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12.普通って…

すごく風邪ひいて更新休んでました…すみません…

直った置時計は老人に運ばれて役所のホールへと運ばれていった。まるで昔からそこにあったかのように空いたスペースへ置かれた時計は数分ごとに月の精霊が秒針で遊び、朝になれば海の女神が時間を示す短針に身体を預けて髪をとかし、午後を告げる頃には優美な歌を歌った。

年配の住人が噂を聞いて見に来るようになり、娯楽の少ない町の住人がからくりの出る時間に役所に押し寄せた。

嬉しそうに時計を自慢する老人のお陰で、フィリルの呼び名は無事に「姫さん」から「魔法使い様」へ変わっていった。


その様子を横目で確認しつつ、フィリルは倉庫へと入り印刷機を解体していく。こちらは特に壊れてはいなかったようだが、学院の授業で習った魔法陣よりもかなり古い図式で作成されていた。メモを取りながら数日かけてメンテナンスをし、動力用の魔石の交換をすれば終わりだった。

インクを自作して試し刷りをしていたら、老人に大層呆れた目で溜息を吐かれたのに首を傾げたが、再び動くようになった印刷機に職員は喜んでいた。



その他は小さな魔道具ばかりで、纏めて箱に入れて運び、カウンター側のテーブルで修理をしていた。

カウンターに人が近づくと小鳥の声で教えてくれる魔道具。壁掛け時計が数個。茶葉を入れておくとと自動でお湯を沸かしてお茶を入れてくれるものもあった。


「(ここの役場の人、すごく魔道具好きだったとか…)」

掃除用の魔道具など、埃を吸い取るもの、床を拭くもの、窓を拭くもの、外壁を磨くものなど多岐に渡る。普通の役場にこんなに魔道具があるのは国の違いだろうか。スヴァールには、こんなに魔道具を所有しているのは高位の貴族の館くらいだった。

暖房器具の類もあり、カウンターの下に置いておくと足元が暖かいのだと喜ばれた。


噂はすぐに広まり、近所の住人達にも修理を依頼された。

港町ならでわの漁業用の魔道具や、魚の骨が切り身の中に残っていないかを判別する魔道具なんかもあり、フィリルは興味深く観察しながら修理していく。

対価を要求していないにも関わらず、住人は昼食や果物を差し入れてくれたり、保存の効くパンや乾麺を報酬としてくれた。




フィリルの朝は漁を終えた漁師が港へと帰って来るころに始まる。

朝の軽い運動を終えたラルフが作る朝食の匂いに引きずられるように目覚め、ラルフと共に宿を出ては周辺の散策へと出かけた。


腰に下げたシャトレーンには、素材収納用の小さな袋と魔物除けの香、小型のナイフ、ハサミ、ピンセット、細身のシャベル。歩くたびにシャラリとチェーンが揺れて音を立てる。

この辺りの砂浜は赤味の強い茶色で、触ると肌に吸い付く感触とは裏腹にさらさらと地面に落ちていく。鉱石が多く含まれているからだと本で読んだことがあった。

「(鉄…酸化鉄か、魔力を含んでるのかな…)」

水を含んだ部分は赤みが増す。不思議な色の土を大きめの瓶いっぱいに採取しながら、周辺の草花に目を向けた。

淡い黄色の綿毛を飛ばす植物、水色の小さな実をつけた木へと視線を移す。

「(これはたぶんヒューカの種。この木の実はソタミナ?)」

ヒューカの花は苦みのある茶になる。コーヒーと紅茶の間のような味だが眠気を飛ばす作用がなく、寝酒の割りものに使用されるものだった。乾燥させた花や種は魔法薬の材料として見たことがある。図鑑でもよく目にしていた。


