の情報収集は終わったのか?」

『みる?』

 モフモフにゃんこの肉球をファングの顔に押しつけてからルナリアはカウンターのゲーミング席に連れてくると、財団東欧支部の内部から引き出した情報を羅列する。


 吸血鬼の被害件数よりもファングが注目したのは、現在確認されている吸血鬼と思われる相手。

 ドラキュラ伯爵だけでブラックスポット扱いになるとは到底思えない。ましてや吸血鬼のような独自の価値観と社会性を有する怪異であるなら尚更だ。


 財団が最も注目し、危険視しているのはドラキュラ伯爵。“血の夜の追跡者”だ。しかしひとえに吸血鬼と言えど多種多様。ましてや、真相ともなれば話が変わってくる。

 “死妖姫”カーミラ。

 “鮮血の侯爵夫人”エリザベート。

 ──およそ三名の存在が確認されていた。


 もちろん互いの勢力争いで人間を狩り尽くす、なんてバカな真似はしない。人間は食糧で、大事な資源だ。利用価値の高い商品。ともなれば品質の管理は徹底するのが当たり前。

 怪異同士の共存共栄。食の嗜好で資源を分配する。草食動物ですらできることだ。


「そもそも、ブラックスポットなんてそうそう出来上がるはずがないんだ。それも場所はルーマニアなんだから。周辺諸国にこんだけ吸血鬼伝説があって「なぜ?」「どうして?」ルーマニアなのかっつー観点がねぇんだろうな、財団は。答えは簡単、吸血鬼同盟だ」

 真相が手を組み、それぞれの思惑で動いている。


『スロウドに教えなくてよかったの?』

「それこそバカ言え。……あ、お前は喋れないんだったな。言ってねぇわ。悪かった。あのバカが吸血鬼程度に負けるはずねぇよ」

 もふん。着ぐるみパジャマの袖で軽く叩かれたファングはルナリアを撫でくり回す。


「まぁそれに、ドラキュラ伯爵討伐に財団が乗り出したんなら「結社」も動くだろうからな。こっちの相手は多くて二匹で済む」

『残る一匹は?』

「そうだなぁ、吸血鬼相手ならそれこそ──“首刈り女王”様でも出動するんじゃねーの? 天敵みてぇなもんだし」

 元気にしてるだろう、と思いながらファングは懐かしい顔を思い出していた。



 財団東欧支部はブラックスポットの観測こそすれど、決して干渉はしなかった。真祖討伐部隊を送り出しはしたが、目立つ動きをしないのはドラキュラ伯爵からの報復を恐れているからか。

 ルーマニア内でも産業の発展が進んでいるアルジェシュ県はそれまでの牧歌的な風景から変わり、見慣れた近代化の姿を見せていた。

 東欧支部からの連絡にあった宿に到着すると、そこはこぢんまりとしたホテル。お世辞にも儲けているようには思えない。しかし数少ない財団の協力者でもあった。


 7名の宿泊。しかし最も違和感を感じたのは、カウンターに置かれた注射器だった。これはなにか、と誰かが尋ねる前に老齢のオーナーが注射器を揺らして説明する。


「うちでの支払いは現金か、血液だよ」

「えっ、血を抜けってこと? なんで?」

「アンタらも知ってるだろ。知ってて来たんじゃないのかね? 伯爵に納める税金のようなものさ」

 吸血鬼になるか。それとも自ら血を抜いて献上するか。そのどちらかの選択を迫られれば誰しも後者を選ぶだろう。伯爵は温情な方だ、とホテルオーナーは呟いた。

 毎日とは言わない。毎週、あるいは毎月に一度“献血”してくれれば、領内を他の怪異から守ってくれると約束してくれた。そしてそれは今まで一度も破られたことのない約定でもある。


「みかじめ料ってことっすね。で、どうします採血?」

「アンタらなら誰か一人でいいよ。そっちのお嬢さん以外でね」

 オーナーが指すのはユウコだった。


「なんで?」

「なんでってそりゃあ、お嬢さん吸血鬼じゃないのかい。人間の血液を伯爵はお求めだ」

「スロウド、献血に協力してやれ」

「言い出しっぺからどうぞ」

 腹を立てながらもエヌラスが献血に協力しようとするが、オーナーが首を横に振る。


「残念だがアンタもダメだ。魔術師じゃないのかい?」

「そうだが……よくわかるな」

「ハハハ。いやね、血の匂いでわかるよ。魔術師の血は何が入ってるかわからないから遠慮させてもらうよ。そっちの小柄な特殊部隊さんなら歓迎しよう」

「アタシ? んまぁ、それで済むならいいですけど。ほーれ皆の衆、アタシに感謝しなさいよー」

 フォックステイルが袖をまくり、採血に協力するとオーナーは宿代として受け取った。



 深夜。日付を跨ごうという時間になってもユウコは寝つけずにいる。

 原因は明白。吸血鬼となってしまったが故に、他の吸血鬼の周波数を傍受して頭の中でずっと反響しているからだ。なんとか遮断できないかと頭を悩ませるが、ますます酷くなる一方で気が滅入る。その傍らでフォックステイルはすでに就寝していた。

