七十八話 恩人と不穏な言葉
「ん、んん」
浮上する感覚と共に意識が覚醒し見知らぬ天井がアルレルトの目に入った。
「アーネ!」
数秒まばたきをしたアルレルトはニュクスとの戦闘を思い出して、起き上がった。
「キュ、キュウ」
「ああ、良かった」
アーネはトビリスの姿でアルレルトの上で微睡んでいた。
心底安堵したアルレルトはしばらくアーネを撫でていたが、遅れてニュクスから受けた致命傷を思い出した。
「傷が…塞がってる?、あれは確実に致命傷だったはず…」
周囲を見回すとベッドが並ぶ大部屋でアルレルトは治療院を想起し、近くの椅子に掛けられていた漆黒の羽織りと黒鬼を手に取り、身に着けた。
寝ているアーネを残してアルレルトはベッドから下りた。
「ニュクス……やはり傷が塞がってる。ここはやはり治療院か?」
隣のベッドを覗くとアルレルトの感覚ではつい先程まで死闘を繰り広げていた《黒影の魔女》ニュクスが眠っていた。
「確かニュクスの助言に従って手帳を投げて、何処かの芝生に落ちて誰かに助けられたような…」
「君とニュクス君を助けたのは私だよ」
気配を感じて首を動かすと、部屋の入口に白衣を纏った女ではなく、女装した麗人が立っていた。
「貴方が俺たちを助けてくれた人ですか?」
「その通りだよ、レーベンの王立治療院で院長を務めてるサルース・リューランだ。皆には先生と呼ばれてるよ」
「俺はアルレルト、冒険者です。危ないところを助けていただき感謝致します」
丁寧に頭を下げたアルレルトにサルースは目を細めた。
「色々聞きたいことがあるだろうけど先にこれだけは言わせてもらおうかな、君たちは安全だ。私がいるこの治療院はレーベンでも不可侵の場所で誰も手出できない」
「そうなのですか?」
レーベンに来てから魔術師に襲われてばかりのアルレルトにとっては信じられない話だった。
「ああ、だから安心して身体を休めてくれ。とは言っても君はほとんど全快してるみたいだけどね。あれほど出血する致命傷を負ったなのに大した生命力だよ」
「…俺はどれほど寝ていたのですか?」
「二日だよ、普通は一週間は昏睡してもおかしくない傷だったんだけどね、現にニュクス君はまだ寝てる」
アルレルトの隣を通ってニュクスのベッドの近くに立ったサルースは杖を抜いて、ニュクスに魔術を掛けていた。
「それは?」
「軽い体力回復魔術さ、本来ならもう少し強めに施すんだけどニュクス君は君ほどではないがかなりの生命力の持ち主だからね」
「そうですか、早く起きますように」
アルレルトは殺し合った相手であるニュクスの快復を願った。
「サルース先生、俺はいつになったら退院できるでしょうか?」
「えぇ!?、君は魔術師に追われてるんじゃないのかい?」
アルレルトの早く退院したいとも取れる発言に驚いたサルースの言葉にアルレルトは首肯した。
「はい、ですが追われる理由の半分は無くなりましたから少なくとも最後に現れた魔術師は現れないでしょう」
アルレルトは名前も使う魔術もよく知らないがリアドとという名の空間魔術師が上の地位にいる魔術師であることは何となく分かっていた。
「まぁ、というわけで危険は半減しているわけです。俺たちを襲ってきた刺客はベッドの上で寝ているわけですしね」
「…私としては死体でなければ確実に治療する、それだけは確約しよう」
色々察したサルースの言葉にアルレルトはただ感謝だけを述べるのだった。
◆◆◆◆
退院時期に関しては何をするにしても身体の感覚を取り戻してからにした方がいいとサルースに説得されて、アルレルトはしばらくは治療院に逗留することに決めた。
「はぁ!!」
「ふっ!」
目覚めてから数日後、アルレルトはアーネと軽い組手を交わしていた。
「アーネ、サルース先生のこと、気付いていますか?」
「うん、先生が多分イデアの言ってた治癒師」
