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番外編 小さな勇者の日常 side レイモンド 前編

本編完結からだいぶ間が空いてしまいましたが、レイモンド視点の番外編を書いてみました。

お楽しみ頂ければ嬉しいです。


「デボラ。母上がくれたブローチも付けたい」


 僕は大きな姿見の前に立って、後ろにいるデボラを鏡越しに見上げた。


 母上が6歳の誕生日にくれたブローチ。銀色でピカピカしててとっても綺麗なの。


「はい、公子様。もちろんご用意出来ておりますよ」


 大きな飾りテーブルに並んだ装飾品の中から、銀のブローチをそっと持ち上げるデボラ。


 振り向いて両手を差し出したけれど、優しく微笑まれてしまう。


「こちらですね。わたくしが付けて差し上げますね」


 ブローチには針がある。それはとても危ないから、とデボラは言うけれど、本当は身体に纏っている防御膜のおかげで小さな針なんか僕の肌には通らないんだ。


「わああ、すごくカッコいい」


 白色に銀の刺繍がついたスリーピースは、父上の持っている服とお揃い。黒色の髪の毛と紫の瞳もお揃いだから、これを着ると父上みたいになれた気がする。


「キラキラだねえ」


 デボラが付けてくれたブローチを触って、もう一度姿見を覗き込んだ。


 服だけでもとっても格好いいのに、母上がくれた銀のブローチを付けたら、もっとキラキラして眩しくなった。


「本当に。白と銀が公子様の紫の瞳によく映えます」


「うん。これなら僕にもおともだち、できるよね」


 だって、この服なら父上にそっくりだから、みんな僕を好きになっちゃうに決まっている。


「ねぇ、ライアン。僕の剣を持って来て」

「今日はお茶会なので、剣はやめておきましょう」


 いつもは優しい護衛のライアンが、お気に入りの木剣を大きな身体の後ろに隠してしまった。


 今日は、子供達のお茶会の日なんだ。


 そこでおともだちが出来ると良いわね、と母上に言われたのを思い出した。


 お友達についてはもちろん聞いてある。歳の近い子供達で、挨拶をしたら、一緒に遊んで、名前を呼びあったりするんだ。


「おもちゃは持っていかないの?」


「持っていかなくて大丈夫ですよ。お茶会では、まずお菓子を食べてお話するんです」


 お菓子!僕の好きなケーキは出るかな?


「おともだちは、僕を好きになってくれるかな?」


「もちろんです、公子様」

 

 デボラとこのお城に来て、父上と母上と会って、もう3年が経った。


 もっとうんと小さい頃は、母上も父上もいなくて、別の所にいて、デボラ以外の周りの大人は僕に怖い顔ばかりしてた。僕は今よりずっと弱虫だったから、いつもすぐに泣いていたせいかもしれない。


 でも僕はもう6歳になったし、お勉強も沢山してる。剣術だって上手くなったと父上が褒めてくれた。弱虫なんかじゃないし、魔法だっていっぱい使えるんだ。


 だから、もうすぐに大人になりそうな僕には、おともだちは要らないかもしれない。


 僕はキュッと口を閉じたまま、皆を見回した。


「公子様、きっとご友人が沢山出来ますよ」

「こんなに可愛らしいんですもの、すぐに人気者です」

「わたくしどもが応援していますからね」


 いつも側にいる侍従や侍女達が部屋の出口で口々に言ってくる。僕はピーンと胸を張って歩いた。お出かけのときは、父上がいつもそうしているから。


(だけど、誰も僕には話しかけてくれなかったら?)


 前に窓から見えた庭師の子供達に走って近づいてみたら、皆慌てて頭を下げて動かなくなってしまった。いつだって、お城で話しかけてくるのは大人だけ。


(子供たちとお話するってどんな事を話せばいいの?)


 うーんと悩んだまま、お茶会の会場に向かって護衛騎士の皆と歩いて行く。


 でも会場の前につくと、すぐにそんな気持ちは忘れてしまった。もしかしたら、パーティの時にしか食べれないような、特別なケーキがあるかも!


