傷痕
忍の胸に残る傷痕。
救急時に医師が出来るだけ細かく縫ってくれたが、どんな風に残るのか分からずに忍は沈んでいた。
「私、退院したら……数馬さんと暮らす……のですよね。」
「忍? 戸川さんと暮らしたいの?」
「夫婦……だから………暮すのですよね。」
「夫婦……そうよね。」
「この……傷……数馬さんに見られたくないんです。」
「え……………。」
「数馬さんに……見られたくないんです。
この傷、見られたら……嫌われたり……したら……。」
「忍………退院したら、私の家で二人で暮らすのよ。」
「えっ? どうしてですか?」
「あ……………それは、ね。それは……………。
あ………お父さんのこと、忘れてるでしょう。
思い出す為よ。
幼い頃から順番に……そうよ、順番に思い出した方がいいと思うの。
だからね、お母さんと暮らしましょう……ねっ、いいでしょう。」
「数馬さん……とは、離れるんですね。」
「そうね………先ず子どもの頃から順番に思い出して欲しいのよ。」
「…………はい、分かりました。」
「それからね、今日、光ちゃんが来てくれるのよ。」
「ひかるちゃん?」
「忍のお友達よ。」
「そうなんですか! お友達、居るんですね。私にも!」
「ええ、とっても仲が良いのよ。
心配してくれてね。福岡から来てくれたのよ。
もうすぐ着くと思うわ。」
「あの、そのお友達のお名前は、なんていうんですか?」
「山崎光、忍はヒカちゃんって呼んでたわ。」
「ヒカちゃん。」
「ご主人もご一緒だそうよ。」
「ご主人様のお名前は、なんていうんですか?」
「山崎結弦さんよ。」
「やまざき ゆづる さん。」
「大丈夫よ、覚えなくても………光ちゃんは分かってくれてるから。」
「はい。」
「ゆっくり思い出して貰えたら嬉しいわ。」
「はい。」
「光ちゃんも、そう思ってるのよ。」
「はい。」
「忍!…………思い出さなくても……いいのよ。」⦅その方が幸せだわ。⦆
「ありがとうございます。」
午後2時に山崎光が夫の結弦と一緒に見舞いに来た。
眼に涙を一杯に貯めて光は忍に抱きついた。
「良かった……帰って来てくれて……本当に良かった……。」
「……ありがとうございます。」
忍は戸惑いながらも光と結弦を受け入れている。
抱きつかれたことにも、その涙にも戸惑った。
そう、あの日、島の病院で家族だと言われて会った時も戸惑った。
涙を流されても、その意味が分からない。
家族の想いというのも分からなかった。
今も分からないままに光の抱擁の中で戸惑いながら居る。
光は見舞いの後に、忍の母に言った。
「あの男のせいですよね。」
「そうね。」
「これから、当然、離婚ですよね。」
「戸川さんから離婚届を受け取ったわ。」
「離婚に同意したんですか?」
「ええ。」
「そりゃそうですよね。自分のせいで殺されかけて記憶を失ったんですから!」
「…………………忍がね。」
「はい。」
「忍が………また恋をしているのよ。」
「えっ? 誰にですか? まさか、あの男じゃないでしょうね。」
「………………運命で結ばれているのかしら………。」
「いや……いや、いや! そんなはずないですよ。
運命で結ばれてなど居ませんよ。
あんな目に遭わせておいて、よくも、のうのうと忍の前に出られるなんて!
厚顔無恥ですよ!」
「忍が……戸川さんを求めても、お願いだから光ちゃん。
何も言わないで。」
「え? なんでですか?」
「治療が進んだら、上手くいったら、思い出すのよ。
それまで待ってて。お願いします。」
「じゃあ、何も言いません。」
「ありがとう。」
光は思った。
⦅大きな傷は、しーちゃんの心の中に今も残っている。
だから、記憶を無理にこじ開けないでおこう。
治療で、いずれ、思い出す時までは、このままで見守ろう。⦆
「いつも、何時でも、私は、しーちゃんの味方だよ!」
そう忍に告げて病院を後にした。




