番外編 小さな勇者の日常 side レイモンド 後編
皆でゾロゾロ歩いて行くと、湖の畔で人が沢山集まって何か騒いでいた。湖と言ってもここは城内だから、使用人の制服や下働き、中には騎士服の人もいる。
ライアンが歩いていた僕に声をかけてすぐに抱っこしてくれた。例えお城のなかでも、危ないときは一人でいちゃ駄目。
他の騎士達はさっと前方の人混みに走っていった。たぶん、何があったのか聞いてくれてるんだ。
僕は首を傾げて、ライアンに尋ねた。
「どうしたのかな?」
「分かりません。様子を見に行った騎士達が戻ったら聞いてみましょう」
集まっている人達は何故か皆、空を見上げてる。
「第三騎士団の訓練の様子がここから見えるのかもしれませんね。けれど予定ではもっと山脈側で行われているはずですが……」
ウィルはライアンに抱っこされた僕のそばに立ってキリッとした顔で人混みを睨んでいるけど、他の子供達は皆、ウィルより歳下だからか、連れてきた従者に纏わりついて不安そうにしている。
「あ!」
すぐ横にいた子供が空を指さした。
つられて皆も空を見上げる。
「……あれは?魔物?」
青い空高く、黒いシミのような直線が遠くに浮かんでいる。その中の黒色のシミが一つだけどんどん大きくなり、一直線にこちらに向かってくるのが見える。
「そんな!?訓練を逸れたらしきワイバーンが単騎でこちらに向かって急速に接近中!」
護衛騎士の一人が慌てたように叫び、それまで空を見上げて騒いでた人たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げ出した。
ウィルの隣りにいたアンドリューは大声で泣き出し、その従者が慌てふためいて手を引いている。
すぐ後ろにいたパティも悲鳴を上げて、重そうなドレスのまま本城に向かって駆け出した。
「ま……まもの?」
横を向いてみると、さっきまでキリッとしていたウィルも、その場に腰を抜かして動けないみたいだ。
「そういえば、他の場所には魔物がいないって、ほんとう?そしたらウィルは、ワイバーンは初めて見るの?」
尋ねてみたけど、ウィルは何も答えない。
そのうちに、駆けつけて来た第一騎士団が護衛騎士達と合流して前の方で隊列を組んだから、僕は大きく両手を振って合図して、結界魔法を詠唱した。
「はっ……は」
ウィルが目を白黒させて吐息みたいな声しか出さなくなったから、僕は抱っこされたまま、安心させるようにウィルのほうを向いて笑った。ウィルのすぐ後ろには、泣き喚くアンドリューと悲鳴をあげ続けるパティ。
「大丈夫だよ、ちゃんと結界を張ったから」
そう言い終わった位で、『ドーン!』と言う衝突音と、僕の張った結界に激しい衝撃が走り、結界に思い切りぶつかったワイバーンが、白目を剥いて湖に落ちた。
すぐにザパァン!という音がして、湖の水しぶきが結界にバチバチと当たって跳ね返った。
「ワイバーンは結界に衝突して水没!」
「総員、ひとまず公子様の結界内に避難しろ!」
僕はライアンの腕をポンポンと叩くと、下に下ろしてもらって、地面に座り込んでいるウィルを覗き込んだ。
「ウィル、ねえ、大丈夫?」
「はっ……あ、レ、レイ様」
「うん。あのね、このお城ではね、たまにこういう事があるの。ごめんね。でも結界があれば怖くないよ」
「はぁ……」
ウィルは、まだぼんやりしてるみたい。逃げ遅れてその場にうずくまったアンドリューやパティ達にも、結界を張ったからここに居ても大丈夫だと説明しておく。
最後に、湖の畔に隊列を組んだ騎士達に向かって歩いていく。
「皆、大丈夫だった?」
「はっ!問題ありません、公子様!」
「今日のお茶会はもう終わりだよね?」
僕がちょっと困って騎士達を見上げていると、後ろから柔らかで優しい魔力に包まれた。
「レイ!」
「母上!」
