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九十四話 魔人信奉者と白銀の女剣士

悪人が行動を起こすなら夜。


これはバーバラの裏社会で生きてきたネロと聡明なイデアの共通見解である。


いくら王都と言えど松明が焚かれている訳でもないため、夜の時間帯に頼れるのは月明かりぐらいで外は相応に暗い。


そのため出歩く者は昼間に比べたら格段に減るので誰かに目撃される確率は相対的に下がる、そして例えばどこかの家に盗みに入る場合であれば家主は寝ている可能性が高いので、盗みが成功する確率も高くなる。


暗殺なども同じだ、そういった理由から悪人が行動するなら夜と決まっているのだ。


「王都に来てそうそう厄介事とかリーダーはトラブルに愛されてるよな」

「あら?、厄介事って言うけど上手く乗り切ればそれなりのお金と大商会の信用が得られるのよ、こっちには利点(メリット)しかないのよ?」

「正論は嫌いだ」


容易くイデアに論破されていじけるネロをサルースは慰める。


「イデア君に舌戦を挑むのは止めたまえ、ネロ君。私や《賢者》だって勝てやしないんだから戦うだけ無駄だよ」

「分かってても愚痴のひとつぐらい言ってもいいだろ!」

「それを私に言うのが間違ってるのよ、他の誰かに言いなさい」

「他に誰がいるんだよ!、アルレルトは論外として先生も特に反対しないし!」


サラッと論外と言われたアルレルトは抗議の弁を述べた。


「何故俺は論外なのですか?」

「自分の胸の内に聞けよ」


すげなく突き放されてしまうのでアルレルトとしては釈然としないが、自分の胸の内に聞いても分からないので仕方がない。


「愚痴ってる暇があったらアルと一緒に監視して欲しいのだけど?」

「私の隠形が通じないアルレルトの目から逃げられるやつなんて居ないだろ」


今度はネロの正論にイデアが封じられる番だった。


ネロの隠形は優秀だ、イデアですら魔力探知を使わなければ見失ってしまうほどである、しかしアルレルトがネロを見失うことは決してない。


本人曰く気配の薄いところを探せば簡単ですとか言ってたが、そもそも武芸の心得がないイデアには分からない世界だ。


ネロ曰く隠形を百発百中で見抜かれたのはアルレルトが初めてだというので、アルレルトの実力のほどは押して知るべきだ。


王国の英雄である《金獅子》と模擬戦とはいえ引き分けたのは伊達でないのである。


イデアの形勢不利と見たサルースは彼女に助け舟を出した。


「そういえばなんで私まで連れてこられたんだい?、犯人を捕らえるなら四人だけで十分だと思うのだけれど」


イデアたちが今何をしているのかと言えば"張り込み"だ。


誰を張り込んでいるかと言うと、不幸体質で商売下手な行商人ジーノだ。


「先生に来てもらったのは保険よ、治癒師(ヒーラー)が居ないと囮役を引き受けないってジーノが言うからよ」


ジーノが囮役というのはそのままの意味で、彼には彼を殺そうとしている犯人を見つけるための囮役になってもらっているのだ。


絶対に捕まえると約束したとはいえ本来囮役というのは危険なものなので、腕の良い治癒師であるサルースを連れてきてくれとジーノ本人に頼まれたのだ。


「そういう事情があったのか、ジーノ君も小心者というかなんというか…」

「言ってやるなよ、先生。荒事に慣れてない行商人なんてそんなものだと思うぞ」


珍しくフォローに回ったネロだが、至って常識論を述べたに過ぎない。


《ゼフィロス》の面々は何かと非常識な奴らが多いので一般的な常識を持つネロがこんなことを言うのも少しずつだが増えていたりもする。


「みんな宿屋に動きあり、不振な人影が近付いてきています」


ジーノには予め監視しやすい角部屋の一階に宿泊してもらっているため、その部屋に近付く不審な人影をアルレルトは捉えた。


「外に二人、中に恐らく一人以上います」

「了解よ、外は私たちに任せて。アルは中よ」


イデアは素早く指示を出して、アルレルトを転移魔術でジーノの部屋に送った。


一瞬で切り替わった視界に飛び込んできたのは剣を抜いた不審者、ジーノは居ない。


おそらくイデアの指示通り、ベッドの下にでも隠れているのだろう。


「!!」


部屋に居ない標的と突然現れたアルレルトに驚き、不審者の対応は致命的に遅れる。


巧みな歩法と爆発的な踏み込みの速度により、一息で懐に入ってきたアルレルトの掌底が顎に命中した時点で、不審者の意識は途切れた。


不審者を一瞬で気絶させたアルレルトはできるだけ優しげな声で話し掛ける。


「ジーノさん、無事ですか?」

「は、はい、何とか…!」

「外にまだ敵がおりますので暫し我慢して下さい、アーネ、これを頼みます」

『任せて』


アルレルトは気絶させた不審者をアーネに任せて、部屋の窓を開けた。