 戦闘服を着たまま、壁に背中を預けてベッドの上に座っている。いつでも戦闘に移れるように。


 壁掛け時計が規則正しく秒針を刻んでいた。

 コンコン、と扉のノックされる音にユウコが体を起こす。フォックステイルも抱えていた近接兵装に手をかけた。


「ユウコ、起きてるか?」

「……なんだよぅ、君かぁ」

 声の主はエヌラス。調子を悪そうにしていたのを気にして様子を見に来たようだ。同室のクロックナイン、ファットトゥエルブから許可を得ている。


「なんか用?」

「具合はどうだ?」

「頭いたい。頭痛薬とかでなんとかなんない?」

「なんねぇだろうなぁ」

 突っ立っているアンテナの気分になる、とユウコは愚痴を漏らした。しかし逆に考えればそれはチャンスでもある。

 この街は吸血鬼だらけだ。それの波長を傍受しているのなら、伯爵の居場所も辿れる。


「どんな声が聞こえてくるんだ?」

「うーん、いっぱい。頭の中で人混みがわいわいがやがやしてる感じ」

「その中でもよく通る声、探れないか」

「……やってはみるけどさぁ。むんっ」

 こめかみに指を当ててきつく目を瞑る、吸血鬼瞑想ポーズはマヌケに見えるが本人は一番集中できると言って譲らない。


「う〜ん……!」

 よく通る声、というものがどういった物なのかはわからないが。こういう時にこそ“センス”がものを言うのだ。ユウコは雑音の中に身を投げ、聞き分けていく。

 老婆の声。老人の声。子供の声。青年の、少女の声。ホテルのオーナーの声が聞こえてきて、そちらに意識が引っ張られる。


 ──はい、伯爵。財団の皆様はこちらにご宿泊されております。ええ、もちろん丁重に。大事なお客様として歓迎しておりますとも。目的ですか。おおよそ貴方を討ち取るためでしょう。……いえ、いえ。滅相もございません。


(……オーナーさん、伯爵と話してるんだ。でもどうやって? 電話?)

 オーナーの声が向けられる方角に意識を変えて、ユウコは息を呑む。

 雑音の主はのっぺらぼうな影人間。朧げな輪郭でかろうじて人の声と判別できる。だが、伯爵は違った。


 姿形がハッキリと、鮮明に映る。

 鮮血に濡れた玉座に腰掛け、吸血鬼の総てを見下ろすように君臨していた。吸血鬼ネットワークの大本として彼は潜在意識下に存在する。それはユウコであっても例外ではなく、眼が合ってしまった。

 赤い瞳。白い髪は後ろへ流し、綺麗に整えられていた。黒いスーツに赤い裏地のマント。伝承にある通りのストイックなヴァンパイアスタイル。

 顔のシワすらも貫禄を感じさせる老齢の男性──ドラキュラ伯爵。

 その隣に並び立つのは絵に描いたような美女。若く、麗しい女性はこちらを見て会釈に留めていた。


“──ほう。私が見えるか。極東の娘だな? 実に珍しい”


(え、あ。どうも……はじめまして)

 念話ってこんな感じなんだ、とのんきな感想を抱きながらユウコは伯爵にお辞儀する。


“──話は窺っておるよ。私を討ち取りに来た、と。命知らずも甚だしい。嘆かわしいことだ。その命を花と散らすには実に忍びない”

(財団からの依頼でして……)

“──ふむ。私の疑問はさておき、娘よ。なぜ吸血鬼になることを選んだ?”

(え。それ聞いちゃうんですか。私の場合ただの被害者なんですけど)

“──なんだと!?”

 声を荒げる伯爵に思わずユウコが身体を竦ませた。


“──そのような蛮行、私が許さぬ! 我らは誇り高き存在! 高貴なる夜の一族! この月の夜に貴くあるべき者! それを、嗚呼、なんということだ! 不幸に見舞われるとはなんと哀れな娘か! その者の名は!”

(あー、えー、うーんと……チャン・チュンレイ?)

“──よかろう! 我が貴き血に賭けて、その者をこの場で血祭りに挙げてくれようぞ! 誰ぞその名を知るものはおらぬか!”

