八十六話 連携と朧風
変身した蠍獅子は変身前と比べ力、速度を含めた全ての要素が底上げされ、アルレルトの動きについてきた。
「グギャアアァ!!」
力任せで単調な攻撃は変わらないが、速度がのっている分威力が上がっている為、回避にある程度の意識を割かなくてはならない。
さらに厄介なのは四本に増えたやつの尻尾だ。
四本に増えたことで射程圏が広がり、目がついてるわけではないようだが動くものに反応するようでアルレルトが接近するのが難しくしている。
ご丁寧に尻尾の先には毒針が付いており、掠っただけでも終わりである。
(とはいえそれだけです)
どんな強力な攻撃でも結局当たらなければなんの支障もない。
接近を難しくしている四本の毒尾も動くものに反応する特性を逆手に取れば、決して攻略できないものではない。
真に厄介なのは蠍獅子の上に乗るオーリックだ。
「"雷槍"、"炎槍"」
連発される魔術をアルレルトは躱し、さらに蠍獅子の攻撃を避けるためにバックステップで下がる。
オーリックと蠍獅子の連携に隙はなく、アルレルトは先程から受けに回され続けている。
変身した蠍獅子一体では足りないと踏んでオーリック自身も戦闘に参加したのだろうが、蠍獅子と共に戦うという彼の戦い方は正直に言って巧い。
決して土壇場で組み立てた付け焼き刃の連携などではない。
(《獣使い》でしたか)
自然と彼の異名を思い出し、これを名付けた者の着眼点をアルレルトは素直に褒めたいと思った。
「"風槍"」
アルレルトの動きを制限するようにばら撒かれるオーリックの魔術が器用に回避していたアルレルトの頬を掠めた。
「っ!」
「グギャアアァ!!」
一瞬アルレルトが硬直した隙をついて蠍獅子が突進してきた。
アルレルトは咄嗟に片手を添えて黒鬼を盾にしたが、蠍獅子の力には抗えず大きく吹き飛ばされて、木の葉のように宙を舞った。
「"雷滅槍"!」
この瞬間を決着の瞬間と取ったオーリックは空中で無防備なアルレルトを狙って、最速の最大火力の魔術を放った。
しかし雷撃に撃ち抜かれるアルレルトを予期していたオーリックを現実は裏切った。
「"神風流 天衣無縫"」
瞬間風が爆発し、アルレルトの姿が消えた。
「!?」
魔術が空を切ったことを気にもとめず魔力で索敵したオーリックは顔を上げた。
「"神風流 大風"!」
真上から落ちながら上段斬りを振り下ろしてくるアルレルトを見たオーリックは防御を捨てて、蠍獅子の上から飛び降りた。
「グギャアアァ!!?」
地響きと土煙、そして蠍獅子の悲鳴が上がった。
アルレルトの上段斬りによって、蠍獅子の背中が切り裂かれたことに対する悲鳴なのだが、アルレルトは蠍獅子を無視して、オーリックを追う。
天衣無縫の風で土煙を吹き飛ばし、黒鬼を引き戻しながら芝生の上に倒れるオーリックを捉えた。
オーリックは攻撃ではなく、全力の防御を選び強固な魔術障壁が正面に張られた。
アルレルトは迷わず黒鬼を振るった。
「"神風流 斬風"!!」
渾身の袈裟斬りが障壁と衝突し、極太の鉄塊同士がぶつかるような重低音が響き渡った。
拮抗は一瞬、障壁に亀裂が入り砕ける瞬間オーリックは小さな土の槍をアルレルトの喉元目掛けて放った。
刹那の攻防でアルレルトは反射的に仰け反ったが、土槍は天衣無縫の風を貫けず砕け散り、反撃の蹴りがオーリックの胸上を直撃した。
「ぐぼぉ!?」
地面を削ってオーリックが吹き飛び、アルレルトは呼吸を整える。
「っ!」
風切り音を感じたアルレルトが反射的に頭を下げると、頭上を何かが過ぎ去っていった。
「毒尾!?、まだ生きてるのですか」
振り向きながら確認すると四本の毒尾が揺らめいていた。
背中を大きく斬り裂かれ、出血が酷くいくら再生力が高くても動けないはずで現に蠍獅子は伏せっている。
「尾の方は別ですか!」
原理は不明だが、どうやら蠍獅子とは別の系統で動いてるようだ。
激しい豪雨のように連打される毒尾の攻撃を捌きながら、アルレルトは思考する。
(どうすれば倒せる?、尾を斬る?、いや、この速度では斬り断つ瞬間に他の尾にやられる。それならば…!)