「ええ、彼の治癒魔術の腕は群を抜いています」
治療院で生活する中で何度かサルースが治癒魔術を使うのを見たが、彼の使う治癒魔術はそこらの治癒師が使う治癒魔術とは明らかにレベルが違う。
「彼を仲間に迎えるのは難しいかもしれませんね」
「実際難しい、僕たちについてくるということはレーベンで培ったものを全て捨てるということだから」
アーネの言う通りだ、アルレルトもネロも抱えるものが少なかったからイデアについて行くことができたのだ。
しかしサルースの立場や積み上げてきたであろうもの考えたら、《ゼフィロス》に誘うのは無理難題のように思えた。
「とはいえ諦めるつもりはありません!」
言葉の最後で投げ飛ばされたアーネは綺麗に受け身をとって、着地した。
「随分と綺麗に受け身が取れるようになってきましたね」
「アル様の指導の賜物、それにアル様の動きも戻ってきてる」
「はい、アーネのお陰でだいぶ感覚が戻ってきました」
「アルレルト!」
手を開いたり閉じたりして感触を確かめていたアルレルトの耳に名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向きながら、回し蹴りを放つと接近してきたニュクスは背中から生やした影の羽を地面に突き刺して、上に飛んで蹴りを避けた。
「ニュクス、元気なようで安心しました」
「アルレルトにやられた傷も元通りだよ!、先生に感謝しなくちゃね!」
影の羽を使って地面を跳ねるように動いたニュクスの蹴りを躱すと、次いで放たれた逆の蹴りを鞘から僅かに抜いた黒鬼の刃で防いだ。
「やるね」
「当然です」
ニュクスのつま先からは短い影の爪が生えており、アルレルトは先の戦いの経験を活かして躱すのではなく剣で受けた。
そのまま押し返すと、ニュクスは仰け反るが背中の影羽で体勢が崩れることはないということを念頭においてアルレルトはそのまま左肩で体当たりを打ち込んだ。
「ぐわぁ」
まさかアルレルトが突っ込んでくるとは思ってなかったニュクスは跳ね飛ばされて、一回地面を転がるとすぐに立ち上がった。
「痛てて、対応が速いなぁ、アルレルトは」
「同じ轍は踏みませんよ、当然のことです」
「言うのは簡単だけどね、実際にやるのは中々難しいと思うよ?、というかその羽織り、切り裂いたのになんで元通りになってるの?」
コロコロと話題が変わるのは気にせず、アルレルトは羽織りのことについて答えた。
「どうやら"自動修復"というこの羽織りに付与された能力のお陰だそうですよ」
「"自動修復"ってことは魔術装具か、随分と高級なものを着てるね」
「羽織りのことはともかくニュクスはこれからどうするのですか?」
「ん?」
アルレルトの言葉に何故か首を傾げたニュクスにアルレルトは怪訝な顔になった。
「君はアルテレス派の暗闘団なのでしょう?、怪我が治ったらすぐに戻るものだと思っていましたが」
「あぁ、そういうこと。私もアルレルトと一緒だよ、身体の感覚を戻してたんだよ、アルレルトも気づいてたじゃん」
ニュクスは目覚めてからほとんど毎日先程のように襲いかかってくるが、殺意はなく魔術も小出しな為、身体の調整をしてるのだろうということにはアルレルトも気付いていた。
「それにさ、あと少しで大きな戦いが起こるんだよ。私はそれをずっと待ってたし万全な状態で戦いたいからね!」
「大きな戦い?」
「うん!、アルレルトも参加するなら敵方で参加してね!、また戦えるから!」
不穏な言葉を残してニュクスは去っていった。
『ニュクス、なんか不穏なことを言ってた』
「…今は気にしないようにしましょう」
トビリスの姿で肩の上に乗ってきたアーネの言葉に静かにそう答えるのだった。
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