八十五話 決別と得意分野
イデア・ガーランドが《双杖》の座になれたのは五百年前に起きた人間と魔人の戦争、魔人大戦で失われた"古代魔術"を復活させたからである。
古代魔術とは何か?、簡単に言えば通常の魔術の強化版だ。
通常の魔術は想像をしっかりさせ鍵となる言葉を唱えることで発動する。
対して古代魔術はその想像を詠唱と呼ばれる詠によって、補強しさらに倍増させる。
その力は通常の魔術とは比べ物にならないが、その代価として凄まじい量の魔力を必要とし多くの詠唱文を覚えなければならない。
そして古代魔術が失われた理由は古代魔術を使える魔術師が戦争により、いなくなったことと戦争の余波で詠唱文が記された多くの魔術書が失われたからである。
強大な古代魔術を使う魔術師は五百年間いなかった、ある日異才が隠された魔術書を読み解き、復活させるまでは。
◆◆◆◆
「お、抑えていたというのか!?、今まで魔力を!!」
ベルナルドの悲鳴じみた言葉を聞いたナベリウスは全身から冷や汗が溢れるのは我慢できなかった。
「古代魔術には封印魔術と呼ばれるものがあったと聞くがまさかそれを自分にかけていたのか」
「正解よ、《熱鉄》。私が私自身にかけた封印魔術"魔封縛鎖"の一つを解除したの」
あまりに強大すぎる魔力によりイデアの周囲の空間は歪み、悲鳴をあげるような音が聞こえてくる。
「私が持つ魔力量は異常だわ、膨大、莫大、そんな陳腐な言葉ではとても言い表せない。やろうとしたことは無いけど世界なんて簡単に壊せてしまうでしょうね」
イデアの周囲の空間を見れば、彼女が大言壮語を語っているようには到底思えない。
「故に封印したのよ、私の魔力は人と戦うには多すぎるから」
《双杖》とて人間である以上、勝機あると考えた彼らだがカイゼルが用意した虎の子の"幸せな絶夢"は一瞬で破られた。
しかもどんな夢を見たのかは知らないが、その夢の内容によって怪物の逆鱗に触れてしまったのだ。
「ああ!!、なんと素晴らしい魔力だ!!、欲しい!!、その力をどうしてくだらぬことに使うのだ!、お前さえいれば魔術の全てを手に入れ、魔術師としての栄華を極められるのだぞ!」
「興味がないのよ、知識にも魔術師の栄華にも。私がやりたいことはただ一つ!!、レーネが夢見た《世界三大秘境》を攻略することよ!」
「何故だ!!、どうしてそのような戯言を言い続けるのだ!?、お前は私の娘だ!、親の言うことがなぜ聞けないのだ!」
喚き散らすカイゼルをイデアはただただ冷めた目で見つめ、やがて興味を失ったのか、視線を切ってベルナルドとナベリウスに向けた。
「お前らは見逃してあげるわ、直接の恨みはないしこれ以上クソ親父の我儘に付き合う必要はないわ」
「な、何?、それは本当か?」
絶対に殺されるとばかり思っていたベルナルドはイデアの言うことが信じられず、思わず聞き返した。
「ここで嘘をつく理由がどこにあるのよ、死にたいのなら別にいいけど?」
「団長、《双杖》様もこう言ってるし逃げましょう!」
ベルナルドは速攻でナベリウスに撤退することを提案した。
アルレルトと死闘を繰り広げた彼だがやはり死ぬのは嫌であった。
「《双杖》様、一つ聞いてもよろしいですか?」
「何?」
「貴女はどうして我々を見逃すのですか?」
ナベリウスの問いに一瞬目を細めたイデアだったが、すぐに口を開いた。
「私は別に暗闘団に滅んで欲しいわけじゃないわ、お前らがいなければフルグラス派は弱体化する。それは私が望むことじゃないもの」
「フルグラス派の未来の為ということですか?」
「そうよ、私がだいぶ減らしちゃったから拡充を大変だろうけど頑張るのよ」
それだけ言うとイデアは二人から視線を切った。
「「ーー」」
頷きあったナベリウスとベルナルドはイデアの好意に甘えて、撤退していった。
「さてと時間はあげたんだからせいぜい足掻きなさい」
「ーーー」
イデアに挑発されたカイゼルだが、先程の喚きもなり潜めて黙りこくっていた。