ソタミナは初級の回復薬などに使用される薬草で、フィリルも乾燥させて粉にしたものはよく目にしていた。

一応、と手を伸ばし、腰に下げたナイフでヒューカを切り取る。以外にも弾力のある茎は刃を弾き、その振動で綿毛が一気に空へと飛んだ。

「わっ」

まるで植物そのものが風の魔力を放出したかのように、ひと房の綿毛が飛ぶ。釣られるように周辺の綿毛もふるりと震え、一斉に種子を飛ばした。隣の花の綿毛へとその連鎖は続いていく。

「(きれい…)」

澄み渡る青空へ、黄色の綿毛がひとつひとつの種子を飛ばしていく様を見て、フィリルは微笑んだ。そして網目の細い布袋を出して、そっと離れたヒューカの群生地の綿毛に被せ、ナイフで茎を切る。今度は周辺に綿毛をまき散らすことなく刈れた。



朝は周辺の砂浜や森の浅い場所で貝や砂、見たことのない植物を採取し、昼食と共に役所を訪れては魔道具を直す生活を続けた。

ラルフはその間ずっと老人に扱かれていたようで、昼食時は砂まみれだったし、夕食の後はほとんど話さずに眠ってしまった。

「(頬がすこし、引き締まった?気がする)」

眠るラルフの横顔を眺める。元からふっくらとしていた訳ではないが、少年味を残していた顔つきが随分と研ぎ澄まされた。殺気立った鋭さが消え、大人の雰囲気というか、落ち着きが増している。