一瞬で転移してきて僕を勢いよく抱き上げたのは、母上だ。サラサラの銀髪を高い位置で一つに結んで、普通の訓練服を着ているだけなのに、何故かすっごくキラキラしててものすごく綺麗。
他の皆も急に現れた母上にワイバーンよりもビックリして、真っ赤な顔で見惚れてるみたい。お客様は仕方ないけど、騎士団の人たちは見慣れてるはずなのにね。
僕は皆の前でそんな母上に抱っこされてるのが嬉しくて、自分からも目一杯ぎゅううと抱きついた。母上は、絵本に出てくる女神様そっくりで、他の人とは何もかもが全然違う。それに抱きつくととっても良い匂いがするんだよ。
「レイ!お茶会を台無しにしちゃってほんとにごめんね!ワイバーンの訓練中に私がボンヤリしてたから!」
母上はとっても綺麗なんだけど、すごくおっちょこちょいだから、父上やカリンに時々ちょっぴり怒られてるみたい。
丁度すぐそばに巨大な白猫が転移してきて、母上に向かってシャーッと鳴いた。
『いくら心配だからって、こっちばかり気にしてるからこんな事になるんだぷ!』
母上は今日もカリンに何か怒られてるみたい。
「分かってますぅ、ごめんなさい」
カリンに向かって口をとがらせて、僕のほっぺにグイグイ顔を押しつけてる母上を、僕は慌てて慰めた。
「大丈夫だったよ。母上がくれた銀のブローチで、いつもより大きな結界をはれたんだ」
母上は凄く嬉しそうに笑って、僕を高く持ち上げた。
「ああ、それは見たわ!良かった、ブローチを付けてきてたのね。とても上手に結界を拡大出来てたわよ!」
母上が笑うと、いつも僕の胸の中はすぅーってする。さっきまで悲しかったことも、全部なかったみたいに。僕も嬉しくて、思い切り声を上げて笑った。
それに母上のくれる装飾品は、綺麗なだけじゃなくて、色んな効果がある。だから魔法を使う時に便利だし、それで遊ぶと凄く面白いんだ。今日のは丁度、魔法を拡大させる魔道具のブローチだった。
「そ……それで、ど、どう?お、おともだちとかは」
母上がコホンと咳払いして、モジモジした感じで聞いてきた時だった。
ドコーン!と言う音が響いて、突然飛び上がったさっきのワイバーンが、湖にまた落下するのが見えた。
バッシャーン!と水飛沫が僕の結界にまたかかる。
「ルー!心配なのは分かるが、先にあの統制を外れたワイバーンをどうにかしないと。今日は魔物に慣れない者が城に多くいるのだろう」
マントをはためかせながら湖の畔に着地すると、ゆっくりと歩いて来たのが僕の父上。さっき湖の上に転移して、また起き上がったワイバーンを気絶させたみたい。
父上は人族だったけど、母上と結婚してトクベツになったんだ。だから、母上と同じ様に飛翔の魔法とか、転移の魔法とかも簡単に使えるんだって。
ほんとうはその事は誰にも内緒なんだけど、あんまり内緒に出来てない気がする。空を飛んで一撃でワイバーンを気絶させちゃった父上を、皆ビックリして見つめてるから。
それに父上は、すっごく格好いいんだ。母上もキラキラして綺麗だけど、父上はとっても大きくて格好いい。綺麗な顔だけど、それでも凄く強そうなんだよ。
僕は母上に下ろしてもらって、父上に駆け寄った。
「父上!ぼく、わ、私が結界を張って城の者たちをまもりました!」
父上のキリッとした顔を真似して言うと、父上は僕の頭をクシャッと撫でてほんの少し目尻を下げた。
「そうか。良くやってくれた。私のいない時も、城はお前に任せておけば安心だな」
僕は嬉しくて、ワイバーンみたいにお空にビューンと翔んでいけるような気持になった。今なら僕も飛翔の魔法が使えそう。
「ご、ごめんなさい、フェル。私ったら全然集中出来なくて……」
「分かっている。子供達のお茶会を朝からとても気にしていたからな。そんな日に訓練の予定を入れてしまった私が悪かった」
シュンとして俯いた母上の肩をそっと抱き寄せて、父上は母上の髪に軽くチューをした。
