表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/154

八十二話 抗争勃発とそれぞれの戦い


明くる日、普段は多くの魔術師が飛び交うはずの学区では誰一人の魔術師の姿もなく奇妙な静けさに包まれていた。


それは長く生きる魔術師たちにとっては見知った空気感、アルテレス派とフルグラス派がぶつかる抗争の前触れである。


夜明けから数時間過ぎる頃には学区の至る所にアルテレス派とフルグラス派の魔術師たちが現れ、睨み合いを始めた。


そして正午を過ぎると一斉に各所で戦いが始まった。


「動きが規則的過ぎるわね、やっぱりフルグラス派に内通者がいるわね、誰かは見当がついてるけど」


塔の一角から学区の様子を遠見(とおみ)の魔術で見ていたイデアは独りごち、塔に近づいてくる複数の魔力反応に目を向けた。


塔のベランダから飛び下りたイデアは飛行魔術を発動して、近づいてくる魔術師たちと相対した。


その数は三十人以上、しかもその魔力量から精鋭だということが分かったが、それに加えて彼らは()()()()を持っていた。


これが意味することはだったひとつであるが、イデアはどうでもいいと切り捨てていた。


「自分から出てくるとは手間が省けたな」

「クソ親父、殊勝な事ね、自ら死にに来てくれるなんて」


魔術師たちの間から現れたカイゼル・ガーランドにイデアは殺意に彩られた笑みを向けて言い放った。


「死ぬ気はない、イデア、お前を手に入れるまではな」

「…人間として終わってるわね」


カイゼルの表情は愉悦に彩られ、欲望に歪んでいた。


その表情はとても自分の娘に向けるものではなく、イデアは殺意を消して、無表情でポツリと呟いた。


「お前らには恨みはないけどクソ親父についてきたことは後悔するのね。安心してちょうだい、苦しませはしないわ」


再び殺意を露にしたイデアから可視化できるほどの莫大な魔力が溢れ、カイゼル麾下の魔術師たちを威圧するのだった。


◆◆◆◆


抗争が始まると院長のサルースは治療院所属の治癒師(ヒーラー)たちに抗争で傷ついた魔術師たちの受け入れ準備を取らせた。


抗争が起こる度にサルースが取ってきた手段の為、職員たちは慣れたもので、慣れていない一部の若い職員たちも先輩の職員たちに指示されて迅速に動いていた。


「アルレルト君、私たち治癒師(ヒーラー)は人を癒すことは出来ても戦うのは苦手だ。自衛はある程度ならできるが戦力としては期待しないで欲しい」


「承知しました、戦いは俺とアーネにお任せ下さい」


サルースの言葉はある程度アルレルトにとっては予想通りだった。


何故ならサルースたちからは戦う者が持つ独特の気配を感じないからである。


「済まないね」


「謝る必要は何一つもありません、先生と皆さんがいるから俺とアーネは思う存分戦えることができるのです」


負傷してもすぐに治してくれる人がいるというのはとても心強いのだ。


今ならイデアが治癒師(ヒーラー)を求めていた理由がよく分かる。


「そう言ってくれると嬉しいね」

「はい……来ましたか」


頷いたアルレルトが外の庭に目を向けると、狼や獅子を初めとした無数の獣が現れ、それを率いる一人の魔術師が飛んでいた。


アルレルトとアーネは共に庭へ降り立ち、獣を率いる魔術師と対峙した。


「やあやあ、僕はオーリック、巷では《獣使い》と呼ばれてる魔術師だよ!、悪いけどこっちの都合で治療院には臨時休業してもらうよ、先生」

「それは困る、何者の干渉も受け付けないのが私の治療院の理念だ」

「《極彩の魔女》の保護に甘えるのは終わりだよ、先生」


オーリックの最後通牒のような言葉にも、サルースは微笑む以上のことは何もしなかった。


「先生も頑固だね、まぁ、治癒師(ヒーラー)の先生を殺しはしないから安心してよ、っ!?」


突如飛んできた斬撃をオーリックは咄嗟に張った障壁で防いだが、障壁には大きく亀裂が入っていた。


「お前がオーリック、俺は運がいいですね。こんなところで会えるとは思っていませんでした」


アルレルトの目には殺意が宿り、振り抜いた黒鬼を静かに鞘に納めた。


「黒髪に黒い剣、そして異国の装い、君が報告にあったアルレルトか。随分と怖い顔をしてるね」


冷や汗が額に流れるのを感じながら、オーリックはいつもの軽口を叩いた。


「ここで会ったのが運の尽き、お前にはここでくたばっていただきます」

「死ぬのはそっちだよ、僕の最高傑作を見せてあげるよ!」


地面を突き破って現れたのは様々な獣の特徴を掛け合わせたような異形の化け物だった。


合成獣(キメラ)蠍獅子(マンティコア)だ!、さぁ!、先に死ぬのはどっちかな!?」

