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九十五話 悩みの種とギルドの洗礼

「う~ん!、身入りの良い依頼(クエスト)だったわ」


まだ朝と呼べる時間帯でホルツヴァート大商会の建物から出てきたイデアは満足気に頷いた。


「リーダー、その様子だと働いた分の報酬は受け取れたようだな」

「ええ、あっさり解決したことに副頭取は驚いてたけどね」


昨夜ジーノを襲った魔人信奉者たちを撃退し、王国騎士団に引き渡したのでジーノが狙われる心配はなくなったのだ。


そう確信できるのが王国騎士団の存在で、王国騎士団の設立目的は国の守護、そして国を滅ぼしかねない力を持つ魔人(ディアボロス)の討伐が主眼で魔人信奉者は王国騎士団の不倶戴天の敵だ。


イデアに王都に巣食う魔人信奉者たちを壊滅させるなどという面倒事を背負う気は無いわけで、全て王国騎士団に丸投げした形だ。


王国騎士団の()()が入るなら、ジーノの暗殺などという些事にかまけている暇はないだろうと言うのがイデアの予想だ。


それでついさっき脅威は去ったということでホルツヴァート大商会副頭取のサリエスから報酬を戴いたわけである。


「リード金貨二十五枚か、一晩で稼いだにしてはなかなかの額だね」

「半分はパーティーの資金に回して、残りは山分けだからね」

「リード金貨三枚か!、ぐへへ、確かに一晩張り込んだだけで貰える額にしては多いな」


金銭感覚が庶民的なネロにとって金貨三枚は大金だ、思わず顔がだらしなくなるのも無理は無い。


《ゼフィロス》は一晩で稼いだ額に喜んでいた訳だが、ただ一人笑顔を浮かべていないのがイデアに賛同して最も喜びそうなアルレルトだ。


何やら思い悩むような表情で虚空を見つめている、朝起きてからもこんな調子でその理由が明確なだけにイデアたちは心配してしまう。


「そんなに顔見知りと戦ったことを悩んでるのか?、顔見知りと殺し合うことなんか別に珍しいことでもねぇと思うけどな」


今日の味方は明日の敵、というのは裏社会を生きてきたネロにとっては常識、特段ショックを受けることでもない。


「レイシアと剣を交えたことを悩んでいるわけでないのです、ただならぬ殺気でしたし彼女にも何らかの事情があったのでしょうが…」


言葉の歯切れが悪くなるのはアルレルト自身も自分がこれほどまで頭を悩ませている理由が分からないからだ。


アルレルトもネロの考え方は理解できる、レイシアは顔見知りではあっても仲間ではないから何らかの理由があって戦うことになるというのも分からなくはない。


「案外自分が思っているよりもレイシアという女性のことをアルレルト君が気にかけていたということではないかな?、有り体に言えば恋あっふぁぶぅ!?」


突然空気の塊を口に詰め込まれたサルースは咄嗟に話せなくなる、下手人はもちろんイデアである。


「コホン、確かに綺麗な人だったわね、レイシアさんだっけ?、アルレルトが気にしちゃうくらいには綺麗だったわ」


イデア自身が決して口にすることはないが、自分の容姿が優れていることは自覚しているし、それが余人の追随を許さないほどだというのも知ってる。


そんなイデアから見ても月光に照らされて輝くレイシアは美しかった。


「レイシアは確かに綺麗な人ですがそうではなく何故俺から逃げたのか、夜の王都で何をしていたのか、何を考えているのか、気になることが多すぎて逆に思考が纏まらないのです」