その理由をイデアは見抜いていた。
カイゼルとて馬鹿ではない、イデアと戦っても勝てないことぐらいはとうに理解してるのだ。
「哀れね、せいぜい苦しみなさい」
「ま、待っ!」
イデアの耳にカイゼルの言葉は届かない、既に和解などという選択肢すら生まれないほど彼を憎んでいるから。
「"不幸せな絶夢"」
逃れることは決して叶わない、それは終わりのない心を破壊する悪夢。
カイゼルの"幸せな絶夢"を体感したイデアがより凶悪さを増して創った精神干渉系魔術である。
「私には半分だけどお前の血が入ってる、それに免じて直接は殺さないわ。その代わり死ぬまで苦しめ」
死刑の宣告に似たイデアの言葉は茫然自失の姿で虚ろな目のカイゼルにはもはや届かないのであった。
◆◆◆◆
時間は遡り、王立治療院ではアルレルトとオーリックが造った人造魔獣、蠍獅子が戦闘を繰り広げていたが、その戦況はアルレルト優勢だった。
「ギャオオオオ!!」
蠍獅子が直進してくるアルレルトに前足を振り下ろすが、彼は軽やかなステップワークで躱すついでにすれ違いざまに斬り裂いた。
「ギャオ!?」
「"神風流 疾風"」
さらに接近したアルレルトによって目にも止まらぬ速さで振り抜かれる斬撃群が蠍獅子の横腹をズタズタに斬る。
「グギャアアァ!!」
「やはり再生するか」
真上から降ってくる二本の尻尾をバックステップで躱すアルレルトは先程斬り裂いた場所がすでに塞がっていることを改めて確認した。
(再生は予想内、時間をかければ削れる。問題はどこを斬れば死ぬか)
アルレルトは走りながら観察し、時折切り込みながら目の前の魔獣を討伐する方法を思案していく。
「"雷槍"!」
眩い電光が弾け、偏差撃ちで放たれた魔術をアルレルトは前方に跳躍しながら、空中で前転して避けた。
「ぐっ!」
アルレルトに綺麗に躱され、蠍獅子の上に乗るオーリックは歯噛みし、着地して走るアルレルトと目が合った。
「どうしてそんな躊躇なく魔獣の懐に飛び込めるんだよ!、潰されるかもとか考えないのか!?」
オーリックは気味が悪くて仕方がなかった、巨大な体躯を持つ蠍獅子へなんの躊躇いもなく踏み込んでくるアルレルトの精神性が理解できなかった。
「何を言うかと思えば、やらなければいけないからやる。ただそれだけですよ」
「っ!!」
魔術師には到底理解できない価値観にオーリックは震えた。
「凄いな、アルレルト君は。あれ程大きな魔獣と正面から渡り合うなんて…」
「ううん、違うよ、先生」
迫ってくる獣たちを殴り、蹴り、潰しながらアーネはサルースの言葉を訂正する。
「違うとは?」
「アル様は魔獣が巣食う森でつい最近まで生活してた、魔獣と戦うのは日常茶飯事」
「森で生活だって?」
サルースは信じられず思わず聞き返してしまったが、アーネの口調に嘘の色はなかった。
「アル様は人間よりも魔獣と戦う方が得意」
狼の顔面を粉砕して、血糊に濡れた顔でアーネは獰猛に笑った。
「魔獣討伐は俺の得意分野ですよ、《獣使い》オーリック」
「調子に乗るなよ!、僕の蠍獅子の真骨頂はここからだ!」
叫んだオーリックは長杖を蠍獅子の背中に突き刺した。
「本気を見せてやる!、"魔身変化"!!」
次の瞬間、蠍獅子の身体が大きく膨れ上がり文字通り変形を始めた。
「っ!」
「行かせるか!、"雷雨"!」
すぐに攻撃しようとしたアルレルトを足止めするためにオーリックが放った雷の雨が降り注いだ。
アルレルトは一旦切り替えて、魔術を避けることに専念した。
そして雷の雨が止む頃には蠍獅子の変身は終了していた。
体が一回り大きくなり、目の数が八つに増え足はより太く強靭になり尻尾が四本に増えていた。
「グギャアアァアアア!!」
「姿形が変わろうと俺がやることは変わりません、討伐させていただきます」
変身した蠍獅子とアルレルトは再び真正面から激突するのだった。
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