「お前です!」


殺意をぶつけ合い、アルレルトとオーリックは激突するのだった。


◆◆◆◆


同じ頃、《賢者の塔》ではいつも通り孤児院を行こうとするネロをフルルが引き止めていた。


「はぁ?、今日は外に出ないほうがいいってどういうことだよ?」

「耳で聞くより自分の目で見た方が早いよね」


フルルが杖を振るうと目の前に複数枚の絵が現れた。


「絵?、いや、動いてる?」

「絵じゃないよ、これは遠隔視聴魔術、遠見(クレアボヤンス)。要するにこれは外の光景を見ることが出来る魔術だよ」


「外の光景って…」


フルルが見せてきた動く絵たちには魔術師が戦っている場面が映っており、これが事実なら外は大変なことになっていることになる。


「この街がヤバいのは薄々気付いてたけどこれは何だ?」

「抗争だよ、アルテレス派とフルグラス派の抗争は魔術師(私たち)にとっては日常茶飯事みたいなものだけどね」

「抗争…リーダーが言ってたやつか」


イデアは止められなかったのかと考えたネロは戦闘の光景が映し出される絵たちを眺めていると見知った場所が映っていた。


「孤児院!?」


ネロが見つけたのは見知った孤児院の中庭で暴れ回る魔獣とそれと戦う孤児院の職員たちだった。


「ヴィヴィアン!、すぐに孤児院に行くぞ!」


ネロは全ての疑問を置き去りにして、すぐに孤児院に向かう決断を下した。


「グルゥ!」


呼び掛けにすぐに答えたヴィヴィアンの背の上にネロは乗っかった。


ネロには職員たちは魔獣相手に苦戦しているように見え、もし職員たちがやられたら孤児院の子供たちが危険だ。


(あの孤児院にはユリハ院長にディオもいる!、助けに行かないと!)


「ネロ、孤児院に行くなら自分の持ち味を活かすんだ」

「は?」

「自分の強みを忘れるなってことだよ」


フルルの言葉を上手く理解する前にヴィヴィアンに促されて、ネロは賢者の塔から飛び出た。


「ヴィヴィアン!、孤児院の場所は覚えてるよな!?」

「グルゥ!」

「それなら全速力で向かえ!、私のことは気にするな!」


(くら)(あぶみ)もないヴィヴィアンが最高速を出したら、ネロはおそらく落ちてしまう。


超人的な体幹とバランス感覚を持つアルレルトなら話は別だが、ネロはそこまでの領域にはない。


そんな心配をしたヴィヴィアンだったがネロの目を見て、考えるの止めた。


彼女の目を覚悟を決めていた、つまりヴィヴィアンの心配は百も承知ということである。


ヴィヴィアンの主はアルレルトただ一人だが、ヴィヴィアンはぶっきらぼうで愛想の悪いネロが好きだ。


「グルルゥ」

「お前……ひょおわぁ!?」


ヴィヴィアンに落ちるなよと言われた気がしたネロは目を瞬かせたが、すぐに飛び上がったヴィヴィアンに掴まるのが必死でそんなことは忘れてしまうのだった。


◆◆◆◆


《ゼフィロス》の面々がそれぞれの場所で戦いを始める中、シルヴィアの拠点である《魔術学院》でも戦闘が起きていた。


グレスベルト派の魔術師たちが襲撃してきたのが原因だが、襲撃があることをシルヴィアから知らされていたシルヴィア派の魔術師たちに混乱している様子はない。


グレスベルト派の魔術師たちも事前にグレスベルトより、奇襲が察知されている可能性を教えられていた為、こちらも特に混乱をなしている様子はない。


奇襲が意味をなさなかった為、シルヴィア派とグレスベルト派が正面からぶつかっているのが現状である。


そして両派それぞれのリーダーであるシルヴィアとグレスベルトが戦場の上で相対していた。


「エルネスティア様を引き離すとはやりますね」

「無策でやってくると思ったか?」


シルヴィアの褒め言葉にグレスベルトは挑発気味に言葉を返した。


「いいえ、感心したのですよ。そもそもエルネスティア様を引き離すことすら出来なければお前は私の敵たりえませんから」

「ふん、貴様ら王族のそういうところが俺は嫌いだ。さっさと本性を出したらどうだ?」


グレスベルトの言葉に表情を消したシルヴィアの顔には次の瞬間、陰惨でいやらしい笑みが浮かんでいた。


ある者が見れば恐怖を、別の者が見れば美しさを、また別の者が見れば気高さを感じる王族の笑みである。


「待っていましたよ、グレスベルト。私に叩き潰されに来たのですね?」

「貴様を叩き潰すために来た、自らの傲慢さを後悔しろ」


上空で雷と炎が激突して、アルテレス派の頂点を決める戦いの号砲を告げるのだった。

面白いと思ったらブックマークとページ下の星評価、いいねを貰えると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