 それはまるで津波のようにユウコの頭の中で反響する雑音を洗い流す。それほどまでに圧倒的な存在感、カリスマ性と言ってもいい。あるものは魅了され、またあるものは心酔し、またあるものは陶酔感に酔う。

 だが、ユウコはそのどれでもなかった。ただただ平然と伯爵の威光を目の当たりにして佇む。他の誰もが成し得ない、畏れ多き所業。


 それを見て、伯爵の傍らに立つ美女が笑う。


“──貴方、とても面白い子ね。私はカーミラ。財団とやらからは“死妖姫”なんて呼ばれもしているわ。貴方の名は?”

(ユウコです)

“──そう。ユウコ……ユウコ、ね……ふふ。かわいい名前ね”

 蛇のように絡みつく視線に寒気を覚える。ドラキュラ伯爵はチュンレイの名を知る吸血鬼を探り当てると面前に引き摺り出した。


“──貴様か! 夜に貴く輝く我が血を賊に与えたのは!”

“──お許しを! 伯爵! どうか、ご慈悲を!”

“──ならぬ! まかりならぬ! 貴様は私の血と誇りを穢した! 断じて許さぬ、断じてだ! その命で償うがいいッ!”

 冷酷にして苛烈。伯爵が手をかざす。その怒りを現すかのように、その者の全身から棘が生えた。内側から皮膚を突き破り、臓腑を食い千切る。

 全身を串刺しにされた奇妙なオブジェが出来上がった。伯爵の怒りは留まるところを知らず、その矛先は極東支部に拘留中のチュンレイにも及ぶ。有無を言わせぬ断罪だった。


 怒りで肩を揺らしていた伯爵はそれで溜飲を下げたのか、玉座に再び腰を落ち着かせる。


“──嗚呼、すまぬ。つい取り乱してしまった。しかし、理解してほしいものだ。我ら吸血鬼はこの夜に貴く輝くべき、高貴な血筋なのだと”

 目の前で吸血鬼の使徒が串刺しにされたのを目の当たりにしてしまったユウコは取り乱すことなく、ただ他人事のように「あぁ、こうなるんだ」と冷静になっていた。


(はい! 伯爵様! 恐れ多くもご質問があります!)

“──よい、許す。なにか?”

(吸血鬼になってしまった人間は、元に戻ることができますか?)

 その問いに、伯爵は顎髭を撫でて低く唸る。


“──人間に戻りたいのか”

(なってしまったものは仕方ないと諦めてますけれども、やっぱりどこか諦めきれない自分がいることも本当なので。なので真祖である貴方の口から直接聞きたいと思いました)

 ユウコの問いかけに対して、やはり首を静かに横へ振られた。

 戻る手立てはこれで完全に無いことが確定する。自分は今後の人生で吸血鬼として生きることが明確になってしまった。だが覚悟の上で聞いたのだ、そこまで落ち込むものではない。


“──もし、この私を倒すことで全ての吸血鬼が人間に戻れるのだと思っていたのだとしたら残念だったな。使徒である君が吸血鬼の呪縛から逃れたいと願うならば、この私──ドラキュラを討ち取る他にない”

(それって……)

“──我が城で待つ。その挑戦、承ろう。歓迎しよう、極東の娘よ。迎えの者を差し向ける。そのものたちを撃退し、無事に辿り着けたその時に話の続きをしよう”

 波が引くように、伯爵達の声が遠ざかる。闇の中へ消えていく最中、カーミラが一度だけ振り返りウインクをした。


「────……」

「どうした、ユウコ」

 片目を開けてみる。そこには人相の悪い魔術師がいた。エヌラスが不安そうにしている。

 時刻は日付を跨いだところだ。時間にして数分程度しか経っていない。一晩中語り明かしたような感覚だけがあった。


「なんて言えばいいかなぁ。吸血鬼ネットワークの中で伯爵に遭ったんだけど」

「ホントか。大丈夫なのか、お前」

「うん、なんともないよ。でもなんか……迎えの者を差し向けるって言ってたような気が──」


 そう、言い終えるよりも先にエヌラスが懐から銃を抜くとホテルの階段めがけて発砲した。砲声にも似た銃声が廊下に響き渡ると、「FF2プロトコル」部隊が全員警戒態勢となって廊下に出てくる。

 それから遅れてスロウドが顔を出した。


「グッドモーニング! 夜やんけ! 何事?」

「敵だ」

 エヌラスの簡潔かつ、端的な言葉を聞いてクロックナインが突撃銃を向けたまま倒れている人物に歩み寄る。

 それは──ホテルのオーナーだった。頭の左半分が吹き飛んでいる。しかし、開けた口からは鋭利な牙が見えていた。

 即死であることは見てわかる。死体は残らず血霧となって床に染みを作って消えた。


「とんだ歓迎の仕方だな。こりゃ朝まで籠城なんて呑気なこと言ってらんねぇぞ!」

「トゥエルブ! 車両用意! 目的地ポエナリ城! 強行突入だ!」

「了解!」

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