ここまでのアルレルトの話を聞くとレイシアという女剣士がアルレルトに与えた衝撃がどれほど大きいのかのを否が応でも実感してしまう。


「アル、悩むにしてもアルが考えてる事は全て推論の域を出ないわ。それなら考えるだけ無駄よ、中身のある行動をした方が精神衛生上も良いと思うわ」

「中身のある行動ですか?、具体的には?」

「ふふん!、レイシアさんは冒険者なんでしょ?、それなら行くところなんて決まってるわ、冒険者ギルドよ!」


◆◆◆◆


冒険者ギルド王都支部、王国で最も多くの冒険者が集まる場所である為その建物は巨大。


グラールの冒険者ギルドはもちろんバーバラの冒険者ギルドの建物より大きかった。


しかし勝気で図太いイデアが今更気圧される訳もなく、なんのお首も示さず建物の中に入った。


彼女に次いでアルレルトたちも中に入った、思ったよりも広いなと共通認識として感じていると声を掛けられた。


「お前ら見ない顔だな」


話しかけてきたのは入口近くに立っていた男の冒険者、その首には上級(ハイクラス)のドックタグが下げられている。


それを見たイデアは単なるウザ絡みではなく、明確な目的があると考えた。


「ええ、そうよ。王都に来るのは初めてって訳じゃないけどここの冒険者ギルドに来るのは初めてだわ」

「初顔ならここを通すわけにはいかないな」


話しかけてきた冒険者の他に二人の冒険者が《ゼフィロス》を囲むように立つ、しかし殺気も何も感じないのでアルレルトとネロは訝しんだ。


そしてイデアは状況から何となく相手の目的を察した。


「腕試しをしたいわけね?」

「物分りが良くて助かるな、王都で冒険者をするには生半可な実力じゃすぐに死ぬ、ここで選別させてもらうぞ!」


男たちも上級(ハイクラス)の認定を受けている為、当然イデアとアルレルトの首にかかる上級ハイクラスのドックタグには気付いていたが、上級ハイクラスもピンキリで王都で活動している上級ハイクラスとそれ以外の街の上級ハイクラスでは実力が同じであることはまずない、むしろ王都の方が上の場合が多い。


故に男たちは徒手格闘でもって、襲いかかる。


武器を使わないのはひとえにこれが腕試しだからに他ならない、身体が資本の冒険者を怪我させることを避けるためだ。


男たちが狙ったのはアルレルト、ネロ、そしてイデア。


「ほっ!、おりゃ!」


ネロは小さな体格を活かして、動き回り相手の拳を避け男へ拳と蹴りを打ち込む。


逆にアルレルトは最初の拳を半身で避け、掌底を相手の胸に打ち込むと、目に止まらぬ速さで首や脇腹、鳩尾、鼻っ面に拳の雨を浴びせた。


体術のみであればいくら上級ハイクラスの冒険者が相手でも二人が後れを取ることはない。


「あぐぉ、へぐぅ!?」

「いぎぃ!?」


アルレルトにボコボコにやられた男の冒険者は一瞬でダウンし、ネロと殴りあっていた男は脛を蹴られて悲鳴を上げた。


アルレルトは追撃をしなかったが、ネロは止まらず回転蹴りで男の頬をぶっ叩いた。


メキッというなにかにヒビが入る音が聞こえたが、歯が飛んでいないところを見ると一応手加減しているようだ。


「終わりね」


アルレルトとネロが倒したのを見たイデアは一方的に終了を告げる、唯一倒されていないのは話しかけてきた男だが彼はイデアとサルースの魔術障壁に挟まれて何も出来ない。


イデアが目配せするとサルースは魔術障壁を解いた。


「…ああ、文句なしの合格だ、手間かけて悪かったな。王都で活動する冒険者の洗礼みたいなもんだと思ってくれ」

「認めてもらえて嬉しいわ」


ヒラヒラと手を振ってイデアはさっさと建物の奥に進んだ。


これくらいのことでイデアは怒らないし、気にすることもない、ハエにたかられただけだと本気で思っていたりする。


「三人は若く見えるけど見た目には騙されないことだよ」


サルースの忠告を聞いた三人はいつの間にか痛みが消えていることに気付いて、驚くのだった。


「癒してやる必要あったか?」

「おやおや、ネロ君は私の職業を忘れたのかな?、怪我人を癒すのは当たり前のことだ、人間が呼吸するのと同じレベルだよ」

「いざって時に治癒魔術が使えなかったら困るだろ」

「確かにそうだが生き様を変えるというのは存外難しいのだよ」


性分だから暗に諦めてくれと言われたネロはため息を吐くしかない。


「レイシアは……居ないようですね…」

「露骨に気落ちしないで、アル。これから毎日通うことになるんだしまだ会えないと決まったわけじゃないわ」


ギルド内を見回してレイシアが居ないことに落ち込むアルレルトをイデアは慰めた。


「そうですね……ありがとうございます」

「感謝されることじゃないわ、仲間なんだから存分に寄りかかっていいのよ」


片目を瞑って笑うイデアに釣られて、アルレルトにもぎこちないながら笑顔が戻った。


「善処します」

『アル様、僕にも頼っていいんだよ?、いや、むしろイデアより頼って』

「アーネは傍に居てくれるだけで嬉しいです」


アルレルトは対抗心を燃やしたアーネの頭を撫でて、今度は綺麗な笑みを浮かべるのだった。

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