剣戟音が聞こえ、周囲を見回すと直接不審者と戦っているのがネロでもう一人の不審者は氷の彫像と化していた。


アルレルトは即座にネロの援護を決めて、窓から飛び降りると一目散にネロと戦う者の背中を切りつけた。


つもりだったが、不審者はギリギリで躱して肩を薄く切り裂く程度に留めた。


「こいつ、なかなか強いぞ!」

「そのようですね」


ネロに言われるまでもなく、今のやり取りで敵の実力を察したアルレルトは冷静に頷いた。


敵に逡巡する時間は与えず、アルレルトは突き技を放つ。


「"神風流 突風"」


敵はそれを捌くので体いっぱいになるが、こちらが囮で本命はネロ、身を捻りながらの回転蹴りが敵の足を砕き折る。


敵の実力ではアルレルトとネロには勝てない、そう判断しての連携だ。


無論ネロとて察していた。


「ぐぁ!?、ぐほぉ!」


怯んだところへ鳩尾を黒鬼の柄頭で思いっきり突かれれば、昏倒する他ない。


気絶したのを確認したアルレルトはソイツの襟首を持って、引き摺り氷の彫像の前に置く。


「この腕や首まで彫られた奇妙な刺青(タトゥー)、やっぱり"魔人信奉者"ね」


アルレルトとネロが倒した男の覆面と外套を剥ぎ取ったイデアは予想通りの敵の正体に嘆息した。


"魔人信奉者"とは魔人(ディアボロス)が人類を導く大いなる存在であると本気で信じている異常者の集まりだ。


一般人には理解できない考えだが、様々な理由で社会から爪弾きにされた者や縋るものが他になかった者などが堕ちてしまう先として有名だ。


とはいえ危険思想なのは間違いなく、過去に魔人信奉者が魔人(ディアボロス)を呼び込み、王国に甚大な被害を与えた過去もあり、王国法では魔人信奉者は情状酌量の余地なく死刑とされている。


「しかし何故魔人信奉者がジーノさんの命を狙ったのでしょうか?」

「考えられるのはエルヌスでジーノが魔人信奉者の活動を見てしまったというのが一番可能性が高いでしょうね、それも本人は自覚せずに」


エルヌスではつい最近魔人騒ぎがあり、そこにジーノは行っていた、他に恨みを買うような行動をしてないというのならば可能性として最も高いのは"魔人信奉者"ということになる。


奴らは犯罪組織である為、最初はジーノを事故に見せかけて暗殺しようとしたのだろうが《ゼフィロス》により失敗した為、急遽刺客を送り込んできたのだろうと言うのがイデアの予想だ。


「それでこの後はどうするんだよ」

「こいつらを王国騎士団に引き渡さないと行けないわね、そうしたらあとは王国騎士団がやってくれるから副頭取から報酬を貰うだけよ!」


イデアが語る展望に笑みを浮かべようとしたアルレルトの背筋におぞましいものが走った。


咄嗟に振り返るとただならぬ雰囲気を醸し出す人間が一人、夜の通りに立っていた。


一拍遅れてネロやイデアも気付くが、既にアルレルトは臨戦態勢を取っていた。


「何者かは存じませんが何故(なにゆえ)それほど濃密な殺気をぶつけてくるのかお教え願いたい」


この時不幸なことに暗がりということもありアルレルトの後ろに隠れるようにイデアたちがいることが相手には分からなかった。


「"音斬流 斬響"」

「"神風流 鳳凰剣"」


呼吸音、踏み込み音、風切り音、その全てが()()、即座の抜刀剣技で応対できたアルレルトは流石の一言に尽きる。


「"音斬流 (とどろき)"」

「"神風流 辻風"」


相手は今の一合でアルレルトの実力を見抜き、無音の連撃を叩きつけ、アルレルトも足を止めての同型の剣技でもって斬り合いに付き合う。


ほんの三秒ほどで二十合を超える斬り合いを経た二人は肉体の限界で間合いを開けた。


この瞬間、月を覆っていた暗雲が晴れ二人の剣士を月光が照らした。


呼吸を整えていたアルレルトは驚きで山吹色の瞳を見開いた、そして相手の剣士もアルレルトと同じように怜悧な瞳を見開いていた。


理由は単純で互いの容姿に覚えがあったから。


月光で照らされキラキラと宝石のように光る美しい銀色の髪と銀色の瞳を持つ絶世の剣士をアルレルトは一人しか知らない。


「レイ…シア?」

「ーーー」


白銀の女剣士レイシアは無表情でなんの反応も示してはくれなかったが、アルレルトには驚いているように見えた。


辺境都市グラールで共にゴブリン砦を攻略した知己であることに間違いはないはずだが、いきなり襲いかかってきた理由がよく分からない。


「アル!」

「アルレルト!」


「ーー!」


詳しく話を聞きたかったアルレルトだったが、イデアとネロの存在に気付いたレイシアは即座に撤退を選び、大きく跳躍した。


「レイシア!」


アルレルトの呼びかけも虚しく白銀の女剣士は夜の王都に消えていくのだった。

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