『大公はルシルを甘やかしすぎだぷよ!そもそも、ルシルがレイ坊に過保護すぎるのも良くないぷ!』
カリンがフーッと唸ってそんな二人の間に割って入っている。
「ごめんてばカリン」
「そう言ってくれるな、神獣殿。我が妃はとても繊細なのだ。この優しい妻を一体誰が責められる?」
『このお馬鹿のどこが繊細なんだぷ』
「フェル……。庇ってくれてありがとう。でも今回は私が悪かったのよ。お城の皆を危険に晒したんだもの」
母上と父上は僕の頭の上で見つめ合ったまま、コショコショと内緒話を始めた。だけど、周りの人達が全員僕らに釘付けになってるから、あんまり内緒になってない気がする。
僕は母上の訓練着の袖を軽く引っ張った。
「あのね……僕ね、おともだち、出来たよ」
僕は母上を安心させるように言ってみた。ほんとうは、名前を聞いて一緒にお菓子を食べただけで、まだあんまり遊んでないけど。
でも二人はパッと嬉しそうに僕を振り向いた。
「まあ!そうなのね!」
「そうか。その者達はどこにいる」
「うん。えっと、ウィルとパティだよ。あと、アンドリューも?」
僕は慌てて名前を聞いた子供達を探して振り返った。
でも最初に勢いよく近くまで走ってきたのは何故かアンドリューだった。
両親に向かって真っ赤な顔で礼を執ると、胸ポケットから慌てて出した紙をつっかえながら読み上げた。
「はっ、はい!はい!ぼっ、僕がアンドリューです!男爵家の三男です!大公国内に住んでいるので、お召しがあれば、いつでも遊びに……と、登城出来ます!」
満足気にもう一度礼をとった後、ギュインと振り向いて、さっきより一層キラキラとした瞳で、僕を見つめてくる。
「こ、こ、こ、公子様!僕の事はアンディと呼んでください!」
真っ赤な顔で言うアンドリュー。さっき意地悪しちゃったのに、なんだか僕の事が大好きみたいだ。
(なんでだろう、なんだかその笑顔、ちょっと怖い……)
僕はウィルとパティも探した。すると少し離れたところで従者の影からこちらを覗いている二人を見つけた。でもなんだか、二人とも僕と目が合うのを避けてたみたい。
「ウィル、パティ!」
呼びかけると、二人はおずおずと近づいてきて礼を執った。二人共、顔色があんまり良くない。
「あ、あの私は帝国中央に住んでおります。こ……公子様が帝都にお越しの際には……お声がけください」
「わ、わたくしも普段は帝都におりますので……公子様にお会いできて、本日は光栄でした」
そうなんだ。ウィルやパティは遠くに住んでいるんだね。それに何故か名前でも呼んでくれなくなっちゃった。
僕はなんだか少しがっかりして頷いた。
「そうか。陛下からの頼みで帝都の上位貴族の子弟も呼んだのだったな。次は公国内の子供達だけを集めてお茶会を開けば良い」
「そうよ、次の時は母上も一緒にいるからね。近所のお友達がすぐにもっと沢山出来るわよ」
でもニコニコしてる父上と母上を見ていたら、すぐに元気が出た。
「はい!父上!母上!」
元気良く手を上げてお返事する僕を、父上が抱き上げてくれた。そんな僕のほっぺに母上が優しくチューをしてくれる。
僕は今でも充分幸せだから、おともだちは、いてもいなくてもいいや。
でも母上と父上が嬉しそうだから、今度のお茶会ではもっとうまくお喋り出来るかな。
それと一応、キラキラとした瞳で僕をずっと見てくるアンドリューにも、名前を伝えておく。
「アンディ、僕のことはレイって呼んでね」
「はい!レイ様、神様、公子様!」
あれ……おともだちってこういう感じなのかな……?
真っ赤な顔で嬉しそうに笑うアンディに、僕はちょっぴり困った顔で笑い返した。
本編のコメントでリクエスト頂いた後日譚をやっと投稿出来ました。あまりに時間がかかり過ぎてしまい、失礼いたしました。いつか思い出して読んでいただけたら嬉しいです。