「公子様のご到着です!」


 扉番が大声を張り上げたのに、ビクッとして上を見上げると、パッと目の前の大扉が開かれて、中から楽しそうな音楽が流れてきた。


 僕がピーンと胸を張って部屋に入ると、演奏は益々大きくなり、長テーブルで立ち上がって拍手をしていた大勢の子供達は僕に向かって一斉に同じポーズを執った。


「楽にしてよい。今日は楽しんでいくように」


 父上がパーティでいつも言う言葉を思わず真似して言っちゃった。そんなに大きな声じゃなかったけど、演奏が急に止んだから、凄く部屋に響いてビックリした。


 案内の侍従に続いて一番奥の席に座ると、他の子供たちの顔が一斉に僕を見た。テーブルにはお菓子がたっぷり置いてあるけど、みんな僕の顔ばかりじっと見てくる。


(お菓子を食べ始めるのはいつなの?また僕が何か言う番?)


 僕はどうしていいか分からなくて、少し怒った顔をしてみた。父上が大勢の人と一緒に座っている時はそんな顔をしているから。


「公子様、まずはお言葉をお願いします」


 後ろに立っていた侍従の一人が、一歩前に出て僕にそっと耳打ちした。


 そうだった。なんだかビックリし過ぎて、父上の真似をしちゃって、練習と違う事を言っちゃった。


「……僕はレイ……、……わ、私はレイモンド・トーリ・ラフロイグである。今日はみな、よく来てくれた」


 そうしたら、周りの子供達が一斉に大声で話しかけてきた。


「公子様。僕は……」

「公子様、公子様。わたくしは……」


 皆急に立ち上がってテーブルを回って押し寄せてくる。話しかけてくれる子はいっぱいいたけど、なんだか怖くなって立ち上がり、何歩か後ろに下がった。


 母上から貰ったブローチをギュッと掴んで、我慢する。護衛騎士達がすぐに駆けつけて何か言いながら、皆を元の席に座らせてくれた。


 僕は騎士達のことをチラっと見てから、もう一度席について、お皿に取ってもらったお菓子を食べ始めた。そうしたら、他の子達も食べ始めた。ちょっとホッとする。


 しばらくすると、隣りの席の金髪の男の子が咳払いをして、落ち着いた声で話しかけて来た。


「公子様。先程は失礼しました。私は帝国中央公爵家の三男でウィリアムと申します。ウィルと呼んでください」


 その子が着ている濃紺のスリーピースの白い刺繍はとても綺麗だった。お茶を飲む姿も、自信満々に見える。


「公子様、わたくしは帝国中央侯爵家の四女パトリシアと申します。パティとお呼びくださいませ」


 逆の隣の女の子も話しかけてきた。その子もフワフワの金髪に水色の瞳、フリルの沢山付いた桃色のドレスを着ていて、お花みたいで凄く可愛い。


 僕はお菓子から顔を上げて、そっと二人の顔を見た。


 すごくニコニコしてる。お城で話しかけてくる大人みたいな顔。二人とも、僕より歳上なのかな。


「僕は6歳だよ。ウィルとパティは何歳?」

「私は9歳です」「わたくしは8歳ですわ」


「ふうん。僕の事はレイって呼んでね。名前を呼び合うと、おともだちなんだよね?」


「はい!ありがとうございます、レイ様!」

「ありがとうございます!レイ様」


 そう言うと、二人はピカピカの笑顔で答えてくれた。あとは、お菓子を食べたあとでみんなで遊ぶんだっけ。


 新しいケーキをモグモグしていたら、すぐそばに別の小さな男の子が走ってきて、僕に嬉しそうに叫んだ。


「公子様!公子様って、神族なんですか?!」


 僕は目をまん丸にしてその子を見た。


「え?」


 走って来た子は、隣の二人より凄く地味な格好だ。灰色のスーツに黒のタイ。でも焦げ茶色の瞳だけはとにかく嬉しそうで、キラキラと輝いてる。


 呆気にとられる僕の横で、ウィルが冷たく言った。


「失礼な奴だな、先ずは先に名乗りなさい」


「僕の名前はアンドリューです!それで公子様って、神族なんですか?それとも龍族ですか?」


 アンドリューは目を爛々と輝かせて、同じ質問をして来た。


(え……どうしてそんな事を聞くの?)


「あ……あの」


 僕は困って、騎士達のことをまた見たけど、今度は騎士達も困った顔で見返してくるだけだ。


「まあ、レイ様。あのように無礼な子供とは仲良くなさらない方がよろしくてよ」


 パティが鼻にシワを寄せて僕に言って、ウィルも頭を振りながら、呆れたようにアンドリューを見た。


「アンドリュー。レイ様は人族に決まっているだろう?どうしてそんな事を聞くのだ」


 アンドリューは少し赤くなって、両手を身体の横でギュッと握った。


「で、でも……!公子様のお母様は、とっても強い神族でしょう?大公様も北方の英雄だから……だから……だから公子様も……」


「まあ、それで公子様まで神族だとでも?全く、情勢に疎い田舎貴族はこれだから嫌ね」


 パティが馬鹿にしたように鼻で笑った。アンドリューはポカンとした後、馬鹿にされた事は分かったみたいに顔を真っ赤にして言い返した。


「公子様も、ご両親と同じでものすごく強いって、お城勤めの叔父さんに聞いたんだ、だから!」


「……だから、公子様は人族ですわよ。得体のしれない種族なんかではなく、尊いお血筋のね」


 パティはまた鼻にシワを寄せてアンドリューを冷たく見ると、扇子で口元を隠した。横で静かに聞いていたウィルも、ため息をついて淡々と言った。


「馬鹿な事を。レイ様は大公夫妻の実子ではない。大公国の者は未だにそんな事も知らないのか。我々帝都の貴族家だってそれくらいの情報は得ているというのに」


「な……なんだよ!何にも知らないくせに!公子様は……公子様はものすごく強いんだからな!」


 僕は皆が話している間、ずっと下を向いていた。


 なんだか凄く悲しい気持ちになって、そっと銀色のブローチに触って、そこにあるのを確かめた。


(僕は父上と母上の本当の子供じゃないって事はちゃんと知ってる……でも初めて他の人にそう言われた……)


「アンドリュー」


 デボラからは聞いていたし、父上と母上も何度も分かりやすく説明してくれた。だからそんなのは、平気だ。


「ぼ、僕は……人族だよ。それに、父上と母上はものすごくとくべつだけど、僕は二人が言ったみたいに、ほんとうの子どもじゃないから、ふつうなんだ」


 やっと顔を上げてそう言うと、アンドリューはヒュッと変な音をだして、すごく怒られた時みたいな顔をした。平気なフリをしたけど、なんだか僕が変な顔になっちゃってたみたい。


「あ……あの……ごめんなさい」


「いいよ。ほんとうのことだから」


 僕は気にしていないフリをして、目の前のケーキをつついた。でもさっきよりも新しいケーキは食べたくなくなった。


「だ、だけど公子様……、公子様は本当に普通なの?」


 アンドリューがグズグズと同じ話を始めたから、僕はなんだかムッとして、少し意地悪な声で言った。


「神族や龍族とおともだちになりたいなら、国のお役人とか、騎士団を目指すといいよ。いつか会えると思う」


 アンドリューはすっかり悲しそうな顔になった。

 でも僕はそれを見ていないふりをした。

 すると、ウィルがわざと明るく言った。


「レイ様。大公城には風光明媚な湖があるとか。みんなで湖を見に行って遊びませんか」


「ま、まあ。わたくしもぜひ見てみたいわ」


 パティも笑顔で言って、扇子をパチンと閉じた。


 皆が心配そうに見てくるから、ちょっとだけ嬉しくなって、少し元気が出た。


「いいよ、みんなで行こう」


 僕が頷くと、子供たちもその周りの大人達も、一斉に少しホッとした顔をした。



後編も続いて投稿予定です。

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