八十一話 蠢動と微かな追憶
アルレルトたちが治療院で話している頃、グレスベルトが居住する塔の一室にて、グレスベルト派の有力な魔術師たちが集まっていた。
「計画は最終段階へ移行した」
部屋の最奥にある玉座に座るグレスベルトは集まった魔術師たちを睥睨し、言い放った。
「《獣使い》が合成獣の作成に成功した、よってかねてよりの計画通り大規模な抗争を隠れ蓑に裏切り者である《天雷》のシルヴィアを討つ」
主たるグレスベルトの言葉に魔術師たちは色めきたったが、彼は騒がしいのを好まない為彼らは喜びを口にはしなかった。
「攻撃目標は王立治療院、リューラン孤児院、そして《魔術学院》だ」
王立治療院を襲うのは万が一にもシルヴィアを取り逃した場合に治療させない為であり、リューラン孤児院を襲うのは院長であるサルースの動きを封じる為だ。
「詳細は語らんが王立治療院とリューラン孤児院はオーリックの合成獣が担当する、お前たちには自作自演の抗争に付き合ってもらう」
自作自演という言葉に困惑する魔術師たちに向けて、グレスベルトは言葉を続けた。
「フルグラス派の有力者を味方につけている、奴の子飼いの魔術師と適当に戦ってもらう。殺し合うなとは言わんができるだけ抗争を長引かせるのがお前たちの役目だ」
「「「!!?」」」
敵対しているフルグラス派の有力者が味方についているという事実に魔術師たちは衝撃を受けた。
「利害関係の一致で協力を得た、奴には奴の目的があるがそれは我らには関係のないことだ。しかし重ねて言うがフルグラス派の者が敵であることに間違いは無い。よって自作自演であっても手加減をする必要はない」
グレスベルトの言わんとすることを理解した魔術師たちは口角を上げた。
グレスベルトは開始時刻を言い含め、一度魔術師たちを解散させた。
「いやぁ、僕の作品たちがいきなりのお披露目とは嬉しいな」
「よくこの短期間で三体もの合成獣を作れたな、素体が充実してたとは思えんが」
リアドの疑問の言葉にオーリックは魔術師らしい濁った笑みを浮かべて答えた。
「ほらほら、ちょうどいいのが居たじゃん、与えられた任務も満足にこなせなかった奴がさぁ?、彼女とその部下たち、あと捕獲用は今までの人造魔獣の一部を流用したんだ」
「なるほど、有効な活用手段だ」
醜悪とも言えるオーリックの言葉に対して、リアドは特に悲しむこともなく納得していた。
「オーリック、貴様には治療院へ行ってもらうぞ」
「え?、僕も王女様の所へ行かなくていいの?」
「俺とリアド、お前の合成獣、暗闘団共で戦力は足りている、どうやら先生を護衛しているのがお前が散々追いかけ回していた獣の主らしい」
「へぇ、確かにトビリスちゃんを取り逃した責任もあるし僕が直接行った方がいいね、先生だって熟練の魔術師なわけだし!」
サルースはグレスベルトたちにすら先生と慕われているが、彼らは自らの利益のために感情を切り離せる者たちだった。
「あの女は《剣神》が傍にいることに胡座をかいて、我らの攻撃を待っているのだろうがその判断を後悔させてやろう」
グレスベルトはシルヴィアの屈辱に歪んだ表情を思い浮かべて、笑みを深めるのだった。
◆◆◆◆
同じ頃、イデアの父であるカイゼル・ガーランドは優雅に午後の紅茶を楽しんでいた。
「カイゼル様、《炎獄》より決行は明後日だと報告が」
「あいわかったと伝えておけ」
報告しに来た部下を返したカイゼルは紅茶を飲みながら、冷静に思考を回していた。
(これで全ての力を投入することが出来る、必ず娘を我が物としなければならん)
カイゼルの目的はイデアを都合の良い傀儡にすることだった。
その為にグレスベルトと協力して、抗争を起こし神秘派の老害共の研究を邪魔することで暗闘団を動かし、イデアをレーベンに呼び戻したのだ。
(二年前は忌々しい孤児のせいで失敗してしまったが此度は失敗せぬぞ)
魔術師の大家であるガーランド家に生まれた《魔術卿》カイゼル・ガーランドは顕示欲と権力欲に取り憑かれた男である。
彼自身は突出した得意な魔術があるわけではないが、ほとんどの魔術を扱うことができる優れた才能を持つ万能型の魔術師だ。
