九十六話 上級依頼と人斬りの噂
一見ただの平原が広がっているだけに見える王都へ繋がる街道の一つに《ゼフィロス》の姿があった。
「依頼書通りね、土竜の群れが街道を穴だらけにしてるわ」
「依頼は街道を荒らす土竜の群れの殲滅だっけか?」
ネロの確認を込めた言葉にイデアは頷く。
「そう、問題は土に潜ってる魔獣をどう引き出すかよね」
土竜、普段は土に潜み獲物を狩る時のみ土から出てくる魔獣、見た目が伝説に名高い大地竜に似ているため名称に竜と付いているが決して竜種には及ばないがそれなりの強さを持っていることに間違いは無い。
この魔獣の討伐が上級の依頼になっている理由は先程イデアが呟いた通り、普段は土に潜っている土竜は討伐するのが難しいからである。
さらに今回は群れが相手、剣も槍も土の中まではさすがに届かない。
「イデア君のことだ、策はあるのだろう?」
「当然よ、でも策を使ったあとの魔獣の動きが読め切れてないのよね。四方に散らばられると面倒だわ」
イデアが話す懸念について、ネロとサルースはなるほどと頷く他ない。
ここで平原を観察していたアルレルトが口を開く。
「イデア、ちなみにその策は地鳴らしですか?、それとも水攻め?」
「地鳴らしよ、水攻めだと後片付けが面倒臭いし」
「なるほど、こういった群れには大抵ボスがいます。ボスを討伐できれば雑兵が逃げようが土に潜ろうが関係なく群れとしての土竜の脅威は消え失せます」
アルレルトの意見にイデアは形のいい顎に手を当てて、暫し思考しネロに意見を求めた。
「ネロはアルの意見どう思う?」
「着眼点はいいと思うぞ、理にかなってるし。あとは依頼の内容を鑑みるに討ち漏らしはできるだけ避けたいのが本音だな」
「逃げれば俺とヴィヴィアン、潜ればイデアが対応すればいいでしょう。無論その前に相当数仕留めるのが条件ではありますけど」
穴の数を数えるに土竜は三十体ほどで土竜自身の強さを念頭に入れれば殲滅は可能であるとアルレルトは考えていた。
「うん、何事も行動あるべし私とアルの策を混ぜて討伐を始めるわよ!」
リーダーであるイデアの号令にアルレルトたちは気合を入れて、返事を返すのだった。
◆◆◆◆
「討伐証明部位の確認が終わりました、これにて依頼達成とし報酬の金貨百枚をお支払い致します、そしてこちらは土竜の目玉の売却費です」
「働いたかいがあるわね」
金貨がぎっしり詰まった二つの皮袋を受け取ったイデアはしみじみ呟く。
「ギルドと致しましても早急に解決しなければいけない依頼にも関わらずなかなか受けてくれる冒険者パーティーが現れず困っていたので助かりました」
「良いのよ、特段苦労という苦労はしてないし」
王都の上級の冒険者でも寄り付かなかった依頼を達成したのに苦労していないと言われてしまうと、多くの冒険者を見てきた受付嬢でも上手く笑えないのも仕方がない。
「《ゼフィロス》が優秀なパーティーでギルドとしてはありがたいことです」
受付嬢はリーダーと思われる少女をとりあえず褒めておくことにした。
「ありがとう、それより少し聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「…はい、なんでしょうか?」
さらりと自分の賛辞が流されたことに口角が釣り上がりそうになるも受付嬢としてのプライドで何とか聞き返した。
「最近レイシアさん、銀髪で銀色の瞳の女剣士を見かけたかしら?」
受付嬢は常にギルドにいるため、レイシアを見かけていないか、イデアは聞いてみた。
仕事はこなしつつも時折憂いの表情を見せるアルレルトを慮ってことである。
「レイシア……《無音剣》のことですか?、銀髪で銀色の瞳と聞けば彼女しかいません」
受付嬢の口調に多少の苛立ちが混じるのはレイシアの容姿が彼女よりも優れているかに他ならない。
ギルドの受付嬢には華やかさが求められる事情柄、見目麗しい者が多く自らの容姿に自信を持っている者も少なくない。
それゆえ明らかに自分より美しい容姿を持つレイシアに意味の無い嫉妬心を向けているのだ、なおイデアのことも受付嬢としては同じ理由で相手もしたくないのだが仕事は仕事として割り切っている。
「二、三ヶ月前まではギルドでもよく見かけましたが、最近はめっきり姿を見ませんね」
二度と来なくていい、という本音は隠しつつ受付嬢は淡々と告げる。
「そう、教えてくれてありがとう。それと無駄なことに労力を費やすのは止めた方がいいわよ」
忠告を残して去ったイデアに受付嬢はポカンとしていたが、すぐに嫉妬するのは止めろと言われたことに気付いた受付嬢は静かに地団駄を踏んだ。
◆◆◆◆
「そうですか、しばらくレイシアはギルドに来ていないのですね」
「うん、どうやらそのようね。朗報とは言えないのが残念だわ」
「いえ、わざわざ聞いてくれてありがとうございます」
ガヤガヤと騒がしい宿屋の酒場で自分のために骨折ってくれたイデアにアルレルトは感謝の弁を述べた。
「それにしても王都に来てから数週間、依頼が成功続きで嬉しいんだけど順調過ぎて逆に怖いわね」
「不調よりはいいだろ、依頼に失敗すると損しかないんだからな」
「ネロの言ってることは正しいけど、ほら、前にアルが言ってた嵐の前の静けさ?、みたいな予感がするのよね」
「その言葉、まじで嫌いになりそうだぞ」
ネロは露骨に顔を顰めた、レーベンに入る前に聞いた言葉で、実際にレーベンでは大きな戦いに巻き込まれ、死にかけた。
ネロとしては超優秀な治癒師がいたとしても死にかける羽目に陥りたくないのが本音だ。
「確かにね、誰も怪我しないから私の仕事がなくてタダ飯食らいの穀潰しのような気分だよ」
「先生の仕事がないっていいことなんだぞ?」
やいのやいのとサルースとネロが話している間、アルレルトは酒場で話す人たちに聞き耳を立てていた。
五感の鋭いアルレルトならば多少遠くともこの酒場にいる人の話ならば全て聞くことが出来る。
しょうもなくくだらない話がほとんどだったが、一つ気になる単語を聞き取った。
「……人斬り?」
アルレルトが聞き取ったのは夜の街に現れる人斬りの噂、真実かどうかは定かではないが深夜に腕に覚えのある者ばかりを狙う人斬りがいるという。
(人斬り……噂の真偽はともかく深夜というのが気になりますね)
少し考え込んだアルレルトは一つの決断を下すのだった。