毒尾の動きに合わせるようにアルレルトが刀を振る速度も加速していく。
天衣無縫の補助も相まって、彼の動きは速すぎて残像を作る領域まで到達する。
すると毒尾と黒鬼の接触が格段に減り、衝突音が聞こえなくなる。
「"神風流 朧風"、素早く動くことが速さではありません」
天衣無縫の速度を乗りこなしたアルレルトにとって、速度の緩急は自由自在、残像を残すほどの速さへ至った彼をもう毒尾は捉えられない。
「"疾風連斬"」
ほとんど全方位からの斬撃群によって、四本の毒尾はバラバラになり、根元から切断された。
そのまま蠍獅子の背中を飛び越え、首を狙う。
「今楽にしてあげましょう、"神風流 大風"!」
黒鬼の刃が蠍獅子の首を捉え、綺麗に斬り断った。
既に多く出血していたせいか、切り口から溢れる血の量は少ないがアルレルトは息絶えたのを確認してから血振りし、黒鬼を鞘に納めた。
「あぁ、蠍獅子は死んじゃったか」
「アーネを狙ったのはコレを造る為ですか」
「そうだよ、まさかお披露目当日にやられちゃうとか萎えちゃうな」
もはやオーリックに戦意はないのか、長杖を手放し芝生の上で寝転がっていた。
「お前のことは許せない、しかしお前は間接的にアーネを非道な実験から救った。それに蠍獅子との連携は完成されていた、一人の戦場に立つ人間として尊敬に値します」
これはアルレルトの嘘偽りのない本音だ、アーネをトビリスの姿に変えたのは許せないが彼女を非道の実験を繰り返す実家から救ったのは純然たる事実である。
「あっそ、斬るなら斬れば?」
「武器を持たず戦意もない者は斬りません、死にたいなら遠慮なく斬りますが」
「いや!、せっかく殺さないって言ってるんだし君の好意に甘えようかな!」
死にたいならのくだりで本気のアルレルトの殺意が垣間見えたので、オーリックは投げやりな態度をすぐに変えて捲し立てた。
「アル様!、怪我はない!?」
「頬を少し切っただけです、アーネは怪我はありませんか?」
「うん、ないよ。それよりソイツは…」
全ての獣を片付けて返り血まみれのアーネは座り込むオーリックに目を向けた。
「殺さないの?」
「アーネが望むなら斬りますよ」
「え!?、武器を持たない戦意がない者は斬らないんじゃないの!?」
冗談では済まないアルレルトの言葉にオーリックは仰天して、詰め寄った。
「アーネが望めば別です」
詰め寄ってきたオーリックを足蹴にして、アルレルトは淡々と告げた。
オーリックはアーネへ祈るような目線を向けたが、アーネは溜息を吐いた。
「はぁ、別にコイツにそこまで恨みはない。魔力を奪われてトビリスの姿にされた時は顔面をぶん殴ってやりたいと思ったけどそのお陰で私はアル様に出会えた」
アルレルトの目を見ながら言うアーネに気付いた彼は優しげに微笑んだ。
「アーネがそう言うなら斬りません」
「やった!、ありがっ、ふぁぶぅ!!?」
オーリックの顔面にアーネの拳が直撃し、オーリックは派手に吹き飛んで鼻血を噴き出しながら気絶した。
「一発くらいは殴る」
「もう殴ってますけどね」
「おーい、二人共無事かい!」
拳を仕舞うアーネにアルレルトが苦笑していると、二人の元にサルースがやってきた。
「先生、見ての通り無傷、アーネも同じくです」
「それは良かった!、すぐに孤児院へ行けるかい!?」
「無論です、アーネ、懐へ」
アルレルトに促されて、すぐにアーネはアルレルトの懐に入った。
「先生、俺の背中へ。おぶっていきます」
「わ、分かったよ」
「飛ばすので下を噛まないようにしてくださいね!」
そのまま気絶したオーリックを放置して、三人はイデアの計画通りにネロが戦っているであろうリューラン孤児院を目指すのだった。
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