当然、彼はフルグラス派に師事する魔術師の中で最も優れた者に与えられる称号である《双杖》を目指した。
しかしそんな彼を持ってしても真の天才には決して届かなかった、《極彩の魔女》セレジア・エストレアという本物の天才には。
彼女には当時の魔術師たちは誰も勝てず、カイゼルですら《双杖》の地位を諦める他なかった。
《双杖》を諦め、鬱屈とした日々を送っていたカイゼルに転機が訪れたのは娘が生まれた日だった。
母親の命と引き換えに生まれた赤子を見たカイゼルは震えた。
赤子の身であるにも関わらず、肌で感じるのは異質で膨大な魔力、それはかつて彼がセレジアと相対した時に感じたものと大きく似ていた。
赤子がイデアと名付けられ、成長するにつれてそれは確信に変わった。
イデアはカイゼルから見ても化け物だった、三歳で言葉を覚えると論術で大人を論破し、五歳で杖を手に入れると教育者である賢者フルルの庭を焼き払った。
七歳で並の魔術師を倒せるようになり、十歳で特級とされる規格外の魔術師たちと肩を並べるまでになった。
カイゼルはイデアの才能に猛烈に嫉妬すると共にその力を手に入れたいと考えるようになった。
カイゼルはイデアに父親へ絶対服従する洗脳魔術をかけたかったが、それを《双杖》セレジアと《聖人》サルース、そして教育者である《賢者》フルルに阻止された。
しかし一度の失敗でカイゼルが諦めることはなく、権謀術数を巡らせてイデアを手に入れようしてきた。
その歪んだ思いを見透かされたせいでイデアには嫌われ、彼女の親友を殺してしまったことで憎まれてしまったがカイゼルにとってイデアが自分をどう思ってるかなど些事だった。
「必ず手に入れるのだ、《双杖》を、その為に全てを計画してきたのだ」
積年の思いがあと少し成就する、そう思うと笑いが止まらず思わずカップの取っ手を握りつぶしてしまうのだった。
◆◆◆◆
「腹黒王女様、多分そろそろ敵が攻めてくると思うけど何もしなくていいの?」
「誰が腹黒ですか、訂正してください」
シルヴィアに注意されたニュクスは小首を傾げた。
「えっ、自覚ないの?」
「自覚のあるなしではなく不快だから止めなさいと言っているのです」
「えー、エルはどう思う?」
ニュクスは気安い口調で《剣神》に話し掛けた。
「シルは……良い子……でも……たまに悪巧みしてる……」
「ほら!」
水を得た魚のように目を輝かせたニュクスを貫いたのはシルヴィアの絶対零度の視線だった。
「私をからかいたいのか、質問に答えて欲しいのか、どちらですか?」
「…質問に答えて欲しいです」
「いいでしょう、心配せずともあの痴れ者たちがやってくる日時は検討がついています」
「そうなの?」
「シルは……常に用意周到……頭も良い……出し抜くのは難しい……」
「エルネスティア様の評価は過分ですが間違ってはいません、私を出し抜いたのはイデアとレーネだけです」
「あー、あの二人か。二人を出し抜くのは確かに大変だ」
学院生時代に多くの時間を共にしたニュクスはイデアとレーネのことをよく知っていた。
「イデアはハチャメチャだよね、頭は良いのに困った時はすぐに暴力に訴えるし」
「それが彼女の良い所でもあり欠点でもあります」
「レーネはずる賢いよね、何度もしてやられたし賭け事じゃ手も足も出なかったよ」
「あのレーネに賭け事を挑むとは愚かですね」
決して仲間になることはなかったが学院生時代、幾度も鎬を削ったシルヴィアもイデアとレーネをよく知っていた。
「惜しい人を亡くしました、私としては助かりましたが」
「はは、シルヴィアってたまに嘘が下手だよね」
「ーー私の所に駆け込んだからには手を貸してもらいますよ?」
感情を消した表情でシルヴィアはお願いに似た命令を下してきた。
「もちろん、戦いあるところに私ありってね!、その為にここに来たんだよ?」
「自分の役目が分かっているのなら充分です」
カップを傾けたシルヴィアはふと中身が無くなっていることに気付き、ポットを片手に注ぎ直すのだった。
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