七十七話 才無しとお墓
「えっ?、魔術を教えてくれ?、随分と突飛なことを言うなんだね。小人君は」
「悪いかよ」
ふわふわと浮かぶクッションの上でだらけながら本を読むフルルの言葉にネロは思わず悪態をついた。
「悪くはないけど私は忙しいしなー」
「寝転がって本を読んでるだけだろ、別に手取り足取り教えろとは言わないから手っ取り早く決め手になる魔術が欲しいんだよ」
ピクリとネロの言葉に反応したフルルは興味深そうに起き上がってネロを見下ろした。
「決め手になる魔術ね、つまりは自分に魔術師の才能がないのは分かってるわけだ」
「……」
面白げなフルルにネロは憮然とした表情になったが、特に否定はせず頷いた。
「魔力とやらを感じたことはないし想像とかよく分からないからな、私に魔術師としての才能がないのは薄々気付いてる」
「それで決め手になる魔術か、君は力が欲しいんだね」
「当たり前だろ、私が探索役というのは置いておいても強さはリーダーやアルレルトには遠く及ばない、私に足りないのは火力だってことも分かってる」
ネロは自己分析を重ねた結果、自分に足りないのは火力だと断じていた。
人間相手ならば槍と剣でどうにか出来るかもしれないが魔獣が相手となると話が変わってくる。
例えばバーバラの迷宮で戦った巨毒蛇はネロの火力では痛痒を与えることは不可能だろう。
あの時はイデアの作戦で不意をついたのに加えて、眼球を狙うことができたからダメージを与えられたに過ぎないし、それが決定打には到底ならなかった。
もしこのままではイデアの望み通り大迷宮に挑むのなら、ネロはその道中で確実に死んでしまう。
その確信があったがネロにはあった。
「火力を魔術に求めるのは正解だ、でも世の中には適材適所と役割分担という言葉が存在する。君の役割は罠を解除することで別に積極的に魔獣と戦う必要はないでしょ?」
「私には必要なんだよ!、小人族を奮い立たせるには力がいる、私に魔術が使えるのか、使えないのか。それだけ教えてくれよ」
懇願にも似たネロの言葉に一瞬目を細めたフルルは本を閉じて、ネロに全意識を向けた。
「魔術師の才能はないけど君が欲してる決め手の魔術とやらは使えるかもしれないよ」
「ほ、本当か!?」
ネロは驚愕のあまりフルルのクッションに掴みかかって詰め寄った。
「君の魔力量は下の下だから決め手の魔術を作るには相当な想像力と鍛練がいるけどそれでもやる?」
「やるに決まってるだろ!、私は強くなるためなら何でもするだよ!」
ネロは威勢よく言い放ったが、賢者と呼ばれるフルルの新しいおもちゃを手に入れた子供のような笑みを見せるのだった。
◆◆◆◆
「うぷっ、あの賢者め、本当に教える気があるのかよ」
孤児院へ向かう道中歩きながら口元を押えてネロは毒づいた。
あの後、フルルはネロに魔力感知を覚えさせる訓練を施してはくれたのだがそれが思った以上に過酷でネロは吐きかけていた。
(クソ、イデアの教え方は私向けじゃないってなんだよ。確かにアルレルトはすぐに魔力を使えてたけど私はまだ使えないし正しいのかもしれないけどよ)
「グルルゥ?」
「止めろ、頭がこそげ落ちたらどうするんだよ」
頭に顎を擦りつけてくるヴィヴィアンを払いつつ、ネロは悪態をついた。
午後は孤児院に行く予定があったので、フルルとの鍛練は途中で切り上げたが鍛練の残り香が尾を引いていた。
「いや、強くなるためだ、なんだってしてやる」
ネロは嘔吐感を誤魔化すために早足で孤児院に向かうことにした。
孤児院に着く頃には嘔吐感も消えて、清々しい気分で門を開けて入ったが今日は庭には子供たちはいなかった。
「グルゥ?」
「前に来た時間とは違うからだろ、院長は子供たちも仕事をしてるって言ってたし」
首を傾げるヴィヴィアンに答えつつ、ネロは建物の入口に向かったが、ふと庭の端にある墓石が目に入った。
「墓?、孤児院に墓とか縁起悪いな」
気になったネロが近付くと墓石の前には花束が手向けられていた。
「"レーネ・クイント、ここに眠る"。孤児院の偉い人の墓か?」
「それは若き魔術師のお墓ですよ、ネロさん」
「…院長さんか、魔術師の墓なのか?」
気配で院長が近付いていることに気付いていたネロは特に驚かず、振り向いて聞き返した。
「はい、色々と凄い子で《賢者》様の弟子であの《双杖》様と親友だったのですよ?」
「えっ?、《双杖》の親友?」
「ネロさんは《双杖》様はご存知なのですか?」
「えっ、ああ、私は一応《双杖》の従者みたいなもんだからな」
ネロの言葉に院長は驚いていたが、ネロはそれよりも手向けられた花束のことが気になった。
「この花束は誰が?」
「おそらく《双杖》様でしょう、最近帰ってきたと聞きますし昨日見た時はなかったので早朝にいらして置いていったのだと思いますよ、《双杖》様は随分とレーネと仲が良かったですからね」
昔を懐かしむように言う院長に対して、ネロは親友という言葉に驚いていた。
(あのリーダーに親友がいたのか)
気が強くて口の悪いイデアの親友だ、ネロはおそらく自分とは滅茶苦茶相性が悪いだろうと勝手に思った。
「手を合わせていいか?」
「ええ、捻くれ者のレーネのことですから素直に喜びはしないと思いますけど邪険にはしないと思いますよ」
院長の言葉にこの人にそこまで言わせる"レーネ"ってどんな奴だよと愚痴りながら、ネロはお墓に静かに手を合わせるのだった。
◆◆◆◆
「やああぁ!」
院長にディオの居場所を聞いたネロは孤児院の裏庭にヴィヴィアンを連れて移動すると、突き立てられた太い木の棒に向かって木剣で打ち込みをするディオを見つけた。
他にも打ち込みをしている子供はいるが、体格の小さいディオは明らかに人間の子供用の木剣を扱えてなかった。
そんなディオに嘲弄するような目を向ける奴らもいるが、一旦無視してネロは打ち込みを続けるディオに近づいた。
「剣は小人族向きじゃないぞ、ディオ」
「えっ?」
突然現れたネロに目を丸くするディオだったが、すぐにネロの言葉の真意を聞いてきた。
「同族の姉ちゃん、今のはどう言う意味?」
「そのままの意味だよ、筋力が足りない小人族に剣は向かない。使うとしても短剣までだ」
両袖から二本の縄付きの短剣を取り出して、ネロは説明した。
「メインで鍛えるなら槍だ、長くても短くてもいい。リーチの差を補えるし突きに特化すれば剣に比べて格段に必要な筋力は減る」
短剣を戻して背中から二本の短槍を取り出したネロは石突の部分で連結させて、両手で回転させた。
「勿論、力がいらないって意味じゃないぞ!」
ネロが長槍で刺突を放ち、先程までディオが打ち込んでいた木の棒を貫通させた。
「ま、鍛えてもこの程度だけどな」
「す、すげぇ!」
興奮するディオを他所に周囲の子供たちに注目されていることに気付いたネロはディオを引っ張って彼らから遠ざけた。
「力を求める理由は見つかったのか?」
「えっと、それは…」
ネロが昨日と同じことを聞くと、ディオは興奮した様子から一転して言い淀んでしまった。
「私はな、妹を守るために強くなった。ならざるおえなかったんだよ」
「えっ?」
突然のネロの言葉に呆気に取られるディオを無視して、ネロは続けた。
「小人族だからってたくさん虐げられたし人には言えないこともたくさんした、結果的に妹を守りきれたのは運が良かっただけだ」
「ディオ、強くなるためには目標がいるんだ、本気で強くなりたいならそれを探せ。そうじゃないと途中で絶対に諦める」
ネロがここまで強くなれたのは裏社会の過酷な環境とカラを守りたいという思いがあったからこそだ。
「お、俺にも妹がいる。あいつは気弱だしすぐに泣くんだよ」
「へぇ、だったら独り立ちするまで守ってやらないとな。弟妹を守るのが兄姉の役目だからな」
「分かったよ、姉ちゃん、俺、トゥルスを守るために強くなる!」
「その意気やよしだな、その前に私のことはネロさんと呼べよ!」
ネロは呼び方から注意をして、ディオを鍛えることを始めるのだった。
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