「(なにか、技術的なことじゃなく…精神論でも叩きこまれてる…?)」


暗い窓に映る自分の顔を見る。大きな瞳、全体的に薄い色素、童顔。エルフの特徴を色濃く出した細身の身体。

「(ラルフみたいな顔に生まれてみたかったな)」

手合わせも訓練にも誘われなかったことも、飛んできた短剣が決して大きな傷を負わせるものでもなかったことも、フィリルは少し不満だった。

「(守ってもらわなくても、私だって、ラルフの隣で、強く…)」

そこまで考えて、思考を止める。

「(最初は私が、彼を守ってるつもりだったのに。守られてるって、感じてる…?)」


権力を振りかざして騎士学院の卒業を捩じ込み、金銭を与え、時間を与え、彼の世界を広げてあげようと思っていた。そこに自分の利益があったから。

たぶん今はまだ、フィリルが守ってる部分も大きい。しかし、この数日の成長を見ていると、おそらく彼にフィリルが必要なくなる日はそう遠くないだろう。


「(これが、対等な仲間とか、友達とか、そういう…)」

頬と耳が熱い。両手で顔を覆い、上がりそうになる口角を押さえる。


上がったテンションのままに、足音を忍ばせて隣のベッドの側に立ち、端正な寝顔を覗き込んだ。いつも彼がするように首筋に触れようと伸ばした手を、ラルフが柔く握る。

「どしたの」

寝ていたからか、少し掠れている声に、微笑みを深める。

「最近疲れてそうなので、すこし心配になって」

ラルフは吐息だけで笑うと、フィリルの後頭部に手を回して引き寄せ、鼻と鼻を擦り合わせた。最後に一度、鼻の頭を甘噛みして離れる。

慣れてきたとは思っていたが、やはり獣人は距離が近い。聞こえた穏やかな寝息に、寝ぼけていたのだろうかと首を傾げながらもベッドに横になった。


「(あの、鼻を擦りつけるのってよくやるけど、なにか意味があるのかな)」

獣人は身体接触が多いが、それは家族や友人の間だけの話だ。

きちんと理性のある彼らが、他国の貴族とはいえフィリルへと馴れ馴れしい態度で接してくることはほとんどない。あったとしても背中を叩かれる程度だった。

「(まだまだ理解が足りないな…)」

暖かい口内に一度包まれた鼻先が冷たく感じて、フィリルは深く掛け布団に潜り込んだ。




「獣人の方特有の触れ合い方ってありますか?」

知りたいのなら尋ねればいいのだ。一晩のくれた助言に従い、フィリルは昼食を提供してくれた獣人夫婦とクッキーを持ってきてくれた若い漁師達に尋ねる。


「なんでぇ、魔法使い様、恋人は獣人の嬢ちゃんか?」

燻製肉のサンドイッチを頬張りながら、壮年のうさぎの獣人の男性が揶揄う。フィリルは名言を避け、ニコリと微笑むに留めた。

「鼻先を髪とかに擦りつけるんですけど、どういう意味なのか気になっていて」

ちなみにラルフは裏の空き地で老人と組み手の決着がつかないらしく、まだ来ない。聞かれたら嫌がりそうなのでちょうどいい。


「挨拶みたいなもんですよ」

うさぎの獣人の答えに、そこにいた獣人が全員頷く。どうやら獣人はほとんど皆するらしい。

「鼻を噛むっていうのは?」

近くで話を聞いていた若い犬の獣人男性が擽ったそうに笑った。

「魔法使い様の歳だとまだ早いかもしれないが、唯人も恋人同士ならするだろ?んぅ、相手は年上か」

「俺の彼女が唯人だけど、獣人特有ってのはないだろうな。スキンシップ多いっつーのは世間じゃ言われるが、甘噛みとかキスのひとつやふたつ、普通にすんだろーが」

猫の獣人の言葉に、犬の獣人がうんうんと深く頷いている。


「おまえら獣人は兄弟でもすんじゃねぇか。唯人は恋人以外はやらねぇからビックリすんだよ」

「確かにそうねぇ、獣人同士だと少し仲のいい友達なら抱き合ったり、辛いときに舐めたりは普通にするけど、昔唯人の恋人に注意されたことがあったわ」

フィリルはそういうものかと頷きながらサンドイッチを口に入れた。唯人の漁師の青年が笑いながら、隣の犬の獣人を指す。

「俺、ガキの頃転んでこいつに口舐めらたことあって。ファーストキスこいつってのが一生の汚点」

「口舐めるのは愛情表現だっつてんじゃねーか」

「ゴリラ犬の愛情なんていらねーんだよ。お前の妹ならよかったのに…」

ここら辺では皆知っている話なのだろう。「いつまで言うんだそれ」と皆口々に揶揄いながら笑っている。


その時、裏の勝手戸が空いて老人とラルフが部屋に入ってきた。ラルフはフィリルの隣に座り、無言でサンドイッチの皿に手を伸ばす。

「お前じゃねぇけどさ…付き合いたてで甘噛みとか舐めたりとかすっと引くよねぇ、唯人は…」

犬の獣人が涙を堪えるように目元に手をあて天井仰ぎ、周りの漁師が半笑いで慰めはじめた。「どっちにしろあんなお嬢さん、お前にゃ高嶺の花だっただろ」と聞こえたので、最近何かあったのだろう。


ラルフは何を話していたのかだいたい察しがついたのか、フィリルを軽く睨み、眉間の皺をそのままに窓の外を向いてしまった。老人が飲んだ茶を吹き出すのを堪えるように咽ていた。



なにはともあれ、「挨拶」という回答を得たのだ。それならば実践してみようかと、その夜風呂から戻ったラルフへと近づき、シャツの胸元にそっと鼻を擦りつけてみた。

ラルフは警戒するように周囲を見回し、眉を寄せてフィリルを覗き込む。

「体調悪ぃの?」

風呂上がりの暖かい手が体温を測るように頬から額、首へと降りる。フィリルは首を振って視線を上げた。

「君もよくするでしょう?今日、挨拶の意味だと伺ったので。……使い方、違いました?」

ラルフは小さく首を傾げ、少し顔を顰めたが、フィリルの頭を軽く抱き寄せて同じ仕草を返してくれた。

「(体調悪いって勘違いされたし、たぶんなんか違ったんだろうな)」

獣人のコミュニケーションって難しいと思いながら、暗い部屋で魔法の光を灯し、本を